D60型蒸気機関車 1954~1955の間に78両製造 全国で4両保存されています。

主要諸元

 全長 17.24m 全高 3.95m 総重量 134.6t 水槽 20㎥ 石炭庫 8.4t 先・従輪径 860mm 動輪径 1400mm 最大出力 1.510ps 最高速度 75km/h

 製造所 川崎重工兵庫工場・汽車製造大阪工場・日本車両名古屋工場・日立製作所笠戸工場・国鉄土崎・長野・浜松



D60-1号機(D50-162号機より改造) 場所 山口県山口市春日町 県立博物館

車暦 1927川崎車輌 1927奈良~1933吹田~1948福知山~1951国鉄浜松工場改造~津和野~1966廃車 1968保存開始

状態 塗装は普通だが腐食箇所有り 清缶剤挿入装置欠 他の外装諸装備良好 運転室内は速度計・両水面計欠 他の計器類良好 屋外保存であるが、足回りもきれい

    に整備を受けており、保存状態は良好である。 *大型集煙装置装着                    撮影日 2007/05/19・2008/8/23

* 分厚い塗装のために確認できた刻印は皆無でした。塗装もさらにカラフルになっていました。撮影日2010/12/18

* 本機の集煙装置は非常に大きく、鷹取工場式以前の敦賀機関区で使用されたものに類似しており、広島工場式集煙装置と呼称されている。本機がD50-162号機から

改造された国鉄浜松工場で装着されたか、その後広島工場で装着されたのか定かではない。九州の吉松機関区に所属するD51型機にも同様の集煙装置が装着されている。

残っている写真により、D60
-11・14号機にも装着されていた事が判明している。

* 本機が1955(S30)年当時、津和野機関区に所属し山口線で活躍していたころ、僚機にはD60-2・3・4・5・6・7・8・9・10・11・12・13・14号機も所属していた。その

後各機は各地に転配属された。


* 本機が1965(S40)年当時、津和野機関区(山口線管理所)では僚機はD60-4・5・6・7・8・10・11・13・14号機に交代所属していた。各機とも山口線で運用されていた。

その後DL化に伴い各機は廃車・解体の経過をたどり、本機はD60型機の中で数少ない保存機である。

  








D60-27号機(D50-237号機より改造) 場所 福岡県八女郡立花町原島 町立体育館裏

車暦 1928日本車輌・・?・・1933小郡~1938直方~1952国鉄浜松工場改造~直方~1972直方 廃車 保存開始

状態 塗装は完全に退色し全体に錆び・腐食進行 全プレート・汽笛 外装諸装備も破損状態が見られるが一応装着 運転室窓ガラス欠 室内は速度計・両水面計は完備

    他の計器類は装着するが針・ガラス欠 制動弁欠 室内は錆と粉塵に覆われ荒廃状態 屋外に屋根付きで保存されているが、整備された形跡は全く無く、荒廃に荒

    廃を重ねている状態であり、熊野市のC58-418号機(解体処分された)と並び最も荒廃の酷い状態である。    撮影日2008/07/11
* さらに荒廃が進み塗装も完全に剥げ落ち、手の付けられない状況になっています。 錆のため刻印は唯一右リターンクランクに存在しているのが確認できました。                                                                  撮影日 2011/04/30
* 本機が1955(S30)年当時、直方機関区に所属し筑豊本線等で活躍していた頃、僚機にはD60-21・22・23・24・25・2628・31・32・33・34号機も所属していた。

同機関区には8620型機2両・9600型機29両・D50型機9両も配属されており、まさに石炭の町直方を象徴する機関区の状況であった。その後各機は各地に転配属され

た。本機以外では29611・49627号機D50-140号機が各地で静態保存されている。


* 本機が廃車になる直前の1971(S46)年当時の若松機関区には、僚機としてD60-22・25・26・28・31・32・33・34・46・52・57・58・61・62・63・67・69・71号機

も所属しており、同機関区には9600型機17両・C11型機3両も配属されていた。DD/DL化は目前に迫っていたが北部九州の地はまだまだ蒸気機関車が運用され活躍して

いた。しかし九州北部でもその立場を失い、早晩廃車・解体の道が決定されていた。本D60形式は京都梅小路蒸気機関車館にも保存されてなく、僅かに4両が保存されている

に過ぎない。本機以外ではD60-46号機が福岡県飯塚市、61号機が福岡県遠賀郡芦屋町で静態保存されている。46号機も保存状態は良好とは言えず、貴重なD60型

機が本機のような完全荒廃状態では復元したくても部品も恐らく入手は無理なのであろうし、如何ともし難い事なのかと嘆くばかりである。









D60-46号機(D50-157号機より改造)
  場所 福岡県飯塚市方島1丁目 勝盛公園内

車暦 1927川崎車輌・・東京局・・1933平~1953富良野~1954国鉄浜松工場改造~池田~1964出水~直方~1973若松 1974廃車・保存開始

状態 塗装は普通 前・後部ライト・清缶剤挿入装置欠 他の外装諸装備良好 運転室は速度計・シリンダー・空気・ブレーキ圧力計 両水面計欠 制動弁欠 操作・電気系

    統機器も損失が見られる。室内荒廃状態 屋外に屋根付きで保存されており保存状態は普通である。    撮影日2007/05/31・2008/12/07

* 分厚い塗装と錆び・剥落により確認できた刻印は皆無でした。 撮影日 2011/05/01

* 本機が1955(S30)年当時、池田機関区に所属し根室本線・池北線で活躍していた頃、僚機にはD60-36・37・38・39・4142・43・44・45・56・57号機も所属してい

た。同機関区には8620型機3両・9600型機7両も配属されていた。その後各機は各地に転配属された。本機以外では48624号機・59609・59672号機が各地で静態

保存されている。

* 本機が廃車になる直前の1971(S46)年当時の若松機関区には、僚機としてD60-22・25・26・27・28・31・32・33・34・52・57・58・61・62・63・67・69・71号機も

所属しており、同機関区には9600型機17両・C11型機3両も配属されていた。DD/DL化は目前に迫っていたが北部九州の地はまだまだ蒸気機関車が運用され活躍していた。

しかし九州北部でもその立場を失い、早晩廃車・解体の道が決定されていた。本D60形式は京都梅小路蒸気機関車館にも保存されてなく、僅かに4両が保存されているに過ぎ

ない。本機以外ではD60-27号機が福岡県八女郡立花町、、61号機が福岡県遠賀郡芦屋町で静態保存されている。









D60-61号機(D50-282号機より改造 場所 福岡県遠賀郡芦屋町高浜町 児童公園内

車暦 1928汽車製造・・札幌局・・1933函館~1947岩見沢~1954国鉄浜松工場改造~大分~1970直方~1971若松 1974廃車・保存開始

状態 塗装は普通 後部ライト球・ガラス欠 他の外装諸装備良好 運転室内金網遮断 室内は速度計・両水面計欠 他の計器類は装着するも文字盤・針欠 屋外に屋根付

    きで保存されており、保存状態は良好である。   *門鉄デフレクターK7型装着1964?国鉄小倉工場        撮影日 2007/05/31

* 再訪してみました。屋根は無くなっていましたが相変わらずの状態を保っていました。 撮影日 2009/10/17

* 本機は2012に直方汽車倶楽部会員や保存会の皆さんの活動で、見事な機体に蘇っています。またその後も「直方汽車倶楽部」によって定期的に点検・整備

が行われています。
左第二・第三動輪の軸ツバにはD6064の刻印がありました。D60-64号機は1972年に直方機関区で廃車ですが1955~大分機関区に配

属されており、本機も同時期に大分機関区に所属していましたので、この頃に小倉工場で転用されたのでしょう。また左右の心向棒には改番目のD50282の刻印

がありました。撮影日 2013/05/04

* 本機が1955(S30)年当時、大分機関区に所属し九大本線・日豊本線・豊肥線で活躍していた頃、僚機にはD60-59・60・62・63・64・65・66・67・68号機も所属し

ていた。同機関区には8620型機2両・9600型機1両・C51型機1両・C55型機23両・C58型機19両も配属されていた。その後各機は各地に転配属された。本機以外では

C55-52・53号機、C58-48・112277号機が各地で静態保存されている。

* 本機が廃車になる直前の1971(S46)年当時の若松機関区には、僚機としてD60-22・25・26・27・28・31・32・33・34・46・52・57・58・62・63・67・69・71号機

も所属しており、同機関区には9600型機17両・C11型機3両も配属されていた。DD/DL化は目前に迫っていたが北部九州の地はまだまだ蒸気機関車が運用され活躍して

いた。しかし九州北部でもその立場を失い、早晩廃車・解体の道が決定されていた。本D60形式は京都梅小路蒸気機関車館にも保存されてなく、僅かに4両が保存されている

に過ぎない。本機以外ではD60-27号機が福岡県八女郡立花町、46号機が福岡県飯塚市で静態保存されている。

* 本機は1974(S49)年6/6に筑豊本線、直方~若松間での「さよなら列車」をD51-49号機との重連で牽引した後、廃車となり当地に保存された。


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