D51型蒸気機関車 714号機〜793号機の17両を紹介します。




D51-714号機  場所 鹿児島県鹿児島市与次郎 国際ジャングルパーク

車暦 1943日立笠戸工場 1943小郡〜1956出水〜1970吉松〜1972南延岡〜1973 廃車 保存開始?

状態 塗装は普通 外装諸装備完備 運転室内は金網で遮断 計器類は上部圧力計完備、速度計・シリンダー圧力計は外枠のみ 

  両水面計は外枠欠 操作系統・電気系統機器は良好 屋外保存であるが足回りも整備されており、保存状態は普通である。                                                                                                            撮影日2007/9/5

*再訪してみました。屋外保存であるので塗装の劣化や汚濁滴が目立ち始めていました。 撮影日 2010/04/24

* 機全体が黒色で分厚い塗装のために確認できた刻印は皆無でした。 撮影日 2011/04/29
* 鹿児島の知人からの情報では2015/03/15〜から現地で解体作業が行われているとの事で。また1両鉄道文化遺産が失われるのは実に残念に思
 います。
* 入江氏から連絡が入り現在も解体中で4月末迄で解体作業を終了するとの事でした。老朽化が原因と思われますが定期的にメンテナンスをしていれば、
 まだまだ保存可能な機体でしたので実に残念です。各部品(特に運転室内は両水面計以外は装着)の他機への譲渡等に関して最後の役割があるように思
 われるのですが、一括クズ鉄として処理されるのは実に勿体ないかと思います。
                         2015/04/16
* 本機が1955(S30)年当時、小郡機関区に所属し山陽本線等で活躍していた頃、僚機にはD51−226・341・374・467

 502・540・590・643・666・677・716・717・721・780・788・803・809・830号機も所属していた。同機関区には8620

 型機5両・D52型機17両も配属されていた。その後各機は各地に転配属された。本機以外ではD51−502東京都葛飾区で静

 態保存されている。

* 本機が1973(S48)年当時、南延岡機関区に所属し、日豊本線で活躍していた頃、僚機にはD51−9・12・46・176・361・

 456・482・485・505・541・567・714・923・1032・1036・1095・1122・1151号機も所属していた。また8620型機2両

 C12型機2両も配属されていた。しかし、DL化により1973以降各機転配属、廃車・解体の経過をたどった。廃車後D51−176

 号機は大分県日田市、485号機は宮崎県延岡市、541号機は宮崎県日向市、923号機は福岡県久留米市、1032号機は大分

 県湯布院市、78626号機は福岡県遠賀郡遠賀町にと、それぞれ由縁のある九州各地に静態保存されている









D51-718号機  場所 愛知県一宮市朝日2丁目 大平島公園内

車暦 1943日立笠戸工場  1943広島〜小郡〜1948長町〜一関〜1960釜石〜1967盛岡〜1968竜華〜1970亀山〜
                                                                  1974廃車・保存開始
状態 塗装は退色し各所に錆び 前プレート欠 他の外装諸装備良好 運転室内は檻籠状態なので未確認(上部の圧力計

 は確認)下部配管類を新しく整備している形跡がある。屋外に屋根付き金網状態で保存されているが、荒廃状態である。
                                                             撮影日 2008/3/23

* 1954年に国鉄郡山工場で缶上部に重油タンク装着。1968年に国鉄鷹取工場で重油タンクを撤去し、集煙装置を装着。

* 再訪してみました。
撮影許可を頂き内部に入らせていただきました。やはり塗装は各所で剥落が見られました。アスベスト

 対策も未実施の模様です。前・左・後部プレート、運転室の左窓枠・ガラス欠 室内前方・丸窓ガラス破損 後部ライト球・ガ

 ラス欠 運転室内は右水面計・ブレーキ圧力計等のガラス・針を欠いておりましたが、他の操作系統機器や計器類は一応揃

 っておりました。しばらく整備はされてない模様ですが、前回の訪問時と比較して動輪が磨かれていたり、外部油圧各細管が

 新しく取り付けられており、保存会の方が整備を始められているのではないかと思われます。   
撮影日 2008/11/7


* 右 クロスヘッド・ソケット部にD51718の刻印がありますが718だけ大きく、その下に乱雑に打ち消された
 
902が読み取れます。これが事実ならD51-902号機からの転用となります。D51-902号機は1971年に木曽福島
 機関区で廃車となっており、両機が同一地域・機関区に所属した記録は無いので転用の経緯は訂正刻印の真偽と共に
 不明です。さらに
902の下に微かですが1?2の旧印が読み取れますが定かではありません。。また加減リンク下部と偏
 心棒油壷にはD51-718の刻印の下に
437の元刻印が読み取れる。D51-437号機は1972年に浜田機関区で廃車、
 これもまた両機の接点は無く、転用の経緯は不詳です。  2010/07/10
・2012/10/20再構成

* 本機の特徴は外観は薄汚れ運転室内も含め荒廃気味ですが、動輪・ロッド・銅細管は磨きだされており、ロッドは白銅か
 ステンレスの如く白く輝き、銅細管は銅と言うよりは黄金色に近い状態で輝いています。その輝きは梅小路・名古屋リニア館・
 大宮鉄博よりも美しく、全国で最も輝いていると思われます。余りにも本体の状況と差が有り過ぎアンバランスな状態です。
  市の公園緑地課に伺いますと保存会やOBの方の作業では無く、専門の清掃業者に委託しているとの事でした。それで
 その業者に伺いますと毎月一度「メタル・ポリッシュ」系の溶剤を使い磨いているとの事でした。異常な程の輝きの謎が解け
 ました。                                                       2012/10/20

* 本機は2015/10〜2016/07にかけて整備され、全体的な塗装と周辺設備の改修が行われました。以前の籠網状態
 からオープン状態に改善されています。

* 本機が1955(S30)年当時、一ノ関機関区に所属し東北本線で活躍していた頃、僚機にはD51−101・102・103・104・

 105・106・107・164・184・263・459・585・597・642・737・765・766・767・867号機も所属していた。同機関区には

 8620型機2両・C58型機18両も配属されていた。その後各機は各地に転配属された。本機以外ではD51−101号機が静岡

 県島田市、103号機が山口県岩国市、737号機が和歌山県有田郡湯浅町で、C58−103・244号機が各地で静態保存され

 ている。

* 本機が1972(S47)年当時、亀山機関区に所属して関西本線や参宮線などで活躍していた頃、僚機としてC50−75・109  

 154・C57−110・148・C58−66・231・353・D51-145・158・178・254・497・703・718・794・799の各機も所属して 

 いたが、その後各機は廃車となり解体の道をたどった。D51−158号機は大阪府茨木市で、D51−254号機は東京都杉並区で 

 D51-499号機は三重県津市で静態保存されている。C50−75・154・C57−110・148・C58−66・231・353号機も各地で 

 静態保存されている。                                                                

 
* 本機が廃車直前の1974(S49)に長門機関区に配属されていた当時、僚機としてD51−214・243・254・265・558・581  

 612・614・715・720・753・803・940・1054の各機も所属していた。その後廃車となったが、243号機は静岡県伊豆市で、

 720号機は広島県上瀬野町で静態保存されている。−214号機は廃車となり解体されたが、動輪は広島市東区JR貨物広島車 

 輌所内に保存展示されている。









D51-720号機  場所 広島県広島市安芸区上瀬野町 瀬野川公園内

車暦 1943日立笠戸工場 1943小郡〜1944福井〜1962長野〜1966津和野〜1973長門〜1975廃車・保存開始

状態 塗装は普通 外装諸装備・運転室内は右水面計欠 左水面計はガラス管のみ その他の諸計器類・操作系統機器は装着

 しており室内良好。 屋外保存であるが足回りもきれいに整備されており、保存状態は良好である。   

*山陽本線より南側の小高い丘陵地の公園内に屋外で静態保存されており、D51やD52が重連や後補機として瀬野駅からの
 
 急勾配を登っていった光景や音が伝わってきそうです。                              撮影日 2007/7/27

* 再訪してみました。やはり汚濁滴の汚れが目立つようになっていました。 撮影日 2010/04/03

* 薄汚れ錆が進行していた機体各部・動輪・ロッド類も再塗装されていました。ただし微かに残っていた刻印は完全に塗り
 つぶされ確認する事が出来なくなっていました。しかし屋外保存ですのでしばらくは良い状態を保つ事でしょう。 
                                                    撮影日 2011/06/12

* 1952年に国鉄松任工場で缶上部に重油タンク装着。1953年に同工場で集煙装置を装着。

* 本機が1955(S30)年当時、福井機関区に所属し北陸本線で活躍していた頃、僚機にはD51−197・315・351・373・450・

 475・523・534・588・612・616・617・667・669・688・720・775・776号機も所属していた。同機関区には8620型機4両

 C12型機2両・D50型機4両も配属されていた。その後各機は各地に転配属された。本機以外ではD51−351号機が長野県木

 曽郡南木曽町、688号機が愛知県岡崎市、775号機が長野県木曽郡JR木曽福島駅前で静態保存されている。

* 本機が廃車直前の1974(S49)年に長門機関区に配属されていた当時、僚機としてD51−214・243・254・265・558・

 581・612・614・715・718・753・803・940・1054の各機も所属していた。その後電化に伴い廃車となったが、243号機は

 静岡県伊豆市で、718号機は愛知県一宮市で静態保存されている。D51−214号機は廃車となり解体されたが、動輪は広島

 市東区JR貨物広島車輌所内に保存展示されている。


* 本機は1975(S50)年1/12に山陰本線、長門〜下関間の「お別れ列車」を僚機のD51−612号機と重連運転で牽引する栄

 誉を果たした後、廃車となり現地に静態保存された幸運な機である。僚機の612号機は廃車となり解体されたが、第三動輪は山

 口県長門市東深川JR長門駅前に展示されている。








D51-724号機  場所 群馬県渋川市石原 JR渋川駅前児童公園内

車暦 1943日立笠戸工場 1943長岡〜1947長岡第一〜1964酒田〜1971廃車 1972保存開始

状態 塗装は良好 外装諸装備・運転室内諸計器類完備 制動弁を欠くが他の操作・電気系統機器は良好 室内良好 

  屋外保存であるが、メイン・サイドロッド・主軸にも油が注されて整備されており、保存状態は良好である。撮影日2007/10/19

* 再訪して見ました。公園は整備中でしたが機関車はそのままでした。      撮影日 2009/10/11

* 水上駅の撮影後訪問しました。公園がきれいに整備されておりました。機体は依然と逆向きに据え付けられていました。
 屋根が取り付けられておりしばらく整備中との張り紙がありました。右先輪に
D51613の刻印がありました。D51-613号機
 は1972年に奈良機関区で廃車になっています。1948〜1968年に敦賀・福井機関区に所属しており、本機が長岡第一
 機関区に配属されていた頃に転用されたのでしょうか、本機の方が早く廃車になっておりますので、それ以外には接点は
 無さそうです。                              撮影日 2011/9/23

* 本機が1955(S30)年当時、長岡第一機関区に所属し上越本線等で活躍していた頃、僚機にはD51−28・82・260・290

 324・325・396・431・443・609・735・932・1001・1107号機も所属していた。同機関区には9600型機7両・C11型機2

 両・D50型機3両も配属されていた。その後各機は各地に転配属された。本機以外ではD51−609号機が千葉県成田市、

 735号機が新潟県村上市、1001号機が長野県千曲市でそれぞれ静態保存されている。

* 本機が1971(S46)年当時、酒田機関区に所属し羽越本線で活躍していた頃、僚機にはD51−28・29・36・63・74・88・

 101・104・142・180・260・270・292・324・396・431・502・513・546・547・648・681・766・767・852・853・907・

 932・1002・1046・1065・1099・1110・1133号機の35両の東北日本海側最大のD51型機終結機関区となっていた。また、

 9600型機5両も配属されていた。しかし、DL化に伴い各機はさらに転配属廃車・解体の経過をたどった。廃車後、本機以外では

 D51−101号機が静岡県島田市、260号機が富山県滑川市、270号機が秋田県横手市、502号機が東京都葛飾区、513号機

 が東京都板橋区、853号機が東京都北区でそれぞれ静態保存されている。D51−324号機は千葉県習志野市で静態保存されて

 いたが、2001/12に残念ながら解体された。









D51-735号機  場所  新潟県村上市藤沢 荒川総合体育館横

車暦 1943日本車輌 1943長岡〜1949金沢〜1955長岡第一〜1966新津〜1967坂町〜1972廃車・保存開始

状態 塗装は良好 外装諸装備・運転室内諸計器類完備 運転室内良好 メイン・サイドロッド等の足回りも油で拭かれ、主軸
 
  には油が注入されて良好な状態で整備されている。国鉄OBの方が定期的に点検・整備を続けられており、毎年11月の地区

  文化祭に公開されている。後部テンダーの各部設備も完備しており、非常に良好な状態で保存されている。運転室内の諸計

  器類は過去の屋外展示時代には一部盗難に遭った事もあるようだが、色分で復元整備されきれいな状態である。保管展示

  場が狭いので全体写真は撮影できなかったが、撮影当日は3人のOBの方々からお話を伺う事もできた。 

 * 1959年に国鉄長野工場で長野デフN2型装着、1964年に同工場で缶上部に重油タンク装着。  撮影日 2008/11/1

* 3年ぶりの再訪です。相変わらず美しく整備された状態で保存されていました。機体の刻印は数か所に残っていました。
 左右の排障器とボイラー前踏み板に溶接棒による手書きの機番号があるのは保存機全体でも珍しいかと思います。
                                                      撮影日 2011/11/2

* 本機が1955(S30)年当時、長岡第一機関区に所属し上越本線等で活躍していた頃、僚機にはD51−28・82・260・290

 324・325・396・431・443・609・932・1001・1107号機も所属していた。同機関区には9600型機7両・C11型機2両・D50

 型機3両も配属されていた。その後各機は各地に転配属された。本機以外ではD51−609号機が千葉県成田市、1001号機が

 長野県千曲市でそれぞれ静態保存されている。

* 本機が1969(S44)年当時、坂町機関区に所属し羽越本線・米坂線で活躍していた頃、僚機にはD51−1005・1099・1100・

 1154号機も所属していた。また主に米坂線担当の9600型機8両も配属されていた。その後各機は転配属、廃車・解体の経過を

 たどった。本機以外では29622号機が新潟県新潟市、39685号機が埼玉県さいたま市で静態保存されている。








D51-737号機  場所 和歌山県有田郡湯浅町湯浅 なぎさ公園内

車暦 1943日本車輌 1943沼津〜1945姫路第一〜1948一関〜1960釜石〜1967五稜郭〜1969長万部〜1972岩見沢〜
                                                               1976廃車・保存開始
状態 塗装は剥離し各所に錆び・腐食進行 前後・右プレート・前ライト球・ガラス・後部ライト・清缶剤挿入装置欠 運転室窓枠・

  ガラス欠 室内計器類は上部の缶圧力計が完備 他の圧力計は文字盤・針欠 速度計欠 運転士・助手席欠 室内もほぼ

  荒廃状態 屋外に屋根付きで保存されているが、海が目前であり塩害もさることながら、近年の整備は全く受けておらず、

  完全な荒廃状態であり、保存機ワースト5に位置づけられる。*1967年に国鉄苗穂工場で缶上部に重油タンク装着。 
                                                                  撮影日2007/11/9

* 再訪してみました。相変わらず荒廃の状態で唯一残欠する左プレートが悲しげでした。  撮影日 2009/11/15

* 機体各所の錆びや剥落が目立ちロッド等の塗装も落ち表面が錆びで劣化し刻印を読み取ることは難しく、明確に読み
 取れたのは左右ビッグエンドの受け金だけで、後数箇所は何とか判読できるかという状態でした。いずれにしろこのまま
 では朽ち果てるのを待つ状況であり、近くの有田川町のD51-1085号機は一応整備されていますが・・本機は・・
                                                          撮影日 2011/1/22

* デフレクター先端カット・コの字型先端部手すり(左)・LP403大型ライト前後装着  国鉄苗穂工場改装

* 本機が1955(S30)年当時、一ノ関機関区に所属し東北本線で活躍していた頃、僚機にはD51−101・102・103・104・

 105・106・107・164・184・263・459・585・597・642・765・766・767・867号機も所属していた。同機関区には8620

 型機2両・C58型機18両も配属されていた。その後各機は各地に転配属された。本機以外ではD51−101号機が静岡県島田

 市、103号機が山口県岩国市で、C58−103・244号機が各地で静態保存されている。

* 本機が1973(S48)年当時、岩見沢第一機関区に所属し室蘭本線・幌内戦・万字線で活躍していた頃、僚機にはD51−11・

 13・15・47・53・85・118・260・277・292・328・331・332・394・414・423・439・467・562・566・765・811・855・

 872・915・1056・1085・1118・1120・1160号機も所属しており、9600型機8両・C57型機6両も配属されており、45両の

 大所帯であった。しかし、DL化の波は避けきれず、各機は転配属、廃車・解体の経過をたどった。D51−11号機は北海道札幌

 市、47号機は北海道岩見沢市、118号機は埼玉県所沢市、260号機は富山県滑川市、566号機は北海道赤平市、1085号機

 は和歌山県有田郡有田川町でそれぞれ静態保存されている。由縁の薄い当地に本機が保存された経緯は不詳である。








D51-745号機  場所 群馬県利根郡みなかみ町 JR水上駅

車暦 1943日本車輌 1943宇都宮〜1960高崎第一〜1970廃車・保存開始

状態 塗装は普通 外装諸装備完備 運転室内諸計器類完備 制動弁を欠くが他の操作・電気系統機器は良好 運転室窓枠・

  ガラス欠 屋外保存であるが足回りも整備されており、保存状態は普通である。            撮影日2007/10/19

* 2011/10/1より本機は水上駅付近に移転保存される工事が始まるようです。明確な場所は解りませんでした。2011/9/29
* 2011/11/18〜19 で本機は水上駅裏転車台付近に移転しました。2011/11/24 



* 再訪して見ました。変わらない状態で保存されていました。              撮影日 2009/10/11

* 早朝でしたので朝日の影響でハレーションを起こしていますのでご了解ください。左結びリンクにD51270の刻印が
 ありました。
D51-270号機は1868年に大館機関区で廃車後横手市で静態保存されています。同機は1958年〜
 1963年まで高崎機関区に所属していましたのでその間に転用されたのでしょう。また左右の全動輪に
D51510
 刻印があります。
D51-510号機は1967年に高崎第一機関区で廃車になり、廃車後全動輪が本機に転用されたの
 でしょう。なお本機は2011/10/1以降に水上駅付近への移転工事が予定されています。 撮影日 2011/9/23

* 本機が1955(S30)年当時、宇都宮機関区に所属し東北本線等で活躍していた頃、僚機にはD51−259・270・466・468

 579・630・631・650・670・671・672・679・769・845・911・928・1159号機も所属していた。同機関区にはC12型機2

 両・C50型機3両・C57型機14両も配属されていた。その後各機は各地に転配属された。本機以外ではD51−270号機が秋

 田県横手市、769号機が長野県東筑摩郡麻績村で、C57−26・110号機が各地で静態保存されている。

* 本機が1969(S44)年当時、高崎第一機関区に所属し八高線などで活躍していた頃、僚機にはD51−141・154・207・261

 498・631・703・817・911・970・1002の各機も所属していた。また9600型機−9678・19619・29605・49659・69680

 79661、C11−264・346・352・353、C12−41・46・47・163・263、C58−202・211・245・263・271・292・293・309

 311号機の各機も配属されていた。しかしDL化は直前に迫り、各機はその後転配属、廃車・解体の経過をたどった。本機以外では

 C12−163号機が岐阜県加茂郡JR上麻生駅前に静態保存されている。








D51-762号機  場所 青森県八戸市十日町天摩 こども公園内

車暦 1942川崎車輌 1943盛岡〜尻内〜青森〜尻内〜1968青森〜1972廃車・保存開始

状態 塗装は普通だが各所に汚濁雫 清缶剤挿入装置欠 他の外装諸装備良好 運転室内はブレーキ圧力計・両水面計が外枠

  のみ 他の計器類は完備  制動・操作・電気系統機器は良好 屋外保存であるが足回りは整備されており、保存状態は普通である。
                                                                    撮影日2007/9/14

* 再訪して見ました。相変わらず良好な状態で保存されていました。          撮影日2009/8/9

* 再再訪しました。左偏心棒にD51107の元印があります。D51-107号機は1972年に秋田機関区で廃車になって
 いますが1947〜1971年にかけて一関〜大館機関区に所属していますのでこの間に転用されたのでしょうか。左第三
 サイドロッド油壷には
D51757の刻印があります。D51-757号機は1971年に秋田機関区で廃車になっていますが、
 1948年から尻内(八戸)機関区に配属されていますので配属されていますのでこの間に転用されたのでしょう。右第二
 サイドロッド油壷(左右)には
D51459の刻印があります。D51-459号機は1967年に尻内機関区で廃車になってい
 ますが、1948年から一関機関区に配属されており、その間か廃車後に転用されたのでしょうか。右第三サイドロッド
 油壷には
D51474の刻印があります。D51-474号機は1971年に青森機関区で廃車になっていますが1944年から
 所属しておりその間に本機に転用されたのでしょう。                撮影日 2011/10/31

* 1963年に国鉄土崎工場でテンダーに重油タンク装着。

* 本機が1955(S30)年当時、尻内(現八戸)機関区に所属し東北本線で活躍していた頃、僚機にはD51−31・159・340・

 345・358・377・378・471・553・757・870・883・884・1012号機も所属していた。同機関区には8620型機14両・D50

 型機3両も配属されていた。その後各機は各地に転配属された。本機以外ではD51−159号機が北海道岩内郡岩内町、345

 号機が兵庫県揖保郡太子町で静態保存されている。

* 本機が1971(S46)年当時、青森機関区に所属し東北本線で活躍していた頃、僚機にはD51−1・113・166・197・232・

 281・296・427・563・580・688・729・786・810・854・873・876・1108号機も所属していたがDL化が目前に控えており、

 休車扱いの機が増えていた。同機関区にはC61型機が運用されており6両配属、9600型機は15両配置されていたが本線での

 運用は無く、全機構内入れ替え業務を担当していた。その後各機は転配属、廃車・解体の経過をたどった。廃車後本機以外では

 D51−1号機が京都市梅小路蒸気機関車館、113号機が青森県三沢市、232号機が秋田県秋田市、296号機が東京都府中

 市、688号機が愛知県岡崎市、1108号機が宮城県宮城郡利府町で、また9667号機・C61-2・18・19・20号機が各地で静態

 保存されている。


* 本機は1971(S46)年9/26に東北本線、盛岡〜八戸間の「さよなら列車」を牽引した後、廃車となり当地に保存された。

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