D51-469号機~499号機を紹介します。

D51-469号機  場所 大阪府高石市羽衣公園丁 浜寺交通遊園内

車暦 1940鉄道省大宮工場 1940大宮~1944宇都宮~1959鳥栖~1965紀伊田辺~1971田辺 廃車・保存開始

状態 塗装は良好 外装諸装備完備 運転室内両水面計外枠欠 他の諸計器類良好 制動・操作・電気系統良好 室内良好 屋外に保存されているが、足回りもきれいに

    整備されて良好な状態で保存されている。                                         撮影日2008/03/01

* 再訪してみました。 狭い柵に囲まれていますので動輪・ロッドの撮影アングルが取れず、運転席内部も一部しか撮影できませんでした。立ち入り公開は予定

が無いという事でした。刻印は分厚い塗装の為に確認は難しく、微か3か所のみに残存していました。    撮影日 2010/3/27・2011/01/8


* 「コバQ」さんが2018/04に訪問された際の状況です。

* 1966年に国鉄鷹取工場にて集煙装置装着。

* 本機が1955(S30)年当時、宇都宮機関区に所属し東北本線等で活躍していた頃、僚機にはD51-259・270・466・468579・630・631・650・670・671・672

・679・745・769・845・911・928・1159号機も所属していた。同機関区にはC12型機2両・C50型機3両・C57型機14両も配属されていた。その後各機は各地に転配

属された。本機以外ではD51-270号機が秋田県横手市、745号機が群馬県利根郡みなかみ町、769号機が長野県東筑摩郡麻績村で、C57-26・110号機

が各地で静態保存されている。

* 本機が1971(S46)年当時、紀伊田辺機関区に所属し紀勢本線で活躍していた頃、僚機にはD51-158・442・800・879930号機も所属していた。また同機関区に

はC57型機4両・C58型機10両も配属されていた。その後DL化により各機はさらに、転配属、廃車・解体の経過をたどった。本機以外ではD51-158号機が大阪府茨

木市、930号機が和歌山県岩出市で、またC57-7・56・160号機・C58-231号機
が各地で静態保存されている。









D51-470号機  場所 岐阜県岐阜市梅林南町 梅林公園内

車暦 1940鉄道省大宮工場 1940新鶴見~1944平~1945高崎第一~1963厚狭~1973長門~1974廃車・保存開始

状態 塗装は良好 外装諸装備・運転室内諸計器類完備 室内良好 メイン・サイドロッド・主軸等の足回りに油が注されて整備されている。屋外に屋根付きで良好な状態

    で保存されている。保存会が定期的に整備と公開している。(運転室内の水面計ガラス芯や制動筒のハンドル等は普段は取り外している。)撮影日/2007/08/16

* 本機は整備メンバーの代表格でもある岐阜市の長縄氏が長年にかけて保存会の方々と共に、実機同様の動きを確保した状態に整備した機関車であり、毎年

梅林公園の梅祭りでは一般公開がされており、運転室内での操作や汽笛を鳴らす事もでき子供たちの歓声が上がり、我々整備をしている者の手本・好事例である。

本機を観察して驚いたことは左右全てのロッドにシ14 HM(浜松)の刻印が存在しており、34年間の酷使に耐えて保存されている事で全国の保存機で確認されて

いる段階では本機のみである

* 再訪してみました。ロッドや主軸にも油が塗布されとても良好な状態で保存されています。左右の全ての動輪にはD51470の刻印がありました。各部位にも刻

印が認められましたが51470以外の刻印としては、左先輪には
D51583の刻印があります。D51-583号機は1970年に厚狭機関区で廃車になっており、本機

は1963~1973まで厚狭機関区に所属しており、583号機が廃車の段階で、小倉工場で付け替えられたのではないかと想像されます。左結びリンクには


D51652
の刻印、右結びリンクにはD51650と読めますが、両者は同じかもしれません。D51-652号機は1970年に新鶴見機関区で廃車になっています。左

合併テコには
D52108の刻印、D52-108号機は1966年に柳井機関区で廃車、右合併テコにはD52363の刻印、D52-363号機は1965年に小郡機関区

で廃車、先輪同様に小倉工場で転用されたのでしょうか。左リターンクランクには
D51141の刻印、D51-141号機は1971年に高崎第一機関区で廃車となって

おり、本機が高崎第一機関区に所属している間に大宮工場で転用されたのでしょう。右リターンクランクには
D51400の刻印、D51-400号機は1968年に一ノ

関機関区で廃車になっており、本機への転用の経緯は不詳であるが、少なくとも7~8機の部品が転用されている事は事実であり、本機に引き継がれ静態保存さ

れているのも蒸気機関車の歴史を紐解く好事例である。


* 第二土曜日でしたので「春日井のツバメ」さんたちがコンプレッツサ-の分解修理作業をされておられ保存会の方々は今後も各部位を可動可能な状態にされる

そうです。詳しくは「http://d51470.web.fc2.com」に掲載されています。 撮影日2010/06/12

* 本機が1955(S30)年当時、高崎第一機関区に所属し東北本線等で活躍していた頃、僚機にはD51-124・238・510・817・912号機も所属していた。同機関区に

は9600型機6両・C58型機7両D50型機7両も配属されていた。・その後各機は各地に転配属された。本機以外ではD51-238号機が長野県木曽郡木祖村で、C58

-5号機が栃木県宇都宮市
で静態保存されている。

* 本機が1971(S46)年当時、厚狭機関区に所属し山陽本線で活躍していた頃、僚機にはD51-8・18・152・235・271・272282・300・426・476・507・518・520

・529・666・716・730・780・808・920・1026・1080号機の23両が所属していた。厚狭機関区は新見機関区に次いでD51型機の集結機関区となっていた。また同機関

区にはC12型機5両・C58型機4両も配属されていた。その後DL化に伴い各機はさらに転配属、廃車・解体の経過をたどった。廃車後本機以外ではD51-8号機が兵庫県

尼崎市、18号機が山口県宇部市、272号機が東京都世田谷区、3000号機が山口県山陽小野田市
で静態保存されている。

* 本機は1974(S49)年11/30に山陰本線、長門~下関間の「さよなら列車」を僚機のD51-612号機と重連で牽引した後、廃車となり当地に保存された。








D51-481号機  場所 福井県南条郡南越前町 JR今庄駅東

車暦 1940鉄道省鷹取工場 1940岡山~1948糸崎~1960新見~1973浜田~1974 廃車 保存開始

状態 塗装は普通 清缶剤挿入装置・煙室扉ハンドル欠 他の外装諸装備良好 運転室金網遮断 上部圧力計・両水面計完備速度計・シリンダー圧力計針欠 操作系統機

    器良好 屋外に屋根付きで保存状態は良好である。                            撮影日 2007/09/11

* 再訪しました。分厚い塗装が繰り返されていますので、左リターンクランクに微かに刻印を残す以外に刻印の確認はできませんでした。運転室も堅固な金網

で遮断されており室内の状態は良好でした。機体そのものは良い状態を保っています。                 撮影日2011/07/20

* 1961年に国鉄後藤工場にて集煙装置装着。

* 本機が1955(S30)年当時、糸崎機関区に所属し山陽本線・呉線で活躍していた頃、僚機にはD51-440・441・527・680698・755・760・761・818号機も所属

していた。同機関区には8620型機3両・C59型機13両・D52型機9両も配属されていたその後各機は各地に転配属された。本機以外ではC59-164号機京都鉄道博

物館
で静態保存されている。

* 本機が1966(S41)年に新見機関区に所属していた時期、新見機関区は山陰地方の拠点機関区であり、伯備線・姫新線・芸備線・(津山線・因美線)を受け持ち、所属す

るD51型機関車も多く、本機をはじめD51-216・220・236・256・329・376・386・392・409・422・438・488・490・524・651・665・677・746・797・838・861

・877・937・1061の計25両が勢ぞろいしていた。しかし、その後各機はDL化により新見以西に転配属になり、1970年以降次第に廃車・解体の道をたどり、本機以外で

は、409号機滋賀県湖南市→岐阜県美濃加茂市、422号機は広島県尾道市、488号機は島根県安来市で、838号機は岡山県新見市井倉洞でそれぞれ静態

保存されている。









D51-483号機  場所 長野県安曇野市穂高有明 サンクラブ穂高

車暦 1940鉄道省小倉工場 1940熊本~1944広島第一~1948岩見沢~1949小樽築港~1972滝川~1976廃車・保存開始

状態 塗装は普通 前後ライトガラス? 清缶剤挿入装置欠 他の外装諸装備良好 室内は暖房用圧力計欠 他の計器類装着するも文字盤・針欠 両水面計欠 制動弁欠

    屋外保存であり保存状態は普通である。田園にポツンと置かれており、背後の有明山や遠方の北アルプス燕岳などの峰々とマッチしている。保存会が復元されており、

    現在も修復中との事。                                               撮影日 2007/08/17

 * デフレクター先端部カット・コの字型先端部手すり(左)・LP403大型ライト前後装着 国鉄苗穂工場改装

 * 前回は天候に恵まれず、余り良い写真では無かったので再訪してみました。           撮影日 2008/09/12 

* 2年ぶりの再再訪でした。機体には特に変化は有りませんでしたが周囲の環境が一変していました。北側のテニスコートや周囲の柵が無くなり辺りは広々とし

た敷地となり、本機だけがポツンと置かれている状態です。一部庭石らしきものあり今後整備されるのでしょうか? 細部の撮影をしましたが、本機以外の刻印もあ

りました。右先輪の車軸ツバには
D51524の刻印がありました。D51-524号機は1975年に浜田機関区で廃車になっていますが、1944年から広島機関区に

所属しており本機が1948年に岩見沢機関区に配属される間に交換転用されたのでしょうか。後の刻印は北海道時代に転用されたものでしょう。左右の第一動輪

と左第四動輪(右も可能性は大)には
D51766の刻印が、D51-766号機は1973年に鷲別機関区で廃車になっています。左第二動輪にはD51286の刻印が、

D51-286号機は1973年に追分機関区で廃車。左リターンクランクにはD51147の刻印が、D51147号機は1975年に深川機関区で廃車。右結びリンクと合

併テコの軸座ピンツバには
D5138の刻印が、D5138号機は1976年に滝川機関区で廃車。右リターンクランクは明確では無いのですが、車歴から判断すると

D51357と思われます。D51-357号機は1974年に追分機関区で廃車になっています。本機は北海道で1976年の最後まで煙を上げていた機体であり、おそ

ら苗穂工場で各機から順次部品を提供され交換転用を受けていたのでしょう。各機の部品を引き継ぎかつ静態保存されている本機は意義深いものがあります。 
                                                                                撮影日 2010/12/11

* 「コバQ」さんが2015/07に訪問された際の状況です。

* 本機が1955(S30)年当時、小樽築港機関区に所属し函館本線で活躍していた頃、僚機にはD51-138.149・163・202219・277・295・419・439・465・492

・600・638・659・662・887・943号機も所属していた。同機関区には8620型機2両9600型機10両・C12型機3両・C51型機5両・C57型機13両も配属されていた。

その後各機は各地に転配属された。本機以外ではD51-943号機が静岡県富士市、9633号機が京都鉄道博物館、C12-6・38・64号機、C57-57・135・

201号機
が各地で静態保存されている。

* 本機が1973(S48)年当時、滝川機関区に所属し根室本線・歌志内線で活躍していた頃、僚機にはD51-38・68・95・96・297・397・561・578・603・663・684

・1051・1072・1086・1101・1127号機も所属していた。また19674・49606・49642・59613・59669・59694・69658・69660号機も配属されていた。しかし、

DL化により各機はその後転配属、廃車・解体の経過をたどった。廃車後D51-68号機は岩手県岩手郡雫石町、95号機は北海道上川郡新得町、96号機は群馬県

安中市、297号機は北海道滝川市、397号機は北海道士別市、561号機は群馬県利根郡川湯村、663号機は青森県十和田市、684号機は東京都村山市、

1072号機は神戸市中央区
でそれぞれ静態保存されている。当地に由縁の薄い本機が保存された経緯は不詳である。









D51-485号機  場所 宮崎県延岡市大瀬町3丁目 児童公園内

車暦 1940鉄道省小倉工場 1940鳥栖~1945出水~1948南延岡~1974廃車 1974保存開始

状態 塗装は良好 後部ライト欠 他の外装諸装備良好・運転室内両ブレーキ圧力計・両水面計欠(外枠のみ) 他の計器類は装着するも針欠で文字盤のみ、制動・操作・

    電気系統は良好 室内は良好 足回りもきれいに整備され、屋外に屋根付きで保存されており、保存状態は良好である。撮影日 2007/09/06・2009/02/06

* 宮崎県内の静態保存機でロッド等の磨き出しがされているのは本機だけです。保存会の方々が作業をされたのですが、研磨が若干荒く刻印も含めて削りとら

れた感があり、刻印が判読し難い状態です。しかし油が塗布され定期的に整備されておられる事がが解ります。左右の第一動輪には
D51496の刻印が認められ

ます。
D51-496号機は1971年に鳥栖機関区で廃車になっていますが、1950年から本機と同じく南延岡機関区に配属されていますので、南延岡機関区所属の

間か鳥栖機関区に異動後転用された可能性が高いと思われます。他の部位には本機の刻印が認められました。撮影日 2011/04/28

* 本機が1955(S30)年当時、南延岡機関区に所属し、日豊本線で活躍していた頃、僚機にはD51-9・12・23・93・880・1035・1036・1081・1141・1142号機も

所属していた。同機関区には8620型機3両・C12型機4両も配属されていた。その後各機は各地に転配属された。本機以外ではD51-1142号機が長崎県佐世保市

静態保存されている。

* 本機が1973(S48)年になると僚機はD51-9・12・46・178・361・456・482・505・541・567・714・871・923・10321036・1095・1122・1151号機に交代

所属していた。また8620型機2両・C12型機2両も配属されていた。しかし、DL化により1973以降各機転配属、廃車・解体の経過をたどった。廃車後D51-176号機は

大分県日田市、541号機は宮崎県日向市、714号機は鹿児島県鹿児島市、923号機は福岡県久留米市、1032号機は大分県湯布院市、78626号機は福岡

県遠賀郡遠賀町
にと、それぞれ由縁のある九州各地に静態保存されている

* 本機は1974(S49)年4/24に、日豊本線、大分~南延岡間の「さよなら列車」を僚機のD51-505号機と重連で牽引した後廃車となり当地に保存された。









D51-486号機  場所  長野県長野市西和田 JR東日本長野車輌所


車暦 1940鉄道省長野工場・・新潟局・・1948直江津~1969廃車 1970保存開始

状態 塗装は普通 外装諸装備完備 運転室内暖房用圧力計欠 他の計器類良好 制動・操作・電気系統機器も完備 室内良好 屋外保存であるが足回りもきれいに整備

    されており、保存状態は良好である。各地のJR施設の保存で動態保存以外で良好なのは、長野車輌所・多度津工場ぐらいで、他のJR関係の保存状態は今ひとつであ

    り、できれば他も最高の状態で保存して貰いたいものである。 *缶上部に重油タンク装着   撮影日2007/08/17・2008/09/12

* 再再訪してみました。綺麗に塗装されていました。足回りも分厚く塗装されていますので明確に確認できた刻印は右クロスヘッド部の上蓋部のみでした。                                                                                 撮影日2010/12/12

* 本機が1955(S30)年当時、直江津機関区に所属し北陸本線・信越本線で活躍していた頃、僚機にはD51-109・162・185296・301・404号機も所属していた。同

機関区には9600型機3両・C12型機3両・C51型機7両・C57型機5両・D50型機9両も配属されていた。その後各機は各地に転配属された。本機以外ではD51-296

号機が東京都府中市で、9646号機・C51-239号機・C57-189号機
が各地で静態保存されている。 

* 本機が1967(S42)年当時では僚機はD51-129・135・185・238・475・1001・1110号機に交代所属していた。その後DL化により各機はさらに転配属、廃車・

解体の経過をたどった。本機以外ではD51-238号機が長野県木曽郡木祖村で生態保存されている。1110号機は長野県千曲市で静態保存されていたが、2017

解体処分された。








D51-488号機  場所 島根県安来市安来町 和鋼博物館

車暦 1940鉄道省郡山工場 1940福島~1961長町~熊本~1965新見~1973浜田~1975廃車 保存開始?

状態 塗装は普通だが汚濁雫が目立ち始めている。清缶剤挿入装置欠 他の外装諸装備良好 運転室内は速度計のみ完備 上部4圧力計欠 ブレーキ圧力計も文字盤

    のみ 両水面計はガラス管のみ 制動・操作・電気系統機器は良好 屋外に保存されており保存状態は普通である。  撮影日2007/07/25

* 1965年に国鉄後藤工場にて集煙装置装着。1968年撮影の藤田氏の写真で解る。

* 再訪してみました。「なかうみマラソン」の前日で、会場となっておりテントが設営され、機左側等が撮影できませんでした。機体は劣化が進み、汚濁滴が激しく

なっていました。運転室内も劣化が見られ床が一部落ちてました。分厚い塗装と錆びの為に確認できた刻印はありませんでした。
                                                                   撮影日2009/10/31・2010/12/4

* 本機が1955(S30)年当時、福島第一機関区に所属し東北本線で活躍していた頃、僚機にはD51-32・35・57・76・100・153・166・181・205・224・230・236

・264・306・381・417・435・436・480・555・556・728・729・868・902・1089号機も所属していた。同機関区には8620型機3両・C12型機3両・C51型機17両・

D50型機11両も配属されており、総数67両は東北最大の保有数であり盛況を呈していた。その後各機は各地に転配属された。本機以外ではD51-264号機が福島県

郡山市
で静態保存されている。

* 本機が1966(S41)年に新見機関区に所属していた時期、新見機関区は山陰地方の拠点機関区であり、伯備線・姫新線・芸備線・(津山線・因美線)を受け持ち、所属す

るD51型機関車も多く、本機をはじめD51-216・220・236・256・329・376・386・392・409・422・438・481・490・524・651・665・677・746・797・838・861・

877・937・1061の計25両が勢ぞろいしていた。しかし、その後各機はDL化により新見以西に転配属になり、1970年以降次第に廃車・解体の道をたどり、本機以外では

409
機は滋賀県湖南市→岐阜県美濃加茂市、422号機は広島県尾道市、481は福井県南条郡南越前町で、838号機は岡山県新見市井倉洞でそれぞれ静

態保存されている。


* 本機は1975(S50)1/20に山陰本線、米子~益田間の出雲路「さよなら列車(石州号)」を、僚機のD51-620号機と重連運転で牽引する栄誉を果たした後、廃車とな

り当地に保存された。僚機の620号機も隣県の鳥取JR大山口駅前で静態保存されていたがその後
解体処分され、動輪隠岐の島で保存されている。







D51-498号機  場所  群馬県高崎市JR東日本車輌センター

車暦 1940鉄道省鷹取工場 1940岡山~1951吹田~1953平~1963長岡第一~1966新津~1972坂町~高崎第一・廃車 1988車籍復活~高崎運転所

状態 塗装は良好(カーボンブラック) 外装諸装備は清缶剤挿入装置以外は完備しており、動態運転に備えて完全な状態に整備されている。運転室内の諸計器類も完備

    しており、非常に良好な状態が見受けられた。                                             撮影日 2009/10/10・11

* 再訪してみました。昨年との相違はデフレクターが標準型から後藤デフレクター(G3型)に変わっていました。三重県津市のD51-499号機のデフをコピーし

たものでしょうか。それと「みなかみ号」のプレートが新しくなっていました。刻印の確認はできましたが、意外と残している箇所は少なかったです。右先輪は確認で

きませんでしたが、左先輪には
C581??の刻印が確認できました。停止位置の関係で完全には読み取れませんでしたが、間違いなくC58型機のを転用してい

ます。興味のある方はご確認ください。                                               撮影日 2010/09/11


    
後藤デフ498号機 待機線へ             後藤デフ498号機 ホームへ               後藤デフ498号機 水上駅出発 2010/09/11撮影


* 本機が1955(S30)年当時、平機関区に所属し常磐線・磐越東線で活躍していた頃、僚機にはD51-71・108・190・252・313・338・519・695・713・744・855

1024・1091・1102・1116・1121号機も所属していた。同機関区には8620型機6両・9600型機6両・C57型機7両・C62型機8両・D50型機2両も配属されていた。そ

の後各機は各地に転配属された。本機以外では8630号機・C57-165号機が静態保存されている。

* 本機が1965(S40)年当時、長岡第一機関区に所属し信越本線等で活躍していた頃、僚機にはD51-28・75・82・88・108142・260・270・290・292・324・395

・396・431・443・498・609・735・852・853・907・1001号機も所属していた。同機関区には9600型機7両・C11型機1両も配属されていた。その後各機は各地に転

配属された。本機以外ではD51-75号機が新潟県上越市、260号機が富山県滑川市、270号機が秋田県横手市、395号機が山口県周南市、609号機が千葉

県成田市、735号機が新潟県村上市、853号機が東京都北区
でそれぞれ静態保存されている。1001号機は長野県千曲市で保存後
解体された。

* 本機が1972(S47)年当時、坂町機関区に所属し羽越本線・米坂線で活躍していた頃、僚機にはD51-421・547・1005・1100・1154号機も所属していた。同機関

区には9600型機7両も配属されていた。その後DL化に伴い各機は転配属、廃車・解体の経過をたどった。本機以外では29622号機が新潟県新潟市で静態保存されて

いる。本機は1972年に廃車となり群馬県みなかみ郡JR後閑駅前に静態保存されていたが、1988年に動態復元され現在も関東一円で運転されている。








D51-499号機  場所 三重県津市広明町 偕楽園公園内

車暦 1941鉄道省鷹取工場 1941糸崎~1943広島~糸崎~1950鳥取~1958福知山~1972亀山~1973奈良 廃車・保存開始

状態 塗装は普通 前後ライト球・ガラス欠 他の外装諸装備良好(プレートはレプリカ) 運転室窓枠・ガラス欠 室内両水面計・速度計・両ブレーキ圧力計欠 上部圧力計

    は装着するも外形のみで文字盤・針・ガラス欠 制動弁は装着 室内荒廃状態 屋外保存であり最近の整備は無く、保存状態は荒廃気味である。    
                                                        ・重油タンク装着
      撮影日 2007/08/28

* 再訪してみました。相変わらずの状態でしたが錆が浮き始めている個所がありました。 撮影日 2009/10/24

* 「コバQ」さんが2014/03に訪問された際の状況です

* 1953年後藤工場にて集煙装置・1954年に缶上部に重油タンク・1957年に後藤デフレクターG3型装着

* いわゆる門鉄デフレクターの中でもデフ全体が大きく上部が内反しており、形も平行四辺形ではなく、小倉工場のどの形式にも該当せず、国鉄後藤工場式デフレクター

(デフレクターの取り付け支柱が両方とも内側に湾曲)と呼ばれるものである。D51型機ではD51-187・727・795・833号機に、また北海道斜里郡清里町で静態保存の

C58-33号機も装着している。

* 本機が1955(S30)年当時、鳥取機関区に所属し山陰本線等で活躍していた頃、僚機にはD51-217・254・334・727751・758・795・831・833・895・919・

944号機が所属していた。同機関区には8620型機5両・C12型機4両も配属されていた。 その後各機は各地に転配属された。本機以外ではD51-254号機が東京都

杉並区
831号機が三重県伊賀市、895号機が奈良県王子町でそれぞれ静態保存されている。

* 本機が1971(S46)年当時、福知山機関区に所属し山陰本線・舞鶴線・福知山線で活躍していた頃、僚機にはD51-254・463・727・831・895・944・1018号機も

所属していた。また同機関区にはC11型機3両・C57型機3両・C58型機3両も配属されていた。その後各機はDL化に伴いさらに転配属、廃車・解体の経過をたどった。本機

は1972年亀山機関区に移動した。廃車後本機以外ではD51-463号機が山口県防府市で静態保存されていたが、2001/12に残念ながら
解体された。

                                               
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