C62型蒸気機関車 1948~1949の間に49両製造 全国に5両保存されています。

主要諸元

 全長 21.47m 全高 3.98m 総重量 145.1t 水槽 25㎥ 石炭庫 10.t 先・従輪径 860mm 動輪径 1750mm 最大出力 2.163ps 

 最高速度 110km/h

 製造所 川崎重工兵庫工場・汽車製造大阪工場・日立製作所笠戸工場


C62-1号機(D52-74号機より改造) 場所 京都府京都市下京区 京都鉄道博物館

車暦 1948日立笠戸工場 1948広島第二~1950宮原~1957広島第二~1967用途廃止~1976広島鉄道学園保管~1994梅小路蒸気機関車館~静態保存

状態 塗装は普通 外装諸装備完備 常時整備されており、普段は扇形展示場から出されて引き込み線上で屋外展示されている事が多い。保存状態は良好である。                                                                    撮影日2007/09/7・2008/03/222010-01-30

* 時には扇形展示場に移動してるかと思いましたが、やはり屋外引き込み線の定位置でした。全く右サイドは撮影できません。たまには屋内に移動して

もらいたいです。遠くからなので刻印が不鮮明なのはご了承ください。左第一先輪は
C59107の転用でした。C59-107号機は1964年に広島機関区で

廃車になっていますが、本機と共に1940年以降、宮原機関区・広島機関区に共に配属されていますので、その間に交換転用されたのでしょう。    
                                                                               2010/07/17

* 本機が1955(S30)年当時、宮原機関区(現宮原総合運転所)に所属し東海道本線で活躍していた頃、僚機にはC62-2・25・26・29・30・35・36・41・42

号機も所属していた。同機関区には9600型機4両・C11型機5両・C59型機18両も配属されていた。その後各機は各地に転配属された。本機以外ではC62-2

号機
が京都鉄道博物館で動態保存、26号機が大阪市港区交通科学博物館から京都鉄道博物館に移設静態保存されている。


* 本機が1967(S42)/10当時広島第二機関区で休車扱いを受けていたころ、C62-12・31・33・43号機も所属していたが、順次廃車となり保存されたのは本機のみであった。








C62-2号機(D52-455号機より改造) 場所 京都府京都市下京区 京都鉄道博物館 

車暦 1948日立笠戸工場 1948糸崎~1950宮原~1957小樽築港~1972梅小路~1978抹消~1987車籍復活

状態 塗装は普通 清缶剤挿入装置欠 他の外装諸装備良好 運転室内諸計器類良好 室内良好 常時整備されて扇形展示場の定位置に保存されているが、

SLスチーム号として活躍する時もある。保存状態は良好である。     撮影日2007/10/02・2008/03./22・2010/01/30

* 本機が扇形展示場に移動しているとの情報を得てC62-2号機三度目の挑戦です。刻印等細部の撮影をしましたが鮮明な左サイドを中心に撮影しまし

た。特筆すべきことは左右とも第一・第二の先輪に
C6232の刻印が認められ、先輪はC62-32号機のを転用しているようです。C62-32号機は1971

年に小樽築港機関区で廃車になっていますが、1957年以降本機と共に小樽築港機関区に配属されていましたので、その間に苗穂工場で交換転用された

のでしょう。左第三動輪には
C6221と思われる旧印があります。C62-21号機は1967年に平機関区で廃車になっており、廃車後の転用でしょうか同機

は前年に常磐線東海駅で横転大破しており、刻印も不確実かと思われます。また右第二動輪には
C5963の刻印がありました。C59-63号機は岩国駅で

戦災に遭い広島第二機関区で1946(9)年に廃車になっています。右第三動輪には
C6216の旧印がありました。C61-16号機は1971年に小樽築港機

関区で廃車になっており、廃車後本機に転用されたのでしょう。他の部位の刻印は確認できた限りでは本機刻印でした。運転室内を三脚を使い撮影しました

が、上部の給水用・暖房用圧力計は装着されていませんでした。動態運転をしていますが特に必要は無いのでしょうが、できれば復元設置を願いたいですね。

他の諸計器類・制動・操作系統バルブ・電気系統機器は装着されておりました。撮影日補足2010/07/17・2011/11/17


            
     後進~前進                転車台へ                転車台                  転車台~扇形駐機場へ2011/11/17撮影


* 本機が1955(S30)年当時、宮原機関区(現宮原総合運転所)に所属し東海道本線で活躍していた頃、僚機にはC62-1・25・26・29・30・35・36・41・42号

機も所属していた。同機関区には9600型機4両・C11型機5両・C59型機18両も配属されていた。その後各機は各地に転配属された。本機以外ではC62-1号機

26号機が京都鉄道博物館で静態保存されている。その後本機は小樽築港機関区に移動し北海道の地で活躍する。

* 本機が1971(S46)年当時、小樽築港機関区に所属し函館本線で活躍していた頃、僚機にはC62-3・15・16・32・44号機も所属していた。また、同機関区には

構内入れ替え業務を担当していた9600型機7両・同じくC12型機3両、そして最大の保有数38両のD51型機が配属されていた。しかし、DL化は目前に迫っており、各

機はその後転配属、廃車・解体の経過をたどった。廃車後本機以外ではC62-3号機が本機とともに静態保存され、後に現役復帰し「ニセコ号」運転でその雄姿を

見せていた。また、9633・C12-6・38・64・D51-59・70・231・286・333・485・565・943・1149号機が各地で静態保存されている。

* 本機は1972(S47)年6/18・7/2・7/9に函館本線、小樽~倶知安間の「急行ニセコ1号」を僚機のC62-3号機と牽引した。

* 本機は1972(S47)年8/27に函館本線、小樽~岩見沢間の「さよなら運転」を僚機のC62-3号機と重連で牽引した後、9633号機とともに京都鉄道博物館

動態保存され、SLスチーム号として現在も活躍している。








C62-3号機(D52-458号機より改造) 場所 北海道札幌市東区 JR北海道苗穂工場

車暦 1948日立笠戸工場 1948糸崎~1950梅小路~1956小樽築港~1976廃車・保存開始 1988苗穂車籍復活 1996除籍~静態保存

状態 塗装は退色し錆び・腐食進行 清缶剤挿入装置欠 他の外装諸装備良好 運転室内諸計器類完備 室内良好 構内に屋根付きホームの下で保存されている

    が、最近の整備は見受けられない。保存状態は普通である。                      撮影日2007/07/14

* 4年ぶりに再訪しました。前回と比較するに塗装は退色し始めており、ロッド等には錆が浮き刻印の確認もし難い状態です。1995/11のラストラン後苗

穂工場の現地に静態保存されてはいますが、以後整備される事なく現在にいたっており、歴史ある名機の状態としては好ましい環境にあるとは言えません。

北海道内の各市町村の保存機でも、同機よりは状態の良い機もあり期待が大きいだけに現状を憂うばかりです。JR北海道の善処を願うものです。 
                                                                         撮影日 2011/07/23

* 本機が1955(S30)年当時、梅小路機関区に所属し東海道本線で活躍していた頃、僚機にはC62-4・6・16・17・18・2731・32・34・40・43・44号機も所属

していた。同機関区にはD51型機9両・8620型機12両・C50型機11両・C59型機13両も配属されていた。その後各機は各地に転配属された。本機以外ではC62-

17号機
愛知県名古屋市で静態保存されている。

* 本機が1971(S46)年当時、小樽築港機関区に所属し函館本線で活躍していた頃、僚機にはC62-2・15・16・32・44号機も所属していた。また、同機関区には

構内入れ替え業務を担当していた9600型機7両・同じくC12型機3両、そして最大の保有数38両のD51型機が配属されていた。しかし、DL化は目前に迫っており、各

機はその後転配属、廃車・解体の経過をたどった。廃車後本機以外ではC62-2号機が9633号機とともに京都鉄道博物館で動態保存されている。またC12-

・38・64・D51-59・70・231・286・333・485・565・943・1149号機
が各地で静態保存されている。

* 本機は1972(S47)年6/18・7/2・7/9に函館本線、小樽~倶知安間の「急行ニセコ1号」を僚機のC62-3号機と牽引した。

* 本機は1972(S47)年8/27に函館本線、小樽~岩見沢間の「さよなら運転」を僚機のC62-3号機と重連で牽引した後廃車の予定であったが、存続要望が強くし

ばらく現役を続けた。1976に廃車となり苗穂工場に駐機していたが、1988に現役復帰の要望に答え車籍復活し1996までの間「ニセコ」号の牽引などで活躍を続けた

経歴をもつ機である。なお、構内には僚機であったC62-16号機の動輪が展示されている。また、同所内には廃車となり解体されたD51-855号機の動輪も保存

展示されている。








C62-17号機(D62-69号機より改造) 場所 愛知県名古屋市港区金城埠頭「リニア・鉄道館」
                                   旧 名古屋市千種区「東山動物園」

車暦 1948日立笠戸工場 1949岡山~1950名古屋~1955梅小路~1958下関~1964広島~1965糸崎~1971稲沢~
                                                          稲沢第一 廃車・保存開始
状態 塗装はやや退色し各所に汚濁雫・錆び進行 外装諸装備完備 運転室内は柵内にあり未確認(上部圧力計は確認)

   屋外に保存されているが近年の整備は受けていない模様である。保存状態は普通である。撮影日2007/8/19

* 開館したJR「リニア・鉄道館」を訪れました。メインのシンボルゾーンに静態保存されていました。「東山動物園」時代の錆も完全に落とされ再塗装され、

動輪・ロッド等は磨き出され運転室内部の諸計器類・操作系統・電気系統機器も完全に復元整備され、一つ一つが眩いくらいに輝いていました。右サイド

はプラットホームと強化透明ガラスで遮断され一部を除き撮影は困難でした。シンボルゾーンは全体的に照明が暗く、かつ点滅があり写真撮影には不向

きな環境でした。若干ピントがズレテいる事をご了解ください。C62型他機と比較するに刻印はあまり残されていませんでした。左(右も可能性大)第一・第

二先輪と結びリンクには
C6216の元印がありました。C6216号機は1971年に小樽築港機関区で廃車になっていますが、1958~1970年にかけて下

関・広島・糸崎機関区で本機とともに配属されていましたのでこの間に転用されたのでしょう。また左第三動輪には
C6218の刻印がありました。やはり本

機と同機関区に配属されていましたので1968年の廃車前か廃車後本気機に転用されたのでしょうか。感想として余りにも照明が暗く細部を観察したい者

には不満が残りました。余談として駐車場・入館料は高額に思いますね。ま一度は行きますが二回は?と言う全体感想でした。撮影日 2011/05/20

* 本機が1955(S30)年当時、梅小路機関区に所属し東海道本線で活躍していた頃、僚機にはC62-3・4・6・16・18・2731・32・34・40・43・44号機も所属

していた。同機関区にはD51型機9両・8620型機12両・C50型機11両・C59型機13両も配属されていた。その後各機は各地に転配属された。本機以外ではC62

-3号機
北海道札幌市JR苗穂工場で静態保存されている。

* 本機が1967(S42)当時、糸崎機関区に所属し呉線で活躍していた頃、同機関区には13両ものC62型が集結していた。本機以外ではC62-5・15・16・18・23

・25・34・37・41・46・47・48であったが、その後DL化に伴い各地に転配属され次第に廃車・解体の道をたどり、保存されたのは本機のみである。また、本機は

1954(S29)12/15の東海道本線木曽川橋梁上で出した、狭軌道の蒸気機関車としては世界最高速の129Kmを出したことでも知られている機関車である。









C62-26号機(D52-46号機より改造) 場所 大阪市港区 交通科学博物館(現・京都鉄道博物館)

車暦 1948川崎車輌 1948広島第二~1950名古屋~1955宮原~1956梅小路~1958下関~1964広島~1965糸崎~1966廃車  保存開始?

状態 塗装は良好 外装諸装備・運転室内諸計器類完備 室内良好 足回りもきれいに整備され、旧京都駅プラットホームに良好な状態で保存されている。                                                                             撮影日2007/08/19・2009/11/14

* 刻印を撮影しましたが、両プラットホームに挟まれている事と刻印が浅い為摩耗が激しく、確認できた刻印は意外と少なかったです。左心向棒や加減リ

ンク下部の刻印は明らかに下に元印があるのですが判読できませんでした。右第二先輪は明らかに
C59・・の刻印がありますが、読み切れませんでした。

それ以外は確認できた範囲では本機の刻印でした。                                   2010/10/30

* 本機はその後交通科学博物館閉鎖に伴い、京都鉄道博物館の移動し静態保存されているが、ロッド等はかなり研磨され刻印の確認が出来ない状態であ

り、京都鉄道博物館の手直しに疑問を感じる。  2017/12/21

* 本機が1955(S30)年当時、宮原機関区(現宮原総合運転所)に所属し東海道本線で活躍していた頃、僚機にはC62-1・2・25・29・30・35・36・41・42号機

も所属していた。同機関区には9600型機4両・C11型機5両・C59型機18両も配属されていた。その後各機は各地に転配属された。本機以外ではC62-1号機

京都鉄道博物館で静態保存、2号機が同じく動態保存されている。

* 本機は1966(S41)年に糸崎機関区で、C62型機としては早い廃車処分をされた。その後糸崎機関区ではC62-15・16・17・25・41・46号機などが1967年度

末まで活躍した。しかし、DL/電化により各機廃車・解体の経過をたどった。

* 同館の展示室壁面には、解体された各機のプレート139枚が展示されている。近くの西区に所在する共永興業。本社展示室にはC57-148号機と、これ

また解体された各機のプレート293枚が展示されている。また京都鉄道博物館にも37枚のプレートが展示されている。これらをSLデータ(D)として資料化して

いるので参考にしていただければ幸いです。


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