D51型蒸気機関車 813号機~895号機の19両を紹介します。




D51-813号機  場所 山口県山口市小郡町 小郡公民館前

車暦 1943三菱重工三原 1943岡山~1946下関~1972小郡 廃車 1975保存開始

状態 塗装は普通だが汚濁雫が見られる 前プレートはレプリカ 他の外装諸装備良好 運転室内は空気圧力計・速度計針欠 

  他の計器類良好 制動・操作・電気系統機器も良好 室内良好 屋外保存であるが、足回りも整備されており、保存状態は

  普通である。                                                       撮影日2007/7/28

* 再訪して見ました。再塗装されてきれいな状態で保存されていました。   撮影日 2009/10/18

* 再再訪しました。分厚い塗装の為に明確に確認できた刻印は1箇所のみでした。 撮影日 2010/12/18

* 本機が1955(S30)年当時、下関機関区に所属し山陽本線等で活躍していた頃、僚機にはD51-24・239・372・552・

 743・768・808・878号機も所属していた。同機関区には8620型機6両C59型機20両も配属されていた。その後各機は各

 地に転配属された。本機以外ではD51-768号機が山口県下関市で、また48650号機・C59-161号機が各地で静態保存

 されている。

* 本機が1971(S46)年当時、下関機関区に所属していた頃、僚機にはD51-213・239・385・533・552・558・592・743

 768号機も所属していた。既に山陽本線での運用は無く全機構内入れ替え業務を担当していた。その後DL化に伴い各機は廃車・

 解体の経過をたどった。 廃車後本機以外ではD51-385号機が千葉県鎌ヶ谷市、592号機が山口県下松市、813号機が山口

 県山口市小郡町で静態保存されている。









D51-822号機  場所 石川県白山市相木町 JR松任駅前

車暦 1943運輸通信省浜松工場 1943敦賀~1956福井~1964糸魚川~1969福井~1970 廃車・保存開始

状態 塗装は普通 清缶剤挿入装置欠 他の外装諸装備良好 運転室内諸計器類(復元)完備 制動・操作・電気系統機器も完備 

 室内良好 屋外保存であるが、足回りも整備されており、保存状態は普通である。プレートはレプリカ?全体的に整備されており保
 
 存に関わる人々の意識の高さが伺える。                                   撮影日  2007/9/11

* 再訪してみました。相変わらず本機の周囲は自転車置き場になっているが、状態には変化は無いが汚泥雫が目立ち始め
 ており再塗装が求められる状態である。                               撮影日 2009/5/2

* 再再訪してみました。汚れが目立っていた機体もきれいに塗装されていました。やはり保存に関わる意識の高さが伺え
 ます。足回りもきれいに塗装されていますが分厚く何度も塗装されていますので、刻印の確認は3箇所のみでした。左右の排
 障器に溶接棒による手書きの本機機番があります。 撮影日 2010/11/23

* 本機が1955(S30)年当時、敦賀機関区に所属し北陸本線で活躍していた頃、僚機にはD51-110・168・177・178・180

 191・245・246・247・249・278・281・288・289・298・299・321・322・349・362・379・526・581・582・584・613

 618・644・685・707・731・789・819・822・829・930・1126号機も所属していた。同機関区には8620型機5両・C58型

 機13両も配属されており総数55両の大所帯であった。その後各機は各地に転配属された。本機以外ではD51-245号機が

 長野県埴科郡坂城町で、349号機が長野県岡谷市で、930号機が和歌山県岩出市で、またC58-171・322号機が各地で静

 態保存されている。

* 本機が1968(S43)年当時、糸魚川機関区に所属し北陸本線・大糸線で活躍していた頃、僚機にはD51-379・523・526

 534・588・617・707・793号機も所属していた。その後のDL化により各機はさらに転配属、廃車・解体の経過をたどった。本機

 以外ではD51-793号機が滋賀県長浜市で静態保存されている。糸魚川機関区時代の本機は集煙装置と缶重油タンクを装着

 していた。









D51-823号機  場所 愛知県稲沢市小池1丁目 宮浦公園
 
車暦 1943運輸通信省浜松工場 1943稲沢~米原~富山~1946金沢~1967稲沢第一~1970 廃車・保存開始

状態 塗装は普通 清缶剤挿入装置欠 他の外装諸装備は良好 メイン・サイドロッド・主軸・ピストン等に油が拭かれ丁寧な

 整備が保存会により行なわれている。運転室内部の諸計器類も完備しており、ハンドル・コック・各バルブも可動する状態で

 ある。前後左右の各プレートはいずれも形式入りのプレートを備えており、これは全国保存の各車輌でも珍しいのでは無いで

 しょうか、おしむらくは保存の上屋根が狭く全体写真が撮影不可能である。        撮影日 2009/5/2

* 5月と10月に一般公開されるとともに、保存会により整備活動や説明会が開かれている。                        

* 今年も稲沢市の秋祭りに合わせて一般公開されましたので3年振りに再訪しました。変わらない状態で保存されていますが、
 以前と比較するにロッド等に油は塗布されてはいますが、下から錆が浮き始めており各刻印も判別が難しい状態になりつつあ
 ります。またランボード下部の各銅細管も輝きを失いやや緑青が噴きつつあり、どちらも本格的な整備が必要な時期が訪れて
 いると思います。保存会長さんにその事をお話いたしましたら、OBの高齢化と人手不足であり、整備したいのは山々であると
 のお答えがありました。本機は狭い建屋内に保存されていますが、年に1~2度の公開しかされておらず保存開始時とほぼ同
 じ状態で維持管理されており、将来的な見通しとしては整備方法さえ考慮できれば本機は再び輝きを見せる事になります。私も、
 その際はお手伝いしたいと思います。
  写真撮影の観点からは狭い奥内にありますので、全体的な撮影は不可能です。また左サイドは照明不足でフラッシュ対応、
 右サイドは日光の直射でハレーションを起こし少々持て余す本機です。機体各部の刻印は確認した限りにおいて本機の機番号
 でした。会長さんに煙室扉を開けていただきました。                         撮影日 2012/10/20

* 本機が1955(S30)年当時、金沢機関区に所属し北陸線等で活躍していた頃、僚機にはD51-89・169・212・352・522・

 528・739・876・1016号機も所属していた。同機関区には8620型機5両・C57型機22両・D50型機2両も配属されていた。

 その後各機は各地に転配属された。本機以外ではD51-89号機が愛知県豊橋市、522号機が石川県金沢市で静態保存され

 ている。

* 本機が1969年(44)年当時、稲沢第一機関区に所属し東海道本線で活躍していた頃、僚機にはD51-2・72・203・209・

 352・369・468・528・571・619・636・679・689・698・701・702・739・771・772・815・849・850・873・893・903

 号機も所属していた。同機関区には9600型機8両・C12型機1両・C50型機2両も配属されていたが、既にDL機も配置されて

 おり、DL/EL化は目前に控えており、その後各機はEL化に伴い各地へ転配属、廃車・解体の経過をたどった。本機以外では

 D51-2号機が大阪市港区交通科学博物館、209号機は長野県伊那市、849号機が愛知県豊田市でまた29657・79642

 号機が各地で静態保存されている。










D51-824号機  場所 長野県諏訪市湖岸通り 湖畔公園内 

車暦 1943運輸通信省浜松工場 1943浜松~1945静岡~1949上諏訪~1964松本~長野~1970廃車・保存開始

状態 塗装は普通 外装諸装備完備 運転室内は速度計針欠 両水面計はガラス管のみ 他の計器類良好 制動弁を

  欠くが他の操作・電気系統機器は良好屋外に屋根付きで保存されているが、最近の整備は見受けられない。保存状

  態は普通である。                                               撮影日 2007/8/18

* 再訪して見ました。変わらない状態で保存されていました。 動輪・ロッド等は分厚い塗装が幾度もされているので
 刻印が確認できた箇所は僅かでした。            撮影日 2009/10/12・2010/12/11

* 1959年に国鉄長野工場で長野デフレクターN2型装着 松本・長野機関区時代は長野工場式集煙装置を装着 

* 本機が1955(S30)年当時、上諏訪機関区に所属し中央本線(東)で活躍していた頃、僚機にはD51-1・22・29・40・155

 172・174・383・412・473・477・521・587・824号機も所属していた。同機関区にはC12型機3両・D50型機2両も配属さ

 れていた。その後各機は各地に転配属された。本機以外ではD51-1号機が京都市梅小路上記機関車館で、155号機が長野

 県塩尻市で、172号機が長野県松本市で、またC12-66・171号機が各地で静態保存されている。

* 本機が1968(S43)年当時、長野機関区に所属し信越本線・篠ノ井線で活躍していた頃、僚機にはD51-155・172・273・

 383・388・412・477・587・627・649・736・776・785・820号機も所属していた。また8620型機6両も配属されていた。

 その後DL化により各機は転配属、廃車・解体の経過をたどった。廃車後本機以外ではD51-155号機が長野県塩尻市、172

 号機が長野県松本市で、58689号機が遠く大分県豊後大野市で静態保存されている。


* 本機は1970/2/22に篠ノ井線、長野~塩尻間の「さよなら列車(急行・ちくま2号)」を僚機のD51-549号機と重連で牽引す

 るという栄誉を果たして有終の美を飾った幸運な機である。僚機の549号機も長野市後町小学校で静態保存されている。






D51-827号機   場所 愛知県あま市甚目寺町畦田 (個人所有)

車歴 1943国鉄浜松工場~配置 米原~1946中津川~1973中央西線で「さよなら列車」を牽引後中津川機関区で廃車。

全走行距離2,155,875km。1974年旧甚目寺町の故山田泰平氏の敷地内で保存され現在に至る。

                      詳細は D51-827NO1  NO2  NO3  の各ページで

* 2017/04にアチハ(株)に譲渡された本機はその後圧縮空気による「エア動態」改造がなされ、2017/06/25に有田川
 鉄道線路(約200m)において最初の走行が行われた。今後アチハ(株)では希望により各地で走行させる予定との事です。
                                                                 2017/06/27








D51-828号機  場所 兵庫県淡路市釜口 平和観音寺跡地

車暦 1943運輸通信省浜松工場 1943米原~1945岡山~1948旭川~1960深川~旭川~1974遠軽~1975追分~1976廃車・
                                                       保存開始・・1984現地移転保存
状態 塗装は完全に剥離し各所に錆び・腐食進行 前後ライト(前ライトトはD51仕上げとは別物)・前後プレート・清缶剤挿入

  装置欠 運転室は金網で遮断 室内は速度計と空気溜め圧力計のみ完備 ブレーキ弁は完備 他の諸計器類大半損失し

  荒廃状態 屋外保存であるが、施設の廃止とともに放置され荒廃の一途をたどっている。保存機ワースト5に位置づけられる。 
                                                        撮影日 2007/7/12・2009/1/5

* 2年ぶりに訪れましたが状況は悪化の一途をたどっています。まず全体的に劣化が進み随所で塗装が剝げ落ち錆びが
 露呈しています。シールドビームの前灯も草むらに落下していました。コンプレッサー部は腐食が激しく崩壊の手前という
 状態です。また左側のロッド等の塗装の劣化を利用し刻印確認の痕跡がありました。運転室の金網の鍵が壊され室内に
 残存していた速度計と空気溜め圧力計が盗難に遭って無くなっていました。残る制動弁と左右のプレート(レプリカ)ですが
 これもどうなる事やら不安です。1976年まで北海道で疾走し追分機関区の火災の難を逃れ、遠く四国に運ばれ高松市
 屋島の博物館に静態保存され、その後現地に移管保存されたにも関わらず施設の廃絶と共に海風にさらされ現状にいたっ
 ています。平和観音像は海を隔てた神戸市からも遠望出来ますが、いくら平和観音像の足元といえども無残な姿をさらして
 おり、往事の本機を残す箇所は火室のみとなっている現況は何とも寂しい限りです。
  確認できた範囲内では本機の刻印でしたが、左合併テコに塗装を意図的に剥がされた結果として
D51717の元印が認
 められました。
D51-717号機は1974年に鷲別機関区で廃車になっていますが、1963~池田・鷲別機関区に所属して
 いますのでその間に苗穂工場で交換転用されたのでしょう。また 排雪板右側に溶接棒による手書きの機番号828があり
 ます。本機は密閉型の運転室であるが、左右のドア部は欠落し一見オープン型のように感じる点がある。しかし、よく観察
 すると運転室左後部にL型金具を残しており中央上部に木板と黄麻の一部が残存しており、これは本機が北海道の寒冷地
 対応として、後部中央部に黄麻製の遮断幕を取り付けた痕跡ではないかと思われる。それも現在では朽ち果ててほんの一
 部しか残存していないので、確たる位置づけは現時点では差し控えたいが、全国保存機の中では珍しい形態と思われる。
  密閉型運転室で遮断幕を現存しているのは北海道安平町追分鉄道記念館のD51-320号機である。                                                                               撮影日 2011/1/15

* 「やまてつ」さんのHP掲示板の2012/05/12に(きーぼー)さんから本機のテンダー右に落書きがあるとのご指摘でした。
 何とかならないかとスプレー缶を持って訪れました。ご指摘の通り赤と白で見事にペイントされていました。4本の黒スプレー
 缶で何とか消す事ができましたが、全体を覆う事は難しく落書きがあるよりはましかな?という現状になりました。痛みはさら
 に激しくこのまま朽ち果てるのでしょうか?無残であり無念です。 残っていた各バルブも盗難に遭い損失していました。                                                                       2012/06/09

* 828号機に関して新しく判明した事があるので掲載したいと思います。本機の運転室後部に遮断幕ではないかと思われる
 部品が朽ち果ててあります。密閉型で遮断幕が存在するのは追分のD51-320号機であるが、棒状の心棒に巻きつけた黄
 麻製の遮断幕であり、余りにも本機のそれ(二枚板製の心棒で挟み込んだ形態)と異なり、判断できなかったが、今回あま市
 のD51-827号機の整備で遮断幕が存在しており、今回落ちていた布編と比較すると、同一の素材でありやはり黄麻製の
 遮断幕である事が判明したので追記します。なお北海道密閉型で逆Lアングルを取り付けているのはD51-337・397・
 566号機であり、オープンキャブでアングルの取り付けはD51-565号機である。
               2013/8/01

* 本機は淡路市に問い合わせた所、2017/03末の段階で、本施設を管理する相続管財人の手で撤去されたそうです。撤去先
 や解体されたのかは不明です。個人所有の静態保存機の最も悲惨な結果となりました。

* デフレクター先端カット・コの字型先端部手すり(左)・(本来はLP403大型ライト装着) 国鉄苗穂工場改装

* 本機が1955(S30)年当時、旭川機関区に所属し宗谷本線・石北本線等で活躍していた頃、僚機にはD51-167・311・

 347・398・399・484・511・543・608・660・738・952・953・954・1008・1009号機も所属していた。また同機関区には

 8620型機2両・9600型機10両・C55型機13両も配属されていた。その後各機は各地に転配属された。本機以外ではD51-

 311号機が北海道北見市、398号機が北海道名寄市、953号機が北海道豊浦町、954号機が北海道富良野市でそれぞれ静

 態保存されている。

* 本機が1973(S48)年当時になると僚機はD51-952・953・954・1116号機に交代所属していた。また、C55型機3両・

 9600型機9両も配属されていた。しかし、DL化により各機転配属、廃車・解体の経過をたどった。本機は追分機関区に、953

 号機は岩見沢第一機関区移動した。その後953号機は北海道虻田郡豊浦町、954号機は北海道富良野市、C55-50号機

 は北海道小樽市で静態保存されている。

* 本機が1976(S51)年当時追分機関区に所属していた頃、僚機にはD51-286・333・345・349・397・565・842・916・

 1072・1119号機も所属していたが本線の運用は無く、全機機関区内に駐機の状態であった。1975年に333号機は廃車になり

 1976年度末で全機廃車となった。本機以外ではD51-286号機は北海道小樽市、333号機は北海道白老郡白老町、345号機

 は兵庫県揖保郡太子町、349号機は長野県岡谷市、397号機は北海道士別市、565号機は北海道常呂郡佐呂間町、842号機

 は岡山県倉敷市、916号機は群馬県前橋市、1072号機は神戸市中央区、1119号機は神奈川県厚木市でそれぞれ静態保存さ

 れている。 本機は現在地及び以前の静態保存地の香川県高松市屋島にも由縁が無く、保存に到る経緯は不詳である。









D51-831号機  場所 三重県伊賀市柘植町 余野公園内


車暦 1942鉄道省鷹取工場 1942吹田~1948鳥取~1959豊岡~1969福知山~1972奈良~1973廃車 1974保存開始

状態 塗装は普通 汽笛・清缶剤挿入装置・煙室扉ハンドルストッパー・後部ライト欠 運転室窓枠・ガラス欠 室内の諸計

  器類・操作系統機器の大半が損失し室内荒廃状態 屋外に屋根付きで保存されているが、最近の整備は見られず保

  存状態は普通である・                                             撮影日 2007/8/28

   * 再訪してみました。変わらない状態でした。                        撮影日 2008/11/7

* 分厚い塗装のために確認できた刻印は数か所でした。 撮影日 2011/03/06 

* 1953年に後藤工場で缶上部に重油タンク・集煙装置を装着。

* 本機が1955(S30)年当時、鳥取機関区に所属し山陰本線で活躍していた頃、僚機にはD51-217・254・334・499・727

 751・758・795・833・895・919・944号機も所属していた。同機関区には8620型機5両・C12型機4両も配属されていた。

 その後各機は各地に転配属された。本機以外ではD51-254号機が東京都杉並区、499号機が三重県津市895号機が奈良

 県王子町で静態保存されている。

* 1972(S47)年当時、本機が奈良機関区(運転所)に所属し、関西本線などで活躍していた頃僚機には、C12-167・D51-

 253・403・463・613・614・832・882・885・895・904・906・934・940・944・1007・1013・1045・1054号機なども所

 属していた。その後電化に伴い各機は廃車となり解体されたが、C12-167号機は鳥取県若桜町で動態、D51-403号機は滋

 賀県栗東市→岐阜県美濃加茂市で、D51-882号機は大阪府茨木市で、D51-885号機は埼玉県深谷市で、D51-895号機

 は奈良北葛城郡県王子町でそれぞれ静態保存されている。









D51-837号機  場所 長野県駒ヶ根市赤穂 北の原公園内

車暦 1943運輸通信省鷹取工場 1943岡山~1969新見~1973長門~1974廃車 1975保存開始

状態 塗装は退色し各所に腐食進行 後部ライト・全プレート(プレートはレプリカ)・清缶剤挿入装置欠 運転室窓ガラス欠 

  室内は諸計器類全欠 制動・操作・電気系統機器も欠損 室内は完全に荒廃状態 屋外保存であるが最近整備された

  形跡は無く、荒廃状態である。 *1968年に国鉄鷹取工場で集煙装置装着。         撮影日 2007/8/18

* 再訪して見ました。変わらない状態ですが全体の劣化が進んでいます。 デフレクターの形態が左右で違うのが特色です。   
                                                         撮影日  2009/10/12

* 再再訪ですが機体の状態に変化はありませんでした。分厚い塗装の為確認できた刻印は僅かでした。右クロスヘッド
 上蓋部には
RD51101の刻印が読み取れますが刻印の位置から101?の番号である可能性もあります。D51-101号機
 は1973年に中津川機関区で廃車となり、静岡県島田市で静態保存されています。101号機にしろ1010~1019番であ
 ったとしても本機との接点は無く転用の経緯は不詳です。また左右ビッグエンド油ツボには837の刻印の下に
元印があるの
 ですが、両方と車歴からから
D51797の可能性が大です。D51-797号機は1975年に長門機関区で廃車になっています
 が、1955年から新見機関区に配属されており、本機と同時期に活動していますので、その間に転用されたのでしょうか。
                                                     撮影日 2010/12/11

* 本機が1955(S30)年当時、岡山機関区に所属し山陽本線で活躍していた頃、僚機にはD51-319・410・422・429・430

 437・442・578・586・697・746・753・800・805・842号機も所属していた。同機関区には9600型機3両・C50型機7両・

 C59型機11両・D50型機6両・D52型機13両と多彩な顔ぶれが揃っていた。その後各機は各地に転配属された。本機以外では

 D51-422号機が広島県尾道市、842号機が岡山県倉敷市で静態保存されている。

* 本機が1971(S46)年当時、新見機関区で活躍していた当時、まだ同機関区にはD51-195・409・422・428・481・488・

 774・838・889・917の各機も所属していた。その後DL化に伴い各期はさらに転配属、廃車・解体の経過をたどった。廃車後、

 本機以外ではD51-195号機は鳥取県米子市で、409号機は滋賀県湖南市→岐阜県美濃加茂市、422号機は広島県尾道市、

 428号機は東京都大田区、481号機は福井県南条郡南越前町、488号機は島根県安来市、774号機は島根県出雲市、838

 号機は岡山県新見市、889号機は岡山県総社市、917号機は岡山県岡山市でそれぞれ静態保存されており、新見機関区に所

 属したD51型機で新見機関区や浜田機関区で廃車となった機関車の静態保存率は意外と高い。









D51-838号機  場所 岡山県新見市井倉 井倉洞前

車暦 1943運輸通信省鷹取工場・・?・・1945岡山~1946糸崎~1954岡山~1955新見~1971浜田~1973廃車 1974保存開始

状態 塗装は普通 外装諸装備完備 運転室内は柵内のため未確認(上部圧力計・水面計は確認) 屋外に屋根付きで保

  存されているが、足回りもきれいに整備されており、保存状態は良好である。            撮影日2007/7/25

* 再訪してみました。8月に整備されロッドもきれいに磨かれていました。 夕刻でしたので細部の撮影は後日の機会に
 したいと思います。     撮影日 2009/10/31

* 再再訪しました。今回は時間に余裕がありましたのでロッドの刻印等の撮影も出来ました。以前と比較して動輪軸
 部はそのままでしたがロッド類やシリンダー前後蓋も磨き出され、各所の金モールも燦然と輝いていました。全体とし
 て刻印は他機と比べて少ないのですが、次の箇所に他機のが転用されていました。左リターンクランクには
D51665
 の刻印が認められます。
D51-665号機は1974年に浜田機関区で廃車になっていますが、1955年~新見機関区
 に配属されています。本機も同時期に同機関区で活躍しており後藤工場で交換転用されたのでしょう。次に右クロス
 ヘッド油ツボには
D51410の刻印があります。だだしDはCとも読めますし、4の下の元印は不明です。これがD51-
 
410号機であるならば同機は1973年に岩見沢機関区で廃車になっていますが、1942~55間は岡山機関区1955
 ~72年は浜田機関区に所属しておりこれも後藤工場での転用が考えられます。さらに右第二サイドロッド油ツボには
 間違いなくD51838では無い刻印があります。刻印が摩耗しており、D51-823・828・923・928が該当しますが
 823号機は中部地方、923号機は東北~九州、928号機は東北地方で運用されており、該当するのは
828号機
 考えられます。
D51-828号機は1947年まで岡山機関区に配属され、本機も同時期に岡山機関区で活躍しており
 この期間に鷹取工場か後藤工場で転用された可能性が高いと思われます。勝手な推理ですのでご教示いただけれ
 ば幸いです。なおD51-828号機はその後北海道に渡り、1976年に追分機関区で廃車後香川県高松市屋島で静
 態保存されその後兵庫県淡路市に移転し、現在は施設廃絶のため荒廃状態で放置されている。2010/10/11
  お召仕上げで公開されているとの事で訪れました。運転室内部も撮影する事ができました。室内の諸計器類
操作
 系統機器・電気系統機器等全て装着されておりました。また火室内は電球で照らされ、アーチ管・レンガアーチも完全
 な状態でした。                                           撮影日 2011/05/05

* 1960年に後藤工場で集煙装置装着。

* 本機が1966(S41)年に新見機関区に所属していた時期、新見機関区は山陰地方の拠点機関区であり、伯備線・姫新線・

 芸備線・(津山線・因美線)を受け持ち、所属するD51型機関車も多く、本機をはじめD51-216・220・236・256・329・376・

 386・392・409・422・438・481・488・490・524・651・665・677・746・797・861・877・937・1061の計25両が勢

 ぞろいしていた。しかし、その後各機はDL化により新見以西に転配属になり、1970以降次第に廃車・解体の道をたどり、廃車

 後本機以外ではD51-409号機は滋賀県湖南市→岐阜県美濃加茂市、422号機は広島県尾道市、481号機は福井県南条

 郡南越前町、488号機は島根県安来市でそれぞれ静態保存されている。 本機は廃車こそ浜田機関区であったが新見機関区

 が所在した新見市に保存されており、新見機関区を代表する静態保存機として、その歴史を今日に物語っている。


* 本機は1973(S48)4/1 伯備線・新見~岡山間の「さよなら列車」の牽引を果たした後、廃車となり現地に静態保存された。








D51-842号機  場所 岡山県倉敷市水島青葉町 中央公園内

車暦 1943運輸通信省鷹取工場 1943岡山~1953富山~1964熊本~1965追分~1975廃車 1976保存開始

状態 塗装は良好 煙室扉ハンドル・後部ライト・清缶剤挿入装置欠 他の外装諸装備良好 運転室内は柵内のため未確認

  (暖房用圧力計欠 他の上部圧力計は確認) 屋外に屋根・プラットホーム付きで保存されており、足回りもきれいに整備

  され保存状態は良好である。*ギースルエゼクター煙突・かまぼこ型砂箱装着       撮影日 2007/7/25 

* 左公式サイドは柵内とプラットホームのために撮影が困難でした。ギースルエぜクター煙突が本機の変遷を物語ってい
 ます。上部圧力計は装着していますが、柵内のために詳細は不明です。     撮影日 2011/05/05 

* デフレクター先端カット・LP403大型ライト前後装着  国鉄苗穂工場改装 

* 本機が1955(S30)年当時、岡山機関区に所属し山陽本線で活躍していた頃、僚機にはD51-319・410・422・429・430

 437・442・578・586・697・746・753・800・805・837号機も所属していた。同機関区には9600型機3両・C50型機7両・

 C59型機11両・D50型機6両・D52型機13両と多彩な顔ぶれが揃っていた。その後各機は各地に転配属された。本機以外では

 D51-422号機が広島県尾道市、837号機が長野県駒ヶ根市で静態保存されている。


* 1968年当時このギースルエゼクター煙突を装着していたのはD51-117・120・232・252・276・315・343・345・349・

 371・391・457・570・605・711・725・733・742・842・942・952・953・1037・1119の各機であるが廃車時まで装着し

 ていたかは定かでは無い。

* 本機が1973(S48)年当時追分機関区に所属し、室蘭本線・夕張線・石勝線などで活躍していた頃、僚機にはD51-117・

 120・226・241・285・286・308・320・333・343・345・349・357・399・413・492・539・605・711・733・767・

 1042・1119号機も所属していた。また19672・19673・39697号機も配属されていた。DL化に伴い各機はさらに転配属、

 廃車・解体の経過をたどった。D51-286号機は北海道小樽市、333号機は北海道白老郡白老町、345号機は兵庫県揖保

 郡太子町、349号機は長野県岡谷市、1119号機は神奈川県厚木市で静態保存されている。

* 1975(S50)年には僚機はD51-333・345・349・397・565・828・916・1072・1119号機に減少していた。既に本線

 での運用は無く、全機機関区内で駐機の状態であった。333号機と本機は1975年に廃車になり、全機1976年度末で廃車と

 なった。本機以外では397号機は北海道士別市、565号機は北海道常呂郡佐呂間、828号機は香川県高松市→兵庫県淡路

 市、916号機は群馬県前橋市、1072号機は神戸市中央区でそれぞれ静態保存されている。本機は北陸~九州~北海道と転

 配属した後、廃車となり最初の配属機関区に戻り静態保存された幸運機である。









D51-849号機  場所  愛知県豊田市平芝町4丁目 交通公園内
(2010/3月末で交通公園が閉鎖されたので、現在は本機に近づくことは出来ない状態になっている。)

車暦 1943運輸通信省浜松工場・・?・・1947稲沢~1948中津川~1953多治見~1957稲沢第一~1971中津川
                                                               1972 廃車・保存開始
状態 塗装は普通 外装諸装備・運転室内諸計器類完備 室内良好 屋外に屋根付きで保存されており、メイン・サイド

  ロッド・主軸等の足回りに油が注されてきれいに整備を受け、良好な状態である。      撮影日  2007/8/16

   * 再訪してみました。相変わらず良い状態で保存されていました。             撮影日 2009/4/26

* 交通公園の敷地はさら地に整備されており、本機のみが取り残された状態です。このままの状態で放置されるのでしょうか?
 整備や点検はされておらず、美しく磨かれていたロッド等もくすみが見られ始めています。右サイドのみの判別ですが、心向棒・
 合併テコ・結びリンク・ソケット・コッター・釣りリンク・偏心棒・加減リンク下部・リターンクランク・ビッグエンド油壷・受け金・
 第二サイド油壷(左)・第三サイド油壷(左)にD51-849の刻印が存在する事は確認しております。
 2013/2/20

* 本機が1955(S30)年当時、多治見機関区に所属し中央西線等で活躍していた頃、僚機にはD51-2・151・208・209

 号機も所属していた。同機関区には8620型機2両・D50型機2両も配属されていた。その後各機は各地に転配属された。本

 機以外ではD51-2号機が大阪市港区交通科学博物館で、209号機が長野県伊那市で、28651号機が福井県大野市で静

 態保存されている。


 * 本機が1972(S47)年当時、中津川機関区に所属し中央西線で活躍していた頃、僚機としてD51-101・125・200・238・

 245・402・549・688・777・827・893・903の各機も配属されていた。その後電化に伴い廃車となったが、101号機は静岡

 県島田市で、125号機は千葉県船橋市で、200号機は京都の梅小路蒸気機関車館でSLスチーム号とし動態保存て、238号機

 は長野県木曽郡木祖村、245号機は長野県埴科郡坂城町、402号機は長野県飯田市、549号機は長野県長野市、688号機

 は愛知県岡崎市、777号機は愛知県刈谷市で、それぞれ静態保存されている。

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