D50型蒸気機関車 1923~1931の間に380両製造 全国に2両保存されています。

主要諸元

 全長 17.24m 全高 3.95m 総重量 119.3t 水槽 17㎥ 石炭庫 12.t 先・従輪径 940mm 動輪径 1400mm 最大出力 1.510ps 最高速度 75km/h

 製造所 川崎重工兵庫工場・汽車製造大阪工場・日本車両名古屋工場・日立製作所笠戸工場




D50-25号機  場所 北海道北見市南仲町2丁目 三冶公園内


車暦 1924川崎造船所・・名古屋局・・1933上諏訪~1946鷹取~尻内~1954岩見沢~1960旭川~1963追分~1968廃車 1970保存開始

状態 塗装は良好 清缶剤挿入装置欠 他の外装諸装備良好 運転室内諸計器類完備 室内良好 足回りもきれいに整備され、屋外保存であるが、保存状態は良好である。                                                                                    撮影日2007/07/16

* 4年ぶりの再訪問です。機体は以前もきれいな状態でしたが再塗装され、周辺も公園として整備されていました。分厚い塗装が繰り返されているために本機

を示す明確な刻印は数か所のみでした。                                                  撮影日 2011/07/26

* 本機が1957(S32)年当時、岩見沢機関区に所属し函館本線・室蘭本線で活躍していた頃、僚機のD50-19・20・57・7891・210・218・277・286・307・335・

365号機も所属していた。同機関区には9600型機10両・C51型機5両・D51型機18両も配属されており、活発な機関区の様子が伺える。各機はその後各地に転配属

された。本機以外では49616号機・D51-11・47・118・916号機が各地で静態保存されている。


* 本機が1964(S39)年当時、追分機関区に所属し室蘭本線・石勝線で活躍していた頃、僚機にはD50-38・230・233・281284・308・343号機も所属していた。

同機関区には9600型機6両・D51型機15両も配属されていた。その後DL化に伴い各機はさらに各地に転配属、廃車・解体の経過をたどった。本機以外では19671号

機・D51-59・1052号機
が各地で静態保存されている。


* 1967(S42)年になると僚機はD50-233・308号機に減り、岩見沢機関区のD50-55号機とともに北海道で稼動している最後のD50型機であった。その後各機は廃

車・解体の経過をたどり、D50型機380両の中で本機とD50-140号機の僅か2両が静態保存された。









D50-140号機  場所 京都府京都市下京区 京都鉄道博物館

車暦 1926日立笠戸工場 1926梅小路~1927糸崎~1928岡山~姫路~1930梅小路~1931吹田~1941大里~1942直方~1968若松~1972梅小路~1979廃車 静態保存

状態 塗装は良好 外装諸装備・運転室内諸計器類完備 室内良好 常時整備されて扇形展示場の定位置に、良好な状態で保存されている。                                                                                                 撮影日2007/05/18・2009/03/24

* 各部位の刻印であるが他機の部品等が転用されている。先ず左右の先輪・軸ツバであるがD6032の刻印があります。また、左右の合併テコと結びリンク・

右釣りリンクには
19939の刻印が、これはD50-140号機に改番する前の本来の9900型-19939号機を示す珍しい番号であり、同様に左心向棒(ラジアス・

ロッド)には9989の刻印があります。9989は旧番であり、D50-90号機を示し、左釣りリンクには9913(D50-14号機)の刻印が、右第一サイドロッド油壷

には
D6060の刻印があります。 D60-32号機は1972年に直方機関区で廃車となっており、梅小路に移管される前に小倉工場で転用されたのでしょう。D50

-14号機
は1956年に柳ケ浦機関区で、D50-90号機は1971年に若松機関区で、D60-60号機は1970年に大分機関区でそれぞれ廃車になっており、廃車

後本機に転用されたのでしょう。                                    撮影日 2010/01/30・2010/7/25
2011/11/17

* 本機が1955(S30)年当時、直方機関区に所属し筑豊本線で活躍していた頃、僚機にはD50-115・117・118・135・164181・204・213号機も所属していた。

同機関区には8620型機2両・9600型機29両・D60型機12両・C11型機8両も配属されていた。その後各機は各地に転配属された。本機以外では29611・49627

号機・C11-131・270号機・D60-27号機
が各地で静態保存されている。1967(S42)年になると、直方機関区に所属するD50型機はD50-117・213・231号機

も減少していた。九州で稼動しているD50型機はすべて直方機関区と若松機関区に集中していた。

* 本機が1969(S44)年当時、若松機関区に所属し、日豊本線・筑豊本線で活躍していた頃、僚機にはD50-90・205・231号機も所属していた。また、同機関区には

8620型機5両・9600型機9両・C55型機8両も配属されていた。その後DL化にに伴い各機は転配属、廃車・解体の経過をたどった。本機以外では19633号機・C55

-52・53号機
が各地で静態保存されている。1971年3月末の時点では、380両のD50型機のほとんどが廃車・解体の経過をたどり、九州では本線運用は当然ながら

生き残っていたのは、本機と205号機のみであった。


* 本機は1971(S46)4/30に筑豊本線、飯塚~若松間での「さよなら列車」を牽引した後、梅小路機関区に配属されその後静態保存された。
                        
                                           
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