D51型蒸気機関車 502号機〜592号機の13両を紹介します。

D51-502号機  場所 東京都葛飾区西亀有1丁目 上千葉砂浜公園


車暦 1941鉄道省鷹取工場  1941奈良〜広島〜1947小郡〜1957新鶴見〜1957新津〜1967酒田〜1972廃車・保存開始

状態 塗装は退色し各所に錆び・剥離進行 外装諸装備・運転室は透明プラスチック板で遮断 室内諸計器類完備(上部に

  5圧力計を配置)制動・操作・電気系統機器良好  室内良好 透明プラスチック板遮断 屋外に屋根付きで保存されてい

  るが保存状態は普通である。テンダー部の剥離が激しい。   撮影日2008/5/12

 再訪してみました。きれいに再塗装されておりテンダー後部の剥落箇所も修復されておりました。カーボンブラックの
 塗装であり、往時の状態に近いと思われます。塗装が繰り返されているので確認できた刻印は不鮮明なものを含めて
 六箇所でした。                                            撮影日 2011/11/21

* 本機が1955(S30)年当時、小郡機関区に所属し山陽本線等で活躍していた頃、僚機にはD51−226・341・374・467

 502・540・590・643・666・677・714・716・717・721・780・788・803・809・830号機も所属していた。同機関区には

 8620型機5両・D52型機17両も配属されていた。その後各機は各地に転配属された。本機以外ではD51−714号機が鹿児

 島県鹿児島市で静態保存されている。

* 本機が1965(S40)年当時、新津機関区に所属し信越本線・羽越本線・磐越西線で活躍していた頃、僚機にはD51−135・

 301・331・512・513・611・722・723・784・846・939・611・722・723・784・846・939・1030・1031・1046・1049

 1060・1065・1107号機も所属していた。同機関区には8620型機3両、9620型機2両、C11型機2両、C57型機15両も配属

 されており、信越・羽越・磐越の3線の拠点機関区として賑わっていたが、その後のDL化により各機は各地に転配属された。D51

 512号機が新潟県新発田市、513号機が東京都板橋区で静態保存されている。

* 本機が1971(S46)年当時、酒田機関区に所属し羽越本線で活躍していた頃、僚機にはD51−28・29・36・63・74・88・

 101・104・142・180・260・270・292・324・396・431・513・546・547・648・681・724766・767・852・853・907・

 932・1002・1046・1065・1099・1110・1133号機も所属し、東北日本海側最大35両ののD51型機終結機関区となって

 いた。また、9600型機5両も配属されていた。しかし、DL化に伴い各機はさらに転配属廃車・解体の経過をたどった。廃車後本機

 以外ではD51−101号機が静岡県島田市、260号機が富山県滑川市、270号機が秋田県横手市、513号機が東京都板橋区、

 724号機が群馬県渋川市、853号機が東京都北区でそれぞれ静態保存されている。D51−324号機は千葉県習志野市で静態

 保存されていたが、2001/12に残念ながら解体された。









D51-512号機  場所 新潟県新発田市諏訪町1丁目 東公園内

車暦 1941鉄道省大宮工場 1940新津〜1972長岡 廃車 1973保存開始

状態 塗装は普通 前後ライトガラス欠 他の外装諸装備良好 運転室窓枠・ガラス欠 室内諸計器類の針、文字盤欠、両水面

 計欠、制動弁欠 操作・電気系統機器は良好 室内はやや荒廃状態 最近の整備は見られず、屋外に屋根付きで保存されて

 いるが保存状態は普通である。                                    撮影日2007/9/16

* 再訪してみました。保存状況は変わっていないようです。             撮影日2008/8/8

* 唯一、右ソケットに微かながら刻印が残っていました。 撮影日 2011/11/2

* 1956年に長野デフを取り付けたらしいが確認ができていない。 * 1966年にテンダーに重油タンク装置装着 

* 本機が1955(S30)年当時、新津機関区に所属し信越本線・羽越本線・磐越西線で活躍していた頃、僚機にはD51−135

 331・513・722・723・784・1030・1031・1045・1046・1049・1060・1065号機も所属していた。同機関区には8620

 型機2両・9600型機3両・C51型機9両・C57型機5両も配属されていた。その後各機は各地に転配属された。本機以外では

 D51−513号機が東京都板橋区で、C57−1・186号機が各地で静態保存されている。

* 本機が1965(S40)年当時、新津機関区に所属し信越本線・羽越本線・磐越西線で活躍していた頃、僚機にはD51−135・

 301・331・502・513・611・722・723・784・846・939・611・722・723・784・846・939・1030・1031・1046・1049

 1060・1065・1107号機も所属していた。同機関区には8620型機3両、9620型機2両、C11型機2両、C57型機15両も配属

 されており、信越・羽越・磐越の3線の拠点機関区として賑わっていたが、その後のDL化により各機は各地に転配属された。D51

 502号機が東京都葛飾区、513号機が東京都板橋区で静態保存されている。

* 本機が1971(S46)年当時、新津機関区に所属し羽越本線・白新線で活躍していた頃、僚機にはD51−163・443・513・

 611・810・1001・1031号機も所属していた。また、同機関区にはC57型機14両、赤谷線担当のC11−245・269号機も配

 属されていた。1969年にはD51型機は16両配属されており、同機関区もDL化の波は間近にせまっていた。その後各機は転配

 属、廃車・解体の経過をたどった。D51−513号機は東京都板橋区、1001号機は長野県千曲市、C11−245号機は神奈川県

 藤沢市で静態保存されている。









D51-513号機  場所 東京都板橋区坂下2丁目 城北交通公園内

車暦 1941鉄道省大宮工場 1940直江津〜1947新津〜1968酒田〜1972 廃車・保存開始

状態 塗装は退色し各所に錆び・腐食進行 汽笛・安全弁・車輪も黒塗り状態 外装諸装備完備 運転室窓枠・ガラス欠 

  室内は両水面計は完備 他の諸計器類(上部5圧力計配置)は装着するも外形のみで、文字盤・針・ガラス欠 室内は

  荒廃気味 屋外に屋根付きで保存されているが、最近の整備は見られず、メイン・サイドロッド等の足回りにも錆が浮き

  始めており、保存状態は荒廃気味である。                      撮影日2008/5/14

* 再訪してみました。荒廃の一途をたどっており交通公園の保存機としてはワースト1であり、早急の整備が望まれる
 状態である。塗装が剥げ落ちた(故意か)箇所には刻印が現れていました。左クロスヘッドソケットには
D51554
 元印があります。
D51-554号機は1968年に大館機関区で廃車になっています。廃車後か本機が酒田機関区に
 所属している間に転用されたのでしょうか。                             撮影日 2011/9/27
 

* 本機が1955(S30)年当時、新津機関区に所属し信越本線・羽越本線・磐越西線で活躍していた頃、僚機にはD51−135

 331・513・722・723・784・1030・1031・1045・1046・1049・1060・1065号機も所属していた。同機関区には8620

 型機2両・9600型機3両・C51型機9両・C57型機5両も配属されていた。その後各機は各地に転配属された。本機以外では

 D51−512号機が新潟県新発田市で、C57−1・186号機が各地で静態保存されている。

* 本機が1965(S40)年当時、新津機関区に所属し信越本線・羽越本線・磐越西線で活躍していた頃、僚機にはD51−135・

 301・331・502・512・611・722・723・784・846・939・611・722・723・784・846・939・1030・1031・1046・1049

 1060・1065・1107号機も所属していた。同機関区には8620型機3両、9620型機2両、C11型機2両、C57型機15両も配属

 されており、信越・羽越・磐越の3線の拠点機関区として賑わっていたが、その後のDL化により各機は各地に転配属された。D51

 502号機が東京都葛飾区、512号機が新潟県新発田市で静態保存されている。

* 本機が1971(S46)年当時、新津機関区に所属し羽越本線・白新線で活躍していた頃、僚機にはD51−163・443・512・

 611・810・1001・1031号機も所属していた。また、同機関区にはC57型機14両、赤谷線担当のC11−245・269号機も配

 属されていた。1969年にはD51型機は16両配属されており、同機関区もDL化の波は間近にせまっていた。その後各機は転

 配属、廃車・解体の経過をたどった。D51−512号機は新潟県新発田市、1001号機は長野県千曲市、C11−245号機は神

 奈川県藤沢市で静態保存されている。









D51-515号機  場所 茨城県水戸市千波町 千波湖畔公園内

車暦 1941鉄道省大宮工場・・?・・1947水戸〜1956大宮〜1967八王子〜1970新鶴見 廃車 1971保存開始

状態 塗装は普通 外装諸装備完備 運転室内は空気・ブレーキ圧力計欠 他の諸計器類は完備 制動・操作・電気系統

  機器も良好  足回りも整備されている。屋外保存であり保存状態は普通である。 撮影日2007/10/22・2008/9/14

* 再再訪しました。塗装整備のために足場が組まれていました。右クロスヘッド・ソケットにはD51451の刻印がありま
 した。
D51-451号機は1970年に新鶴見機関区で廃車後、東京都昭島市で静態保存されています。同機が1960年
 に大宮機関区に配属後か廃車後本機に転用されたのでしょう。           撮影日 2011/9/25

* 本機が1955(S30)年当時、水戸機関区に所属し常磐線等で活躍していた頃、僚機にはD51−72・74・94・165・363・

 402・411・447・594・629・640・641・648・651・742・786・806・807・873・896・898・913・915・1029・1041・

 1068・1085・1086・1090・1103・1104・1118・1149号機も所属しており、敦賀機関区に次ぐD51型機保有台数であり、

 同機関区にはC57型機8両も配属されていた。その後各機は各地に転配属された。本機以外ではD51−165号機が富山県

 南砺市、1085号機が和歌山県有田郡有田川町、1149号機が滋賀県犬上郡多賀町で静態保存されている。

* 本機が1969(S44)年当時、八王子機関区に所属し八高線で活躍していた頃、僚機にはD51−141・207・631・646・670

 676号機も所属していた。またC58型機3両も配属されていた。しかし、DL化・電化は直前に迫っており、その後各機は転配属、

 廃車・解体の経過をたどった。廃車後、本機以外ではC58-212号機が福井県敦賀市で静態保存されている。

* 本機は1970/10/4に八高線、八王子〜高麗川間の「さよなら列車(八高号)」を牽引し、引退の華を飾った幸運機でもある。









D51-516号機  場所 神奈川県横浜市中区本牧 本牧市民公園内

車暦 1941鉄道省大宮工場 1941新鶴見〜1944大宮〜1963尾久〜1968新鶴見〜1970廃車・保存開始

状態 塗装は良好 外装諸装備完備 運転室内諸計器類は装着している。、上部圧力計は文字盤を残し針・ガラス全て欠

  速度計・空気・ブレーキ圧力計は外形のみ、両水面計は外側ガラスを欠くが一応装着 制動・操作・電気系統機器は良

  好 足回りはきれいに整備されており、屋外保存であるが、保存状態は良好である。   撮影日2008/5/12

* 再訪しました。刻印は随所に残っており全ての動輪の刻印も確認できました。左右の先輪にはD51900の刻印があり
 ました。
D51-900号機は1973年に鷲別機関区で廃車になっています。本機の方が先に廃車になっており、本機との
 接点も無く転用の経緯は不詳です。左尻棒案内には
D5277の刻印があります。D52-77号機は1949年に改造され
 C62-21号機
となりましたが1961年の常磐線東海駅での脱線横転大破により1962年に尾久機関区で廃車になりま
 した。その後転用されたのでしょう。旧番が残る珍しい例です。 左心向棒には
D51551の元印があります。
 
D51-551号機は1968年に大宮機関区で廃車になっており、廃車後転用されたのでしょう。左右のソケット・右心向棒・
 右合併テコ(おそらく左も)には
D51558の刻印があります。D51-558号機は1974年に長門機関区で廃車になって
 いますが1969年まで新鶴見機関区に所属していましたのでこの間に転用されたのでしょう。撮影日 2011/02/26

* 本機が1955(S30)年当時、大宮機関区に所属し東北本線・高崎線等で活躍していた頃、僚機にはD51−140・472・532

 647・703・914・1040・1053・1059・1119号機も所属していた。同機関区には9600型機12両・C50型機3両・D50型機

 4両も配属されていた。その後各機は各地に転配属された。本機以外ではD51−140号機が埼玉県熊谷市、1119号機が

 神奈川県厚木市で静態保存されている。

* 本機が1969(S44)年当時、大宮機関区に所属していた頃、僚機にはD51−90・140・408・786・843・911号機も所属し

 ていた。また、9600型機ー9684・9687・29669・29680・29683・29697・49613・59669・59674・69636・69670・

 79658・79665の各機も配属されていた。しかし、大宮機関区内は既にDL化・電化が進んでおり、僅かに川越線と近隣主要駅

 構内の入れ替え業務を担当するぐらいで、機関区内に駐機することが多かった。その後各機は廃車・解体の経過をたどった。廃車

 後、D51−140号機は埼玉県熊谷市、408号機は神奈川県川崎市多摩区、9687号機は埼玉県川口市で静態保存されている。









D51-522号機  場所 石川県金沢市北塚町 西部緑地公園内

車暦 1940鉄道省浜松工場・・名古屋局・・1946金沢〜1962高山〜1971中津川〜1973 廃車・保存開始

状態 塗装は退色し各所に錆び・腐食進行 ヘッドライト球・ガラス欠 他の外装諸装備良好 運転室窓枠・ガラス欠 室内缶

  圧力計・両水面計欠 他の計器類は装着するが針・ガラス欠 屋外に屋根付きで保存されているが最近の整備は見られ

  ず、上部には粉塵が堆積し、保存状態は荒廃状態である。                       撮影日2007/9/11

* 再訪してみますと再塗装されとても美しくなっておりました。赤プレートは全て取り替えられ黒の模造プレートになって
 いました。前後のライトも整備され、また荒廃していた運転室内はかなり復元されており、各計器類・バルブ・レバーも磨
 かれ、暖房用圧力計と両水面計は完全に復元されていました。制動・操作系統機器は可動可能な状態に整備されてい
 ました。本機の復元整備を記念したポスターが掲示されており、見違えるようになっていました。  撮影日 2009/5/2

* 左(公式)サイドは見学プラットがあるために車輪やロッドの撮影は難しい状態ですが、刻印の存在する個所は塗装が
 剥がされ磨きだされています。右サイドは全面的に磨き出されて光っており、角度によっては撮影がこれまた難しい状況
 です。右クロスヘッドの上蓋部には
D51423または723と判読できる元印があります。D51-423号機は当初から北海
 道に配属され1974年に岩見沢第一機関区で廃車になっています。
D51-723号機は1972年に新見機関区で廃車に
 なっています。しかし両機とも本機との接点が無く転用の経緯は不詳です。また右スベリ棒後端部には明確に
D51623
 の刻印があります。
D51-623号機は1971年に亀山機関区で廃車ですが、1964年から長野機関区に配属されていま
 すのでこの間に転用されたのでしょうか。                      撮影日 2010/11/23

* 中津川機関区時代は長野集煙装置を装着していた。

* 本機が1955(S30)年当時、金沢機関区に所属し北陸本線等で活躍していた頃、僚機にはD51−89・169・212・352・

 528・739・823・876・1016号機も所属していた。同機関区には8620型機5両・C57型機22両・d50型機2両も配属され

 ていた。その後各機は各地に転配属された。本機以外ではD51−89号機が愛知県豊橋市で、823号機が愛知県稲沢市で

 C57−5・46・76・95号機がそれぞれ各地で静態保存されている。

* 本機が1973(S48)年当時、中津川機関区に所属していた頃僚機には、D51−101・155・192・201・209・238・245・

 348・522・549・688・698・792・827・893号機も所属していた。1973年度末ですべて廃車となったが、D51-101号機

 は静岡県島田市、155号機は長野県塩尻市、201号機は愛知県蒲郡市、209号機は長野県伊那市、238号機は長野県木

 祖村、245号機は長野県埴科郡坂城町、522号機は石川県金沢市、549号機は長野県長野市、688号機は愛知県岡崎市、

 792号機は愛知県春日部市でそれぞれ静態保存されている。D51−192号機は三重県桑名市長島町に静態保存されてい

 たが、1984年に残念ながら解体されてしまった。別記のD51-200・402・777・849号機も含め中津川機関区に所属した蒸

 気機関車の静態保存率は高い。









D51-541号機  場所 宮崎県日向市本町 本町児童公園内

車暦 1940鉄道省小倉工場 1940鳥栖〜1945出水〜1970南延岡〜1974廃車 1977保存開始

状態 塗装は普通だがカラフル・各所に錆び ヘッドライトガラス・後部ライト欠 他の外装諸装備良好 運転室内諸計器類は

  シリンダー圧力計欠 他の計器類は装着するも針欠 両水面計欠 制動・操作系統機器も一部欠 室内は荒廃状態 屋

  外保存であるが足回りは整備されている。全体的な保存状態は普通である。 撮影日2007/9/6

* 再訪してみました。やはり屋外保存のため塗装の劣化や汚濁滴が目立つようになっていました。 撮影日 2010/04/24

* 分厚い塗装のために確認できた刻印は皆無でした。錆と腐食が進行しています。 撮影日 2011/04/28

* 本機が1955(S30)年当時、出水機関区に所属し鹿児島本線で活躍していた頃、僚機にはD51−235・536・542・589・

 602号機も所属していた。同機関区にはD50型機8両も配属されていた。その後各機は各地に転配属された。

* 本機が1973(S48)年当時、南延岡機関区に所属し日豊本線で活躍していた頃、僚機にはD51−9・12・46・176・361・

 456・482・485・505・567・714・871・923・1032・1036・1095・1122・1151号機も所属していた。また8620型機2両

 C12型機2両も配属されていた。しかし、DL化に伴い1973年以降、各機はさらに転配属、廃車・解体の経過をたどった。廃車後

 D51−176号機は大分県日田市、485号機は宮崎県延岡市、714号機は鹿児島県鹿児島市、923号機は福岡県久留米市、

 1032号機は大分県湯布院市、78626号機は福岡県遠賀郡遠賀町にと、それぞれ由縁のある九州各地に静態保存されている









D51-549号機  場所 長野県長野市西後町 後町小学校内

車暦 1940鉄道省長野工場 1940長野〜1941長岡〜1944新津〜広島〜1950吹田〜1954中津川〜1973廃車・保存開始

状態 塗装は普通 清缶剤挿入装置欠 他の外装諸装備良好 運転室は鉄格子で遮断 室内諸計器類は暖房用圧力計以外

 は完全に復元完備 制動・操作・電気系統機器も完備 屋外保存であるが足回りも整備されており、保存状態は良好である。 
                                                              撮影日2007/8/17

* 再訪してみました。木々が落葉し撮影し易い状態でした。再塗装されており機体はきれいになっていました。
                                                       撮影日 2009/12/05

* 何度も塗装されていますので各部位に刻印の痕跡はあるのですが、大半は判読不能で明確に読み取れたのは数か所
 でした。左リターンクランクに
D51207の刻印がありました。D51-207号機は1972年に長野機関区で廃車になってい
 ますので、廃車後転用されたのでしょうか。機体そのものはしっかりしているので動輪・ロッド等の塗装を落とし、磨き出さ
 れたら素晴らしいと思いました。                                      撮影日 2010/12/12

* 本機が1955(S30)年当時、中津川機関区に所属し中央本線(西)で活躍していた頃、僚機にはD51−4・5・121・122・

 125・171・200・265・267・279・389・792・827・851号機も所属していた。同機関区には明知線担当のC12型機5両も

 配属されていた。その後各機は各地に転配属された。本機以外ではD51−125号機が千葉県船橋市、200号機が京都市梅

 小路蒸気機関車館で動態保存、266号機が岐阜県中津川市、549号機が長野県長野市、792号機が愛知県春日井市、C12

 −74号機が岐阜県恵那市で静態保存されている。


* 1968年に国鉄長野工場で集煙装置装着。

* 本機は1970(S45)/2/22に篠ノ井線・長野〜塩尻間の「お別れ列車(急行・ちくま2号)」、を僚機のD51−824号機と

 重連で牽引という栄誉を果たした幸運な機である。僚機である824号機も諏訪市の諏訪湖湖畔で静態保存されている。

* 本機が1973(S48)当時、中津川機関区に所属していた頃僚機には、D51−155・192・201・209・238・245・522・

 688・792の各機も所属していた。1973年度末ですべて廃車となったが、155号機は長野県塩尻市、201号機は愛知県

 蒲郡市、209号機は長野県伊那市、238号機は長野県木祖村、245号機は長野県埴科郡坂城町、522号機は石川県金沢

 市、549号機は長野県長野市、688号機は愛知県岡崎市、792号機は愛知県春日部市でそれぞれ静態保存されている。

 D51−192号機は三重県桑名市長島町に静態保存されていたが、1984年に残念ながら解体されてしまった。別記のD51−

 101・200・402・777・849号機も含め中津川機関区に所属した蒸気機関車の静態保存率は高い。
 

* 本機は1973(S48)年7/9に中央西線、中津川〜木曽福島間の「さよなら列車」を僚機のD51−827号機と再度牽引した後、
 
 廃車となり、その後当地に静態保存された。この時の僚機であったD51−827号機のその後は不詳である。

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