C12型機  C12-163~島原鉄道12-01号機を紹介します


C12-163号機  場所 岐阜県加茂郡七宗町 JR上麻生駅前

車暦 1937日本車輌 (1937美濃太田説)1937小松島~松山~高松~1955徳島~1957高松~1960小松島~1967平~1968高崎第一~1970小郡~

    1971稲沢第一 廃車・保存開始
             
状態 塗装は普通 左プレート欠 他の外装諸装備良好 運転室内の左ブレーキ圧力計欠 他の計器類は良好 主軸・ロッドに油の注入があり、良好な状態で

    屋外に屋根・プラットホーム付きで保存されている。                                          撮影日2008/3/22

* 再訪してみました。今回も役場の方に案内していただきました。変わらない状態で保存されていました。公式左サイドはプラットフォームがあるため全

 体写真は撮影できませんでしたが、各部位の刻印は確認できました。左右の従輪には
C12263の刻印があります。C12-263号機は1972年に厚狭

 機関区で廃車になっていますが、1968年に同じ高崎第一機関区に配属されていますのでこの間か、同じ四国内の各機関区に所属していた頃に転用さ

 れたのでしょう。左クロスヘッド油壷には
C12261の刻印が、C12-261号機は1969年に宇和島機関区で廃車になっています。本機が1937年以降

 四国管内の各機関区に配属されている間に転用されたのでしょう。次に左第二サイドロッドの小クランクには
C12187の刻印があります。C12-187

 1970年に高崎第一機関区で廃車後茨城県JR常陸大子駅前に静態保存されています。本機が1968年以降高崎第一機関区に所属している間に転用

 されたのでしょう。動輪には刻印は認められませんでした。                                     撮影日 2011/05/27

* 本機が1955(S30)年当時、徳島機関区に所属し高徳線・徳島線・牟岐線で活躍していた頃、僚機にはC12-82・100・173177・180号機も所属していた。

 同機関区にはC11型機6両も配属されていた。その後各機は各地に転配属された。


* 本機が1965(S40)年当時、小松島機関区に所属し牟岐線等で活躍していた頃、僚機のC12-82号機も所属していた。同機関区には8620型機5両・C11型

 機2両・C58型機9両も配属されていた。その後DL化により全機転配属となり、各地で活躍した後、廃車・解体の経過をたどった。本機以外では58623・58685

 68692・C58-23号機が各地で静態保存されている。

* 本機が1969(S44)年当時、高崎第一機関区に所属し八高線で活躍していた頃、僚機にはC12-41・46・47・263号機も所属していた。またC58-202・211

 ・245・263・271・292・293・309・311号機、C11-264・346・352・353号機、D51154・261・703・745・817号機も所属していた。その後DL化に伴い各

 機はさらに転配属、廃車・解体の経過をたどった。 本機以外ではD51-745号機が群馬県利根郡みなかみ町で静態保存されている。本機は廃車後最初の活動

 機関区内に戻り保存された。








C12-164号機  場所  静岡県島田市大井川鉄道 新金谷駅

車暦 1937日本車輌 1937上諏訪~1949岡山~1955宇部~1961厚狭~1973木曽福島 廃車・保存開始(大井川鉄道千頭駅)1987~営業運転開始~現在は

    ATS未装着のため休車中

状態 塗装はやや退色気味 前面のみ形式入りプレートを装着、外装諸装備は完備、運転室内は未確認だが営業運転をしており完備されていると思われる。現在

    は新金谷駅西側の高架橋下の引込み線最奥部に駐機している。                                   撮影日 2009/05/05

* ブルーシートの上に分解された蒸気溜めドームが放置されているが・・・まだ新しいのでC11-312号機のものなのか・・?

* 本機が1955(S30)年当時、宇部機関区に所属し宇部線・小野田線で活躍していた頃、僚機にはC12-39・50・53・182・204・219・285・292・293号機

 も所属していた。その後各機は各地に転配属された。

* 本機が1965(S40)年当時、厚狭機関区に所属し美祢線等で活躍していた頃、僚機にはC12-39・204・219・293号機も所属していた。同機関区にはC58

 型機4両、D51型機15両も配属されていた。その後各機は各地に転配属された。本機以外ではC58-48・D51-300号機が各地で静態保存されている。









C12-167号機  場所 鳥取県八頭郡若桜町 若桜鉄道若桜駅構内

車暦 1938日本車輌 1938米子~1944鳥取~1946加古川~1972奈良~1973吉松~1974南延岡 廃車・保存開始

状態 塗装は厚塗り状態 外装諸装備完備 運転室内諸計器類良好 室内整備中でした。 屋外の線路上に保存されており、圧縮空気による動態運転可能な良好

    な状態で整備されている。                                                                撮影日2008/04/12

* 再訪してみました。今回は運転室内も公開されていました。 クロスヘッド部やピストン棒・主軸等には油が注がれ、いつでも運転可能な状態でした。

 公開運転の準備を運転士の方がされていました。運転の苦労話も伺うことができました。転車台が人力なので回転の際が大変だと言われておりました。

 運転室内は暖房用圧力計を欠いておりましたが、他の諸計器類は完備していました。窯の中も燃焼の形跡が残っていました。 刻印の大半が本機のも

 のでしたが、右先輪の車軸ツバに
C12172・左従輪の車軸ツバにC12209の刻印が認められます。C12-172号機は1961年に加古川機関区で廃

 車・
C12209号機は1972年に中津川機関区で廃車となっていますが、本機と共に1955年から加古川機関区に配属されていましたので、その間に交

 換転用されたのでしょう。                                                           撮影日 2010/07/25

* 本機は1946~1972(S47)年まで加古川線で活躍していたが、当時加古川線で活躍していたのはC11-199号機以外はC12型機で、C12-60・61・72

 ・91・172・189・209・214・225・230・246・248・250の各機であるが、加古川線のDL化によって各地に転配属となり、さらに廃車・解体の道をたどった。同

 僚機の中でC12-230号機が遠く離れた愛知県西尾市で静態保存されている。なお加古川線SL廃止に伴う保存要望に対して上記の機関車の代替としてC11

 -331号機が加古川市鶴林公園に保存された。C12-225号機鹿児島県霧島市で静態保存されていたが2007/5に
解体処分された。








C12-171号機  場所 長野県諏訪郡下諏訪町清水町 青少年広場

車暦 1938日本車輌・・新潟局・・1941上諏訪~1961~1973木曽福島 廃車 1973保存開始

状態 塗装は退色し腐食進行 外装諸装備完備 運転室内速度計・暖房用圧力計欠 他の圧力計も針欠 室内荒廃気味 屋外に屋根付きで保存されており、全体

    的には荒廃気味である。                                                               撮影日2007/08/18

* 再再訪してみました。変わらない状態で保存されていました。動輪やロッド等は何度も分厚く塗装されていますので、明確な刻印は僅かでした。その中

 で左先輪軸ツバには明らかにD51200の刻印がありました。D51-200号機は1950年から中津川機関区に配属されており、
この間に長野工場で交換

 されたのでしょう。梅小路のD51-200号機の左先輪にはLD51200の刻印がある事は確認済みです。また同じ先輪には別に
C50119の刻印が読み

 取れました。C56/C50-110~119で車歴から
C50-119号機と判断されます。同機は1971年に上諏訪機関区で廃車になっていますが、その間に

 長野工場で交換転用されたものと考えられます。また、右従輪の車輪・軸ツバにも刻印がありましたが読み取れませんでした。分厚い塗装の下にはまだ

 まだ刻印が隠されてありそうです。                                   撮影日 2009/10/12・2010/12/11

* 本機が1955(S30)年当時、上諏訪機関区に所属し中央本線(東)等で活躍していた頃、僚機にはC12-34・66号機も所属していた。同機関区にはD50型

 機2両・D51型機14両も配属されていた。その後各機は各地に転配属された。本機以外ではC12-66号機栃木県真岡市真岡鉄道で動態保存、また

 D51-1・155・172・824号機が各地で静態保存されている。

* 本機が1971(S46)年当時では、僚機のC12-66・67号機も所属していたが、本線での運用は無く、いずれも構内入れ替え業務を担当していた。同機関区に

 はC50型機3両とC56型機6両も配属されていた。その後DL化に伴い各機は転配属、廃車・解体の経過をたどり、C12-67号機は長野県茅野市で、C56-

 94・96・101・126・160号機
も各地で静態保存されている。









C12-187号機 場所 茨城県久慈郡大子町 JR常陸大子駅前 

車暦 1938日本車輌 1938東唐津~豊後森~1942南延岡~1943宮崎~1964鹿児島~1967水戸~1970高崎第一・廃車 1971保存開始

状態 塗装は全体的に退色し、随所に錆び・剥落 外装諸装備・運転室内諸計器類完備 足回りもロッドをはじめ各所に錆が浮き始めている。機そのものは状態

    を保っており、塗装等の整備が望まれる。屋外に保存されており状態は普通である。                  撮影日 2008/09/14

* 再訪問してみました。太子駅前の駐車場に移転していました。きれいに再塗装され煙突やコンプレッサーの金モール・空気作用管や砂まき管も銅色

 に磨き上げられ、錆びていた形式入り赤プレートも美しく輝いていました。中央公民館時代が嘘のようです。ここまで整備された関係各位のご努力に改

 めて敬意を表します。ロッド等も銀色に輝いていましたが刻 印が深いものは撮影ができました。珍しい状況としては制輪子釣りのような珍しい部位の

 刻印も残っている事でした。左先輪には
C1211の刻印がありました。C12-11号機は1970年に宇都宮機関区白河支区で廃車になっていますが、

 1955年当時宮崎機関区に所属しており、本機も当時宮崎機関区に配属されていましたのでこの頃に交換転用されたのでしょうか、次に左クロスヘッド

 のコッターには
C12233の刻印があります。C12-233号機は1969年に小山機関区で廃車になっています。本機が関東に配属されてから交換転用

 されたのでしょう。さらに小さい部品なので明確ではないのですが、左シリンダー下部の排水弁開閉棒に繋がる作用腕引手には逆さですが
C121の刻

 印があります。狭い箇所なので1以降の番号が打てなかったかもしれないので断定はできません。運転室内も覗かせていただきましたが。各計器類も

 旧来のを磨かれたか、復元配置されたのかこれもきれいな状態でありました。静態保存機の展示の好事例として整備保存にあたられた方々に賛辞を

 贈りたいと思います。御苦労さまでございました。                                          撮影日 2010/11/22

* 本機が1955(S30)年当時、宮崎機関区に所属し日南線で活躍していた頃、僚機にはC12-11号機も所属していた。同機関区にはC51型機17両も配属

 されていた。その後各機は各地に転配属された。

* 本機が1967(S42)年当時、鹿児島機関区に所属し枕崎線で活躍していた頃、僚機にはC12-208・241・287号機も所属 していた。また同機関区には

 8620型機4両・C57型機6両・C60型機6両・C61型機4両も配属されており、鹿児島本線・日豊本線で活躍していた。その後DL化により各機は転配属、廃車・

 解体の経過をたどった。本機以外ではC12-241号機が熊本県阿蘇郡高森町48696号機が福岡県大牟田市で静態保存されている。









C12-199号機  場所 長野県塩尻市奈良井 奈良井宿駐車場

車暦 1938日本車輌・・新潟局・・1941山形~1949飯山~1961木曽福島~1974 廃車 1975保存開始

状態 塗装は普通 外装諸装備完備 運転室内の諸計器類は良好 C12型としては珍しくデフレクターを装着している。屋外に保存されており、保存状態は普通

    である。                                                                          撮影日2007/08/17

* 再訪しました。相変わらず綺麗な状態でした。今回は運転室内の撮影もできました。長年の粉塵が堆積しているものの諸計器類は完備しており(両

 水面計は中芯のみ)、操作系統・電気系統機器も良好でした。分厚い塗装の為刻印が明確に確認できたのは数箇所でした。左滑り棒後端部には
 
 C5693の刻印が認められました。C56-93号機は1968年に東新潟機関区で廃車になっています。廃車後本機に転用されたのでしょう。 
                                                                            撮影日2010/12/12

* C12型は本来デフレクターは装着していないものであるが、保存機の中でデフレクターを装着しているのは本機のみである。(熊本県高森駅前のC12-241

 号機は保存時に装着されている。) 恐らく1949以降国鉄長野工場において改造されたと推定される。

* 本機は1955(S30)年当時、飯山機関区に所属し飯山線で単機活躍していた。同機関区にはC56型機6両も配属されていた。その後各機は各地に転配属

 された。本機以外ではC56型機全機ー94・96・111・126・129・131号機が各地で静態保存されている。

* 本機が1974(S49)年廃車となる直前の木曽福島機関区には、僚機にはC12-164・171・230号機も所属しており、構内入れ替え作業を担当していた。ま

 た中央線電化に伴い用途を終えた、D51-172・351・401・775・1001号機も駐機していた。その後全機廃車となったが、C12-171号機は長野県諏訪郡

 下諏訪町
で、230号機は愛知県西尾市で、D51型機は全機各地で静態保存されている。(D51-1001号機は長野県千曲市で静態保存されていたが2017に


 体処分
された)







C12-208号機  場所  静岡県島田市大井川鉄道

車暦 1939日本車輌・・門司局配置・・?・・1957門司港~1961鳥栖~西戸崎~1963吉塚~香椎~1968鹿児島~1972熊本~

    1975廃車・保存開始~1994大井川鉄道~

状態 写真が示すように、運用停止後部品供給の為にありとあらゆる部位が取り払い、流用されて現在の姿になっており、一見すると廃車・放置とも思われるが

 、現在現役で運用中のC10-8号機・C11-190・227号機・C56-44号機の各機に何らかの形で利用され、走り続けている事を考慮すると、逆に良くぞここ

 まで利用されたかと慰めてやりたい感じで撮影をしました。支線の奥の目立たないところで、現役で運用されている僚機たちの走行音や汽笛を2007年に廃車

 となってこれも部品供給機となっているC11-312号機とともにひっそり聞いている。                           撮影日 2009/05/05

                                * 右下の写真は1967年に鹿児島機関区で藤田憲一氏が撮影されたものである。

 

* 本機は1939に日本車両で製造され門司鉄道局管内に配置されたが、以後の正確な配置機関区は不詳である。資料上の初見は1957年である。

* 本機が1957(S32)年当時、門司港機関区に所属し筑豊線等で活躍していた頃、僚機にはC12-186・264・266・278・283・290号機も所属していた。同

 機関区にはC57型機6両・C59型機9両も配属されていた。その後各機は各地に転配属された。本機以外ではC57-66号機・C59-1号機が各地で静態保

 存されている。

* 本機が1965(S40)年当時、吉塚機関区に所属し鹿児島本線・香椎線で活躍していた頃、僚機にはC12-222・267号機も所属していた。同機関区は8620

 型機8両・9600型機3両・C11型機8両も配属されていた。その後DL化に伴い各機は各地に転配属、廃車・解体の経過をたどった。本機以外ではC12-222

 号機が北九州市JR小倉工場
78626号機が福岡県遠賀町で静態保存されている。

* 本機が1972(S47)年当時、熊本機関区に所属し豊肥線・三角線等で活躍していた頃、僚機にはC12-222・252号機も所属していた。同機関区にはC11型機

 14両・9600型機10両・D51型機2両も配属されており、機関区としての賑わいを見せていた。しかし、その後のDL化に伴い各機は廃車・解体の経過をたどった。

 本機以外ではC11-61・191・257・259・260号機・69665号機が各地で静態保存されている。本機は1975年に廃車後岐阜県養老郡養老ランド(現在は

 施設は無い)に静態保存されていたが、1994年に大井川鉄道に譲渡され2000年頃まで営業運転をしていたが、機体の老朽化により運転を休止しその後は

 同鉄道保有の他機の部品提供機として現在にいたっている。現役~廃車~復活~部品提供と数奇な運命をたどった機体であり、労いの言葉をかけたい「ご苦労さ

 ん・お疲れ様でした」と









C12-222号機  場所  福岡県北九州市小倉南区 JR九州小倉工場

車暦 1939日本車輌・・門司局配置・・1941鳥栖~1949西戸崎~1964吉塚~1967熊本~1972廃車 1974保存開始~2003現地移転保存

状態 塗装は良好 外装諸装備は完備 運転室内は見ることはできなかったが、上部の圧力計は確認でき、おそらく完全な状態で復元整備されていると思われる。                                                                                   撮影日  2009/10/18


* 本機が1955(S30)年当時、西戸崎機関区に所属し香椎線で活躍していた頃、僚機にはC12-76・183・185・220・221・223・224・277・291号機

 も所属していた。その後各機は各地に転配属された。


* 本機が1965(S40)年当時、吉塚機関区に所属し鹿児島本線・香椎線等で活躍していた頃、僚機にはC12-208・267号機も所属していた。同機関区に

 は8620型機8両・9600型機3両・C11型機8両も配属されていた。その後DL化に伴い各機は各地に転配属、廃車・解体の経過をたどった。本機以外では

 C12-208号機が静岡県島田市大井川鉄道で、78626号機が福岡県遠賀郡遠賀町で静態保存されている。


* 本機が1972(S47)年当時、熊本機関区に所属し豊肥線・三角線等で活躍していた頃、僚機にはC12-208・252号機も所属していた。同機関区にはC11

 型機14両・9600型機10両・D51型機2両も配属されていた。その後D化に伴い各機は廃車解体の経過をたどった。本機以外ではC11-61・191・257・

 259・260号機
69665号機が各地で静態保存されている。本機は廃車後1974年に福岡市の小学校に静態保存されていたが、劣化が激しく修復保存の

 ため2003年にJR小倉工場で修理保存されて現在に到っており、毎年旧鉄道記念日に合わせて公開されている。








C12-230号機  場所 愛知県西尾市山下町 西尾公園内

車暦 1939日本車輌・大阪局・1941宮原~1949西舞鶴~1956米子~出雲~1961加古川~1972中津川~1973木曽福島~1974廃車 保存開始?

状態 塗装は良好 前後ライトガラス欠 他の外装諸装備良好 運転室内は柵内のため未確認(缶・給水ポンプ圧力計は確認) 屋外に屋根付きで保存されてお

    り、保存状態は良好である。                                                   撮影日2007/08/28

* 再訪してみました。きれいに再塗装されロッド類も磨き出されていました。多分保存会の方々が手入れをされたのではないかと思われます。左右の

 先輪には
D51611の刻印が認められます。D51-611号機は1976年に滝川機関区で廃車になっていますが、その間に本機との接点は無くどの時

 点で転用されたかは不明です。                                               撮影日 2011/03/06

* 本機が1965(S40)年当時、加古川機関区に所属していた当時の僚機はC12-167・225・236号機である。

* 本機は中津川機関区に所属していた1973/6/26に僚機のC12-69号機と重連運転による「お座敷列車」を最後に木曽福島機関区へ移動した。(1973

 年当時の中津川機関区の僚機はC12-67・74・209号機)

* 本機が1974(S49)年廃車となる直前の木曽福島機関区には、僚機にはC12-164・171・199号機も所属しており、構内入れ替えを担当していた。また

 中央線電化に伴い用途を終えた、D51-172・351・401・775・1001号機も駐機していた。その後全機廃車となったが、C12-171号機は長野県諏訪

 郡下諏訪町
で、199号機は長野県塩尻市奈良井で、D51型機は全機各地で静態保存されている。
(D51-10101号機は2017に解体処分された)








C12-231号機  場所 愛媛県喜多郡内子町 JR内子駅前

車暦 1939日本車輌 1940小牛田~1944長野~1946小牛田~1955会津若松~1965小牛田1968~1969宇和島~1970廃車・保存開始

状態 塗装は普通 外装諸装備・運転室内諸計器類完備 室内良好 屋外保存であるが足回りも整備されている。保存状態は良好である。                                                                            
                                                           撮影日2007/6/20・2009/10/29

* 本機に関しましては2014/09に内子町から依頼を受け、2014/12にかけて整備しましたので、詳細に関してはC12-231号機整備記録

 1・2・3をご覧ください。

* 足回りやロッド類は塗装されており刻印が読み取れたのは僅かであるが、右クロスヘッドの油ツボのC12261の刻印が明確に残っている。

 C12-261号機は1955年~宇和島機関区に配属され1969年に廃車になっている。本機が配属された1969年以降に多度津工場で交換転用さ

 れたのであろう。

* 本機が1955(S30)年当時、会津若松機関区に所属し、会津線(只見線)・日中線で活躍していた頃、僚機にはC12-169・235・238・239・254号機

 も所属していた。同機関区にはC10型機5両・C11型機9両・D50型機19両も配属されていた。その後各機は各地に転配属された。本機以外ではC10-8

 号機
C11-63・64・372号機が各地で動・静態保存されている。
(C10-8号機はその後大井川鉄道に譲渡され現役動態運転されている。)

* 本機が1969(S44)年当時、宇和島機関区に所属し予讃線・内子線・予土線で活躍していた当時、僚機にはC12-82・175263号機も所属していた。その

 後本機以外は廃車・解体の経過をたどった。

* 本機は1970(S45)3/31に内子線の大洲~内子間で行なわれた「さよなら列車」の牽引を果たした後、廃車となり当初は内子小学校内に静態保存された。








C12-241号機  場所 熊本県阿蘇郡高森町 南阿蘇鉄道高森駅前

車暦 1940日立笠戸工場 1941矢島~1949豊後森~1955鹿児島~1973熊本~1974廃車・保存開始

状態 塗装は退色し部分的に錆び 汽笛・右プレート欠 他の外装諸装備良好 運転室右窓枠・ガラス欠 運転室内の諸計器類は装着するも、針欠 左水面計

  ガラス管欠欠 運転席・助手席損壊 室内やや荒廃気味 C12型機としては珍しく門鉄デフレクター装着 屋外に屋根付きで保存されているが、保存状態は

 普通である。     撮影日2007/09/06                          * 右端の写真は 1967/11/09 鹿児島機関区にて藤田憲一氏撮影

* 再訪してみました。前回訪れたときにはロッド周りは錆が浮いており判別出来なかったのですが、今回足回りが磨かれており刻印が確認する事がで

 きました。左右ともメイン・前後サイドロッドの全てが
C56-117号機の刻印と消去線・さらにC12-241の再刻印が確認できました。全国の保存機の

 なかで前輪・従輪・動輪の転用例はありますが、ロッドの転用例・刻印の改印例は無いのではないかと思います。(分厚く塗装されている例が多く確認

 できたのは本機のみであり、非常に珍しいかと思われます。) 窯の中がゴミ入れ同様状態が残念でした。  撮影日 2010/3/13

* C56-117号機は1955薩摩大口機関区~1962に廃車、C12-241号機は1955鹿児島機関区~1970まで配属されており、1962にC56

 -117号機が廃車になった段階で国鉄鹿児島工場でC12-241号機にロッドや返りクランクが転用、付け替え工事がされたものと思われる。一つ不

 可解な事は先輪です。左は不鮮明であるが右は明確に
C12341と刻印されている。C12型機は1号機から293号機までであり、341号機は存在し

 ない。工場で刻印を穿つ際に間違って241を
341と穿ったのでは無いかと思われるが、その真実は今となっては解明の方法が無い。いずれにしろ全

 国的にもその例は無く、珍しい刻印番号ですので興味のある方は現地でご確認ください。

* 門鉄デフレクターを装着しているが、本機が静態保存される際に既に廃車となっていたC57-65機のK5型デフを切り詰めて装着したようである。C12型機

 で唯一標準デフレクターを装着しているのは長野県塩尻市奈良井のC12-199号機である。

* 本機が1955(S30)年当時鹿児島機関区に所属し指宿枕崎線で活躍していた頃、僚機にはC12-68・241号機も所属していた。同機関区には8620型

 機2両・9600型機6両・C57型機11両・C61型機6両も配属されていた。その後各機は各地に転配属された。本機以外ではC12-287号機が千葉県君

 津市
で、また48696号機・29657号機・C57-119号機が各地で静態保存されている。

* 本機が1967年(S42)年当時では、僚機はC12-187・208・287号機に交代所属していた。また同機関区には8620型機4両・C57型機6両・C60型機

 6両・C61型機4両も配属されており、鹿児島本線・日豊本線で活躍していた。その後DL化により各機は転配属、廃車・解体の経過をたどった。本機以外では

 C12-187号機が茨城県久慈郡大子町48696号機が福岡県大牟田市で静態保存されている。

* 本機が1973(S48)年当時、熊本機関区に所属し高森線で活躍していた頃、僚機にはC12-208・252号機も所属していた。また、豊肥線を担当する9600

 型8両・三角線担当C11型機11両も配属されていた。









C12-244号機  場所 岐阜県恵那市明智町 明智小学校内

車暦 1940日立笠戸工場 1941白山~1954東新潟~1964直江津~1969中津川~1970稲沢~西舞鶴~1972厚狭~1973中津川 廃車・保存開始

状態 塗装は退色しており全体的にくすみ・粉塵堆積 外装諸装備・運転室内諸計器類完備 室内良好 屋外に屋根・プラットホーム付きで保存されており、

    足回りも整備され良好な状態である。                                              撮影日2008/03/22

 本機は2013/12に明知鉄道明智駅構内に移転され、圧縮空気による動態運転が可能な状態で展示保存されている

* 再訪してみました。変わらない状態ですが錆の浮き上がりと退色が一層進んでいるようです。ロッドや足回りも長年の粉塵と錆が浮き始めており、

 刻印そのものが小さい為に判読不能な箇所が多くありました。確認できた範囲では本機のものでしたが、左クロスヘッドソケットには
C5693の刻印

 が認められます。
C56-93号機は1968年に東新潟機関区で廃車になっていますが、本機が1941年から白山機関区に所属していた間、同機も白

 山機関区に配属されていましたのでその間に交換転用されたのでしょう。また、右先輪の刻印は肉眼ではC1224までしか読み取れませんでした。


 C1224
の可能性も残されています。                                             撮影日 2010/10/17

* 本機が1955(S30)年当時、新潟機関区東新潟港支区に駐機していた頃、僚機にはC12-202号機も所属していた。

* 本機が1969(S44)年当時、中津川機関区に所属し明知線で活躍していた頃、僚機にはC12-42・74・209号機も所属していた。明知線以外では構内

 入れ替え業務も担当していた、中央本線(西)は中津川駅以東は未電化であり、主力となるD51型機が24両配属されていた。その後各機は転配属、廃車・解

 体の経過をたどった。本機以外ではC12-74号機が同じく岐阜県恵那市で、D51-125・155・200・245・266・402・522・549・777・792・

 849号機
が各地で静態保存されている。

* 本機が1971(S46)年当時、西舞鶴機関区に所属していた頃、僚機にはC12-32・51・60・215・号機も所属していたが、宮津線での運用も無く構内入

 れ替えを担当していた。また、29625・29680・29698・69653号機、C58-113・170・204号機も配属されていた。その後各機は転配属、廃車・解体

 の経過をたどった。本機以外ではC12-60号機が福島県伊達郡飯野町で、C58-113・170号機も各地で静態保存されている。










C12-259号機  場所 愛媛県宇和島市美幸町 和霊神社境内

車暦 1940日立笠戸工場 1941宇和島~1968廃車 1969保存開始

状態 塗装は退色し各所に錆び・汚濁雫 外装諸装備完備 運転室窓枠・ガラス欠 運転席内は制御弁・バルブを残し、全計器類は外形のみで荒廃状態 屋外

 に屋根・プラットホーム付きで保存されているが、全体的には荒廃状態である。                        撮影日2007/06/20

* 最近の状態は相変わらずであり、運転席内の状態も同じである。       撮影日 2009/10/29

* たび重なる分厚い塗装の為に明確に確認できる刻印はありませんでした。                      撮影日 2011/1/20

* 本機が1968(S43)年当時、宇和島機関区に所属し予讃線・内子線・予土線で活躍していた当時、僚機にはC12-82・175263号機も所属していた。

 その後本機以外は廃車・解体の経過をたどった。本機は宇和島機関区に配属され27年間活躍し、そのまま廃車を迎え当地に保存された幸運機である。









C12-280号機  場所 徳島県小松島市 旧ステーションパーク

車暦 1947日本車輌 1949武蔵五日市~1955浜川崎~1964甲府~1970白河~1971厚狭~1973廃車・保存開始

状態 塗装は普通だが部分的に錆び 外装諸装備完備 運転室内水面計欠 速度計・暖房用圧力計は良好 他の計器類は装着するも針欠 プラットホーム

 付・屋外保存であり保存状態は普通である。                                              撮影日 2007/05/24

* 鳴門市のC11-66号機の再訪のついでに寄りましたが、状態は相変わらずで塗装状態は悪くなり、各所に剥落が見られるようになって来ており、早急の塗装

 が必要となっています。市民の憩いの場であり要望により解体の道をたどる事は無さそうなので、鳴門市に再塗装の要望を出したいと思います。                                                                                            
撮影日 2008/11/22

* きれいになったC12-280号機 おそらく鳴門市のC11-66号機と同時期に再塗装されたのでしょう。運転室内は残念ながら荒廃したままですが、

 これも整備されたら牟岐線を走っていた本機がまさに蘇えります。                               2010/07/03

* 本機が1955(S30)年当時、浜川崎機関区に所属し根岸線等で活躍していた頃、僚機にはC12-8・40・248・276号機も所属していた。同機関区にはC11

 型機12両も配属されていた。その後各機は各地に転配属された。本機以外ではC11-275号機が栃木県大田原市で静態保存されている。

* 本機は1970/4/18の甲府~塩山間のさよなら列車(信玄号)をC12-5号機と背中合わせの重連運転した後、白河~厚狭と転属し廃車となった。僚機であっ

 たC12-5号機は山梨県韮崎市で静態保存されている。

* 本機が1971(S46)年当時、厚狭機関区に所属し美祢線・小野田線などで活躍していた頃、僚機にはC12-39・164・219263号機も所属していた。また山

 陽本線担当のC58型機4両・D51型機23両も配属されていた。その後各機は転配属、廃車・解体の経過をたどった。本機以外ではC58-48・D51-8・18・

 272・300・470号機
が各地で静態保存されている。本機が由縁の薄い当地に保存された経緯は不詳である。








C12-287号機  場所 千葉県木更津市末吉末広 小櫃公園内

車暦 1947日本車輌 1947門司~1949鹿児島~1973南延岡~1974 廃車 1975保存開始

状態 塗装は厚塗り状態 前後、左プレート欠 他の外装諸装備良好 運転室窓枠・ガラス欠 室内速度計・圧力計針欠 両水面計は外枠のみで荒廃気味 屋外

  に屋根付きで保存されているが、保存状態は荒廃気味である。                                   撮影日 2007/10/22

                                *右下端の写真は 1967/11/09 鹿児島機関区にて藤田憲一氏撮影

    再訪してみました。相変わらずの状態でした。                                      撮影日 2009/05/04

* 分厚い塗装のために確認できた刻印は皆無でした。 撮影日 2011/9/26

* 本機が1955(S30)年当時鹿児島機関区に所属し指宿枕崎線で活躍していた頃、慮機にはC12-68・241号機も所属していた。同機関区には8620型

 機2両・9600型機6両・C57型機11両・C61型機6両も配属されていた。その後各機は各地に転配属された。本機以外ではC12-241号機が熊本県阿蘇

 郡高森町
で、また48696号機・29657号機・C57-119号機が各地で静態保存されている。


* 本機が1967(S42)年当時では僚機はC12-208・241号機に交代所属していたが、構内の入れ替え業務を担当していた。同機関区には日豊本線担当の

 C57-21・22・82・122号機、鹿児島本線担当のC60-23・24・26・28・103・104号機、C61-13・14・31・32号機、枕崎線担当の48674・48696・

 68646・78688号機も配属されていた。

* 1973(S48)年にはC12型機は変わらず、C57-39・72・127・175号機、指宿枕崎線は48679・68649号機に交代していた。その後各機は転配属、廃

 車・解体の経過をたどるが、C57-175号機が宮崎県宮崎市で静態保存されている。本機が遠く由縁の薄い当地に保存された経緯は不詳である。









鹿児島鉄道 12型  場所 鹿児島県南さつま市加世田町 加世田運動公園内

車暦 1944汽車製造 ・・・鹿児島交通~1963廃車  保存開始?

状態 塗装は普通であるが、各所に錆び・汚濁雫・シリンダー下部腐食 汽笛・安全弁欠 運転室左窓枠・ガラス欠 室内は諸計器類や操作系統機器の大半

  が損失し、荒廃状態 外観のみ保っている状態であり、屋外保存であるが保存状態は荒廃気味である。          撮影日2008/07/11

* 本機は南薩鉄道の要請で汽車製造会社が私鉄専用として製造した車輌で、南薩摩鉄道枕崎線・万世線で活躍したが1963(S38)年にDLに交代している。









島原鉄道 C12型  場所  長崎県島原市弁天町2丁目 霊丘神社公園内

車暦 1948日本車輌 島原鉄道~1968廃車 保存開始?

状態 塗装は普通 前後ライト球・ガラス欠 他の外装諸装備は良好 運転席窓枠・ガラス欠 室内の全圧力計・操作系統・バルブ等は欠 運転士・助手席

  ともに損壊、キャブ内は荒廃状態である。塗装は数年前に塗り直されており現況を保っているが、全体的には良好な状態とはいえない。                                                                                                      撮影日 2009/02/06

* 黒塗りの分厚い塗装のため確認できた刻印は皆無でした。 撮影日 2011/4/29

* 本機は島原鉄道の要請により、私鉄専用機として製作された機である。当時、島原鉄道にはC12型機は1~6号機を保有していた。本機は1201のプレート

 を付けているが、1~6号機の中でデフレクターを装着していたのは5・6号機であり、保存時にプレートを付け替えたのではないかと思われる。(関係者の中に

 プレート付け替えを指摘されている方も存在する) さらに疑問点が生じている。5号機ならば「日本車輌名古屋工場-昭和24年-No-1521番」である。ところが

 本機の左右の製作番号は写真が示すように「日本車輌名古屋工場-昭和23年-No-1532」が付いている。2008/9にRMの添付資料として北総の沖田祐作氏

 制作の「機関車表」を見るに、6号機は「日立製作所-昭和24年-No1859番」となっており、両方とも1532番とは符合していない。沖田氏の資料では日本車輌

 1532番は南薩鉄道14号機-1963年廃車に該当するが、製造年が1949(昭和24)年であり、ここにも矛盾点が見出せる。はたして島原鉄道1201号機は本

 当はどの機体であったのか謎は深まっている。どなたか事情を知る方がおられれば解明したいものである。


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