C61型蒸気機関車 1947~1949の間に33両製造 全国に4両保存されています。

主要諸元

 全長 21.47m 全高 3.98m 総重量 127.9t 水槽 17㎥ 石炭庫 10.t 先・従輪径 860mm 動輪径 1750mm 最大出力 1.777ps 

 最高速度 110km/h

 製造所 日本車両名古屋工場・三菱重工業三原工場




C61-2号機(D51-1109号機より改造) 場所 京都府京都市下京区 京都鉄道博物館

車暦 1948三菱重工 1948仙台~1966青森~1971鹿児島~宮崎~1972梅小路~1978廃車 1987車籍復活~動態保存

状態 塗装は普通 清缶剤挿入装置欠 他の外装諸装備良好 室内良好 常時整備され扇形展示場の定位置に、良好な状態で保存されているが、SLスチーム号

    として活躍する時もある。また、引込み線上に常駐する事が多い。保存状態は良好である 撮影日2007/05/18・10/24・2008/03/22・06/132010/01/30

                                             * 刻印は確認できた範囲では本機の刻印番号でした。2010/01/30

                
            後進~前進                   転車台                    転車台~待機線 2010/01/30撮影

* 本機が1955(S30)年当時、仙台機関区に所属し東北本線で活躍していた頃、僚機にはC61-3・4・5・6・8・9・10・11・15・20・21・24・25・26号機も所属

していた。同機関区にはC11型機16両・C57型機5両・C58型機7両・C60型機10両も配属されていた。その後各機は各地に転配属された。本機以外ではC61-

20号機
群馬県伊勢崎市、(その後SLみなかみ号として動態運転)C11-217・218・351号機、C57-44号機、C58-19・342・363号機が各地で

静態保存されている。


* 本機が1971(S46年)当初、青森機関区に所属し東北本線・奥羽本線で各急行列車を牽引し活躍していた頃、僚機にはC61-18・19・20・24・28号機も所属し

ていた。同機関区には9600型機15両も所属していたが構内入れ替え業務に従事していた。また、D51型機19両も配属されていたが休車扱いが多くなっていた。そ

の後DL化に伴い、C61型機は鹿児島・宮崎機関区に転配属し、さらに廃車・解体の経過をたどった。廃車後61-18号機解体後先頭部のみ福岡県直方市で、

19号機は鹿児島県霧島市で、また、9667・D51-1・113・232・296・688・762・1108号機も各地で静態保存されている。









C61-18号機(D51-874号機より改造) 場所  福岡県直方市頓野 「汽車倶楽部」

車暦 1949三菱重工 1949尾久~1954白河~1958青森~1971宮崎~1975廃車 ・1978解体 先頭部のみ個人保存後、汽車倶楽部へ

状態 塗装は普通 前輪軸には油が塗布されている。

* 本機が1955(S30)年当時、白河機関区に所属し東北本線で活躍していた頃、僚機にはC61-1・7・16・17・19・22・2327・28・29・30号機も所属していた。

同機関区にはC12型機3両・C57型機1両・D51型機9両も配属されていた。その後各機は各地に転配属された。本機以外ではC61-19号機が鹿児島県霧島市

で、またD51-75・113・194・451号機が各地で静態保存されている。


* 本機が1971(S46)年当時、宮崎機関区に所属し日豊線で活躍していた頃、僚機にはC61-19・20・28号機も所属しており、1973年に廃車後C61-19号機

は鹿児島県霧島市で静態保存されている。20号機は現在静態保存から「SLみなかみ」号として動態運転している。

* 本機の第三動輪福岡県JR博多駅前の出来町公園に保存展示されている。








C61-19号機(D51-1027号機より改造) 場所 鹿児島県霧島市国分小川 城山遊園地内

車暦 1949三菱重工 1949尾久~1954白河~1958盛岡~仙台~1966青森~1971宮崎~1973廃車 1978保存開始

状態 塗装は厚塗りでカラフル 煙室扉ハンドル欠 プレートはレプリカ? 他の外装諸装備良好 運転室窓ガラス欠 室内速度計欠 他の計器類は外形のみ 

屋外に保存されているが保存状態は普通である。                                     撮影日2007/09/05・2010/04/24

* 本機であろうと思われる刻印は2か所のみに存在しました。 撮影日 2011/04/28

* 本機が1955(S30)年当時、白河機関区に所属し東北本線で活躍していた頃、僚機にはC61-1・7・16・17・18・22・2327・28・29・30号機も所属していた。

同機関区にはC12型機3両・C57型機1両・D51型機9両も配属されていた。その後各機は各地に転配属された。本機以外ではC61-18号機が先頭部のみ福岡

県直方市
で、またD51-75・113・194・451号機が各地で静態保存されている。


* 1971(S46)年当時、本機が宮崎機関区に所属し日豊本線で活躍していた頃、僚機としC61-18・20・28号機も所属しており、1973年に廃車後C61-20号

は遠く離れた群馬県伊勢崎市で静態保存されていたが、現在は「SLみなかみ号」として動態運転しているる。








C61-20号機(D51-1094号機より改造) 場所 群馬県伊勢崎市華蔵寺公園内 現在(JR高崎駅構内)

車暦 1949三菱重工 1949青森~1955仙台~1966青森~1971宮崎~1973廃車 保存開始? 高崎市JR高崎機関区に配属され「SLみなかみ」号

状態 塗装は良好 外装諸装備・運転室内諸計器類完備 室内良好 屋外保存であるが定期的に整備され、メイン・サイドロッド・主軸等に油が注がれており、良好

    な状態で保存されている。                 撮影日2007/10/19

* 2011/6 本機は復元整備され上越線で運転再開されました。

* 9/23に重連運転があるとの事で水上駅へ出かけました。D51-498号機と共に走行してきたC61-20号機は華蔵寺公園時代とは一新し、塗装も新し

く動輪やロッド類も磨き出されておりその変貌に目を奪われました。しかし、汽笛や安全弁はそのままの状態でした。確認できた刻印は本機の番号でしたが、

左心向棒のC6120の刻印は他の部位のそれとは字体が異なり、2の下に7が読み取れます。想像ですが本来は
C617だった可能性があります。C61-7

号機
は1958年以降本機と同じく青森機関区に配属され1968年に廃車になっており、その間か廃車後に転用された可能性はあります。往復ともD51-498

号機が先頭でありせっかくの重連走行なので、本機が先頭を走る姿を撮影できることを期待したいですね。         撮影日 2011/09/23


C61-20号機単機
       

        転車台へ行進                       待機線へ後進                     炭水補給所へ前進

                                              D51-498・C61-20重連
             

        待機線へ                          ホームへ                         水上駅出発 2011/09/23撮影



* 本機が1955(S30)年当時、仙台機関区に所属し東北本線で活躍していた頃、僚機にはC61-3・4・5・6・8・9・10・11・15・20・21・24・25・26号機も所属

していた。同機関区にはC11型機16両・C57型機5両・C58型機7両・C60型機10両も配属されていた。その後各機は各地に転配属された。本機以外ではC61-

2号機が京都鉄道博物館、C11-217・218・351号機、C57-44号機、C58-19・342・363号機
が各地で静態保存されている。


* 本機が1971(S46)年当時、宮崎機関区に所属し日豊線で活躍していた頃、僚機としてC61-18・19・28号機も所属していた。4機とも青森機関区からの転属

であった。遠い青森の地から宮崎に、本機は1973に廃車後当地に静態保存された。18号機は解体されたが先頭部は福岡県直方市頓野で、19号機は鹿児島

県霧島市
で静態保存されている。本機が由縁の無い当地に何故保存となったかその経緯は不詳であるが、流転の旅も安住の地を得てきれいな形で保存されている。

かつて青森機関区で僚機であったC61-2号機は京都鉄道博物館でSLスチーム号として現役で走行しているが、本機も走行可能なくらいに整備されている幸運機で

ある。

      
                                            
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