C57型蒸気機関車 1937~1946の間に201両製造 全国に31両保存 全機を紹介します。

主要諸元

 全長 20.28m 全高 3.94m 総重量 115.5t 水槽 12? 石炭庫 17.t 先・従輪径 860mm 動輪径 1750mm  最大出力 1.290ps 

 最高速度 110km/h

 製造所 川崎重工兵庫工場・汽車製造大阪工場・日立製作所笠戸工場・三菱重工業神戸造船所




C57-110号機  場所 和歌山県橋本市原田 橋本運動公園内

車暦 1939三菱重工神戸造船所・・?・・1941糸崎~1945岡山~1949平~1954宇都宮~1961伊勢~1964亀山~1973廃車 1975保存開始

状態 塗装は普通だが各所に錆が浮き始めている。 後部ライト球・ガラス欠 他の外装諸装備良好 汽笛が横向きになっている。運転室内金網で遮断 

    両水面計欠 他の計器は装備するものの文字盤・針欠 室内は全体的には整備されておらず、粉塵が堆積している。屋外に屋根付きで保存されて

    おり、、保存状態は普通である。                                            撮影日2007/8/282009/11/14

* 刻印は各所にありますが、動輪・ロッド等も錆びに覆われ非常に確認が難しく、肉眼では確認できるものの写真では今一つという状態です。右第一

・第二先輪には
C577の刻印があります。C57-7号機は1973年に紀伊田辺機関区で廃車になっており現在紀伊田辺市で静態保存されています。

1962~伊勢機関区・1964~亀山機関区と本機と同期に配属されていますので、この間に転用されたのでしょう。左第二動輪には
C5762の刻印

がありました。
C57-62号機は1969年に名古屋機関区で廃車になっています。1955年に白河機関区に配属されていますので、本機の宇都宮機

関区時代に転用された可能性はあります。左右の第三動輪には
C5735の元印があります。C57-35号機は1969年に新津機関区で廃車になって

います。1949年~千葉・1958~平機関区に配属されており、本機と隣接する機関区ですのでこの間に転用されたのでしょうか。不運な悲しい事故

の事故の経歴を持つ本機ですが、ロッドの錆びが物語るように最近は何ら整備されず現状に至っており、早急の整備が必要になっています。          
                                                                      撮影日 2011/1/22

* 本機が1972(S47)年当時、亀山機関区に所属し関西本線や参宮線草津線・信楽線で活躍していた頃、僚機にはC57-148・198号機も所属していた。C50

-75・109・154号機、C58-66・231・353号機も所属していた。1972以降順次廃車となったが、C57-148号機が大阪市西区で静態保存されている。C50

-75・154・C58-66・231・353号機
も各地で静態保存されている。C57-198号機は千葉県君津市で静態保存されていたが、2003/6に残念ながら


解体
されてしまった。

* 本機は1973(S48)年9/30に参宮線、亀山~伊勢市間の「さよなら列車」を牽引した後廃車となり、当地に保存された。








C57-119号機  場所 和歌山県和歌山市岡山丁3 岡公園内

車暦 1939三菱重工神戸造船所 1939宮原~1945高崎第一~1946大宮~高崎一~白河~1952鹿児島~1956宇治山田~1959和歌山~1972廃車

    1973保存開始

状態 塗装は普通 外装諸装備・運転室内諸計器類完備 室内良好 定期的に整備され公開されている。屋外に屋根付きで保存されており、保存状態は

良好である。  *国鉄鷹取工場式集煙装置装着                                    撮影日 2007/08/28

* 再訪してみました。相変わらず綺麗に整備されています。しかし、残念なことは公式左サイドに防鳥ネット?が張ってあり、撮影フォーカスが難しい状

態です。本機の極めて希な特徴は運転席前方に拡張された出窓でしょうか。同様な造作は高松市のC58-12号機・福知山市のC58-56号機にもあり

ますが、12号機は単にせり出しており、56号機はブレーキ圧力計が取り付けられています。まだ本機の運転室内の撮影をしておりませんので明言は避

けますが、その作り出しも大きく外部にウィンドワイパーも取り付けられており、内部にも何らかの計器があるのでは無いかと思われます。また全国に動・

静態保存されている31両のC57型機の中で、この作り出し出窓を持つのは本機だけです。そういう意味でも左サイドが完全に撮影できないのは残念で

す。特に必要性が無いのなら柵もありますし防鳥ネットの除去を願いたいと思います。

 左右の第一先輪には
C5721の元印があります。C57-21号機は1971年に鹿児島機関区で廃車になっていますが、本機も1952~1956年の間鹿

児島機関区に所属していましたので、その間に鹿児島工場で交換転用されたのでしょう。また左第二先輪には
C57155の元印があります。C57-155号

は1973年に宮崎機関区で廃車になっていますが、1945年~鳥栖機関区に配属されていますのでこの間に鹿児島工場で転用されたのでしょう。左クロ

スヘッドソケットには
C5753の刻印があります。C57-53号機は1972年に若松機関区で廃車になっています。1949~1960年にかけて鹿児島~門司

港~鹿児島機関区に所属しており、本機が鹿児島機関区に所属していた間に転用されたのでしょう。また、右クロスヘッドソケットには
C5756の刻印があ

ります。
C57-56号機は1971年に紀伊田辺機関区で廃車になり、現在は京都府木津川市で静態保存されています。1967年以降和歌山機関区に所属し

ており本機に転用されたのでしょう。さらに左右第一・第二サイドロッド軸座ツバには
C57197の刻印があります。C57-197号機は1970年に苗穂工場

で廃車になっていますが、本機との接点は無く転用の経緯は不詳です。
また、右滑り棒後端部にはC57??と刻印を潰した痕跡があります。それ以外は確

認できた範囲では本機の番号でした。                                                     撮影日 2011/01/22

*年に一度の公開日(毎年5月5日)に訪問しました。本機の据え付けから今日に至るまで点検・整備を続けてこられた

 保存会の「田中一郎」氏のご厚意で公開時間前に撮影させていただきました。若い方や小学生も清掃や準備作業をされ

 ておりました。機体は屋根があるとは言えども屋外保存であり、粉塵の堆積もあり維持管理が大変であったと思われます

 が、機体は磨かれており運転室内の諸計器類・操作系統機器・電気系統機器も完全に装着されておりました。屋外静態

 保存のC57型機としては最良の状態であると言えます。運転士席前の出窓ですが見やすい位置にブレーキ圧力計が取

 り付けられていました。福知山のC58-56号機と比較してより視認効果が高い状態でした。全国の他のC57型保存機に

 この作り出しは無く、いつどの工場で改造されたかは不明です。               撮影日 2011/05/05

* C57型保存機で集煙装置を装着しているのは、C57-1号機と本機のみであるが、C57-1号機は特注集煙装置であり、従来の集煙装置を装着しているのは

本機のみである。また重油タンクを装着しているのも本機のみである。
 
* 本機が1955(S30)年当時、鹿児島機関区に所属し鹿児島本線等で活躍していた頃、僚機にはC57-21・22・32・37・49・53・112・115・124・191号

機も所属していた。同機関区には8620型機2両・9600型機6両・C61型機6両も配属されていた。その後各機は各地に転配属された。本機以外では48696

号機・29657
号機が静態保存されている。

* 本機が1971(S46)年当時、和歌山機関区に所属し紀勢線・和歌山線で活躍していた頃、僚機にはC57-6・147号機も所属していた。また78675・C11

-279・324・C58-328・361号機も配属されていた。その後DL化に伴い各機は転配属、廃車・解体の経過をたどったが、78675号機は奈良県五條市、

C58-328号機
福島県田村郡三春町で静態保存されていたが、2009/3
突然解体されてしまった。その理由は明らかにされていない。








C57-128号機  場所  滋賀県大津市におの浜4丁目 大津市立科学館

車暦 1939三菱重工神戸造船所・・?・・1941糸崎~1946梅小路~1955福知山~1972豊岡 1973廃車・保存開始

状態 塗装は普通 清缶剤挿入装置欠 他の外装諸装備良好 運転室は透明プラ板で遮断 室内諸計器類完備 室内良好足回りも整備され屋外に屋根・

    プラットホーム付きで保存されており、保存状態は良好である。                           撮影日2007/08/16

* 本機の最大の貴重な部位は左右の第二先輪であります。17機しか製造されなかったC54型機は全機廃車後解体され保存される事はありません

でした。しかし、
C54-4号機の第二(第一の時期も)先輪は廃車後C55-20号機に転用され、その後本機に引き継がれています。両機とも廃車後解

体されており、これは貴重な生き証人であり部品交換変遷を物語る貴重な資料です。2004年に「やまてつ」さんがホームページで紹介されていますが、

その後左第二先輪の刻印は完全に抹消されてしまいました。専門の金属研磨機でなければできない仕業であり、まさか保存会がされたのならその意味

が理解できません。
C54-4号機C55-20号機の分も活躍した訳であり、両機には何の罪も無い筈なのですが、公共機関の静態保存機であるが故

にこの対応は大変疑問であり、科学館の措置ならばその責任を問いたいものです。「やまてつ」さんの資料と後述する私の右第二先輪の資料は事実を

明確に物語っております。今回もこれでまた右第二先輪も跡形なく研磨されるのでしょうか?科学館の対応は如何に?

* 再訪してみました。相変わらずきれいな状態でした。撮影日 2009/10/24・2010/07/10

* 各部位の刻印に関しては大半が本機の刻印でしたが、気になる刻印もありました。先輪ですが左第一先輪は薄くC57128の刻印が読み取れました

が右第一先輪はC57128の2の下に元の
の刻印が読み取れました。C57148号機のを転用したと考えられます。148号機は1972年に亀山機関区

で廃車になっています。両機とも関西圏で動いていますので、その間に鷹取工場で交換された可能性が高いです。大阪市西区の共栄興業本社に静態保

存されているC57-148号機の左第一先輪には逆に本機の先輪が転用されており、
互いの先輪交換という珍しい状態が改めて確認されました。次に左

第二先輪ですが、現在は
完全に研磨されており、刻印は読み取れません。しかし、2004/01/10の段階では「やまてつ」さんの資料が示す通り(最後の

資料写真参照)3段階の刻印が存在していました。その後何らかの理由により歴史的な変遷の証拠が意図的に消滅されたと判断されます。しかし、その

証明は右第二先輪に痕跡を残しています。右第二先輪には
C5520の刻印が明確に残り、次にR12C?44と読めますが、「やまてつ」さんの資料から

R2C544である事が推察されます。Rと2の間のはR1の期間があったのかもしれません。これで第二先輪は最初はC54-4号機、次にC55-20号機、

さらに本機へと受け継がれたことが証明されます。何故左第二先輪がその後意図的に研磨されたのか理由は解りませんが、これも蒸気機関車のメンテ

ナンスの証拠であり、研磨消却されないことを願うばかりです。次に左スベリ棒後端に
C5747の明確な刻印が存在します。47号機は1970年に米子機

関区で廃車となっております。廃車後に後藤工場で本機に転用された可能性があります。また、左右のクロスヘッドのソケットにC57128とありますが8が

大きく打ち直され、左のは8の下に
が読み取れます。C57121号機のを転用したのでしょうか121号機は1972年に亀山機関区で廃車になっています

が、やはり関西圏で動いていましたので同様に転用されたのでしょう。
以上がレポートです。2010/07/10

* 本機が1955(S30)年当時、本機が福知山機関区に所属し山陰本線で活躍していた頃、僚機にはC57-58・87・93・101・152号機も所属していた。同機関

区にはC10型機2両・C11型機3両・C51型機3両・C54型機7両・C55型機12両・D50型機2両・D51型機17両も配属されていた。福知山機関区は山陰地方の

入り口にある拠点機関区であり、機種も多種であった。その後各機は各地に転配属された。本機以外ではC11-1号機・D51-51・66・303・860号機が各地

で静態保存されている。C57-87号機は沖縄県今帰仁村で静態保存されていたが、2005/6に残念ながら
解体されてしまった。

* 1963(S39)年当時、福知山機関区で活躍していた頃の僚機、C57-11号機は兵庫県豊岡市で静態保存されている。

* 1969(S44)年になると、僚機はC57-41・87・152号機に交代所属していた。また、同機関区には舞鶴線を担当するC58-56・57・169号・C11-23・40

・174号機さらに14両のD51型機が配属されていた。その後各機は転配属・廃車・解体の道をたどったが、C11-40号機は京都府JR福知山駅で、C58-56

号機
は同じく、福知山市福知山鉄道館で静態保存されている。本機が由縁の薄い当地への保存経緯については不詳である。








C57-135号機  場所 埼玉県さいたま市大宮区大成町3 鉄道博物館

車暦 1940三菱重工神戸造船所 1940高崎~1952小樽築港~1968室蘭~1969岩見沢~1976廃車・保存開始

状態 塗装は良好 外装諸装備・運転室内諸計器類完備 室内良好 館内中央の転車台上に位置し、良好な状態でメイン展示されている。                                                                                                  撮影日2007/10/17

* 再訪してみました。今回は刻印等の細部の撮影をしました。連休中にも関わらず観客が少なくスムーズに撮影ができました。メインに置かれている

のは解りますが、運転室内の様子が全く見えないのは実に残念で、どこかでパネル展示でもあれば良いのですが・・   撮影日 2010/05/04

* 本機の各刻印はほぼ完全でしたが先輪は非常に珍しい状態でした。第一・第二輪ともC57-141号機のを転用していました。また、左右が入れ替わ

って転用されています。141号機は1969年に室蘭機関区で廃車、本機は1976年に岩見沢機関区で廃車、1968年当時両機は室蘭機関区に所属し

ていました。141号機の廃車後苗穂工場で転用されたのでしょう。141の刻印の上に135の打ち直し印がありますが、
両方の刻印がL第一先輪に認

められます。興味のある方は大宮鉄道博物館でご覧下さい。


* 本機が1955(S30)年当時、小樽築港機関区に所属し函館本線で活躍していた頃、僚機にはC57-3・57・64・91・104・118・141・142・149・177・200

・201号機も所属していた。同機関区には8620型機2両・9600型機10両・C12型機3両・C51型機5両・D51型機19両も配属されていた。その後各機は各地に

転配属された。本機以外ではC57-57号機が東京都世田谷区201号機が北海道旭川市で、また9633号機・C12-6・38・64号機・D51-483・94

3号機
が各地で静態保存されている。

* 本機が1964(S39)年当時になると、僚機はC57-3・44・50・57・64・91・104・118・138・142・149・177・193・194197・200・201号機に交代所属

していた。また同機関区には9600型機11両・C12型機3両・C62型機6両・D51型機13両も配属されていた。その後各機は道内各地に転配属された。本機以外

ではC12-6・38・64号機・C62-2・3号機・D51-70・345・483・943号機が各地でそれぞれ静態保存されている。

* 本機が1973(S48)年当時、岩見沢機関区に所属し函館本線・室蘭本線・幌内線・万字線などで活躍していた頃、僚機としてC57-38・44・57・104・144・

149号機も所属していた。1975以降順次廃車となり解体されたが、44号機は愛媛県西条市で、144号機は北海道岩見沢市で静態保存されている。

* 本機は1975(S50)12/14に行なわれた室蘭本線、室蘭~岩見沢間の「さよなら列車」の栄誉ある牽引を最後の仕事とした後、廃車となり、1976年に旧鉄

道博物館に静態保存され、現在の鉄道博物館に引き継がれている幸運な機である。

* 鉄道博物館には、廃車となり解体されたC56-7号機の動輪と、D51-426号機の前頭部が保存展示されている。なお、426号機の動輪は遠く離れた広島県

三次市の旧国鉄三次機関区跡地に保存展示されている。








C57-139号機  場所  名古屋市港区金城埠頭 「JR東海 リニア・鉄道館」

                          * 旧 名古屋市千草区内山町 JR東海研修センター

車暦 1941三菱重工神戸造船所 1941糸崎~1947名古屋~1971廃車 保存開始?

状態 塗装は普通 清缶剤挿入装置欠 他の外装諸装備良好 屋外に保存されており遠目には良好な状態に見える。(所長の方針で個人見学・写真立ち入

    りも不許可) 遠くのマンションから望遠レンズで撮影 申請したら見学ぐらいは良いのではないか、余りにも冷たい対応に疑問を感じた。                                                                                            撮影日2007/08/19

* JR東海の「リニア・鉄道館」がオープンしましたので、4年ぶりに本機に会いにでかけました。C6217号機と異なり普通展示場所でしたが、照明ラ

ンプの影響かの関係かハレーションを起こし合っているピントがズレてしまいましたので。ご承知ください。左公式サイドは動輪・ロッド類は磨き出されて

おり、塗装も再塗装され研修所時代と比べ物にならないほどの状態でした。運転室内の計器類・操作系統・電気系統の各機器も完全に復元磨き出され

ていました。各部位の刻印は動輪も含め本機の番号でしたが、唯一左結びリンクに
C51・・?の刻印がありました。右サイドはプラットホームに接してお

り、かつ強化ガラスで遮断されていますので撮影もできませんでした。唯一右逆転軸腕軸座が白い塗装のまま残されていました。博物館等での室内静

態保存であるので仕方ない事でしょうが、旧研修所時代の方が少なくとも風情があったように思われます。       撮影日2011/05/20


* 本機が1955(S30)年当時、名古屋機関区に所属し東海道本線・関西本線等で活躍していた頃、僚機にはC57-36・41・80号機も所属していた。同機関区

外ではC11-217・265号機、D51-201・777・947号機が各地で静態保存されている。

* 本機が1967(S42)年当時になると、僚機はC57-14・16・30・32・62・80・83・102号機に交代所属していた。その後各機は転配属、廃車・解体の経過

をたどった。本機以外ではC57-30号機が静岡県富士市で静態保存されている。

* 本機は1969(S44)9/30の関西本線、名古屋~亀山間の「さよならSL列車」の牽引をした。










C57-144号機  場所 北海道岩見沢市九条東2丁目 みなみ公園内


車暦 1940三菱重工神戸造船所 1940高崎~1952金沢~富山~1962室蘭~1968岩見沢~1976廃車・保存開始

状態 塗装は良好 外装諸装備完備 運転室内速度計欠 他の諸計器類完備 操作・電気系統機器は良好 室内良好 屋外に屋根・プラットホーム付きで保存

     されており、保存状態は良好である。 *前方にD51-47号機                              撮影日2007/07/14


* 再訪して見ました。相変わらず良好な状態で保存されていました。              撮影日2007/07/14・2009/08/10

* 機体はきれいに塗装されていますが分厚い塗装のために、確認できた刻印は僅かでした。前方の排雪板には本機の標識番号以外の元番号がある

のですが不鮮明で判読できませんでした。 撮影日 2011/07/22


* 本機が1955(S30)年当時、富山機関区に所属し北陸本線で活躍していた頃、僚機にはC57-23・30号機も所属していた同機関区には9600型機4両・C51

型機4両・D50型機7両・D51型機12両も配属されていた。その後各機は各地に転配属された。本機以外ではC57-30号機が静岡県富士市、また9628・19

648号機
D51-86・607号機が静態保存されている。

* 本機が1973(S48)年当時、岩見沢機関区に所属し函館本線・室蘭本線・幌内線・万字線などで活躍していた頃、僚機としてC57-38・44・57・104・135・

144・149号機も所属していた。1975以降順次廃車となり解体されたが、44号機は遠く離れた愛媛県西条市で、57号機は東京都世田谷区で、135号機は

埼玉県さいたま市鉄道博物館
で、本機は岩見沢機関区の所在した当地に保存されている。









C57-148号機  場所 大阪府大阪市西区九条南3 共永興業株式会社本社


車暦 1941三菱重工神戸造船所 1941宮原~1949梅小路~1955奈良~1962伊勢~1964亀山~1972廃車 保存開始?

状態 塗装は極上で細部にわたり磨き上げ 外装諸装備・運転室内諸計器類完備 タブレットもあり室内良好 社内の展示場に公開されているが、足回りもき

    れいに整備され良好な状態で保存されている。今にも走り出しそうであり、その美しさと後部の各機のプレートの多さに感動した。         
                                                                撮影日2007/11/09 再撮影日 2009/11/14

* 本年度から館内は見学のみで写真撮影は禁止となっていますので御留意ください。2011/04 現在は公開されていない。2018/03/21

* 全国の保存機の中で最も美しく原型に復元整備されているのが本機で、整備を目指す我々の見本と言えます。「共栄工業」は国鉄からの解体依頼を

受けて、廃車後の各機の解体をうけおっていた企業で、そのノウハウを生かし、本来は解体される本機を完全に復元されたそうです。なお同機の背後の

壁面には解体された各機のプレートが表示されてあります。

 各部位の刻印ですが先輪以外は確認した範囲内では本機のものでしたが、左コッターには他機の刻印があるようです。
左右とも第一先輪はC57128

の刻印が、第二先輪は
C57152の刻印が認められます。滋賀県大津市に静態保存されています。C57128号機の右第二先輪には逆に本機の先輪が

転用されている珍しいケースです。
C57152号機は1971年に福知山機関区で廃車となっています。C57-128号機は本機より後の1973年に豊岡機関区

で廃車となっておりますが、両機は梅小路~福知山機関区に在籍しており、いずれも鷹取工場で転用されたものでしょうか? 次に左右のクロスヘッドのソ

ケット・コッターも他機のを転用しているようです。左ソケットには
C5751・コッタ―にはC5711、右ソケットにはC57110もしくは11?と判読できます。

C57110号機は1964年には亀山機関区に本機とともに所属しており、この間に鷹取工場で交換転用されたのでしょうか。C5711号機は1972年に福

知山機関区で廃車になり、現在兵庫県豊岡市で静態保存されています。C5751号機は1938年に広島管区でしたがその後北海道に渡り1968年に室蘭

機関区で廃車となっていますので、転用の経緯は不詳と言えるでしょう。                                  2009/11/14


* 共永興業KK本社一階の展示場には、廃車となり解体されたD51-1013号機の動輪一式をはじめ、C11-188・C55-53・C56-156・C57-70・C58-

105・D60-34各機の動輪も保存展示されている他に、壁面には解体された数多くの機のプレートがある。
(C57-148号機の後方壁面に290機・293枚の

プレートが飾られている。プレートを残して解体された各機についてはC62型機の項目で後述する。)

* 本機が1955(S30)年当時、奈良機関区に所属し関西本線・奈良線で活躍していた頃、僚機にはC57-56・79・120・146・147号機も所属していた。同機関

区には8620型機3両・C11型機7両・C51型機9両・C58型機4両・D51型機8両も配属されていた。その後各機は各地に転配属された。本機以外ではC57-56

号機
京都府木津川市で、またC51-5号機・C58-51・212・354号機・D51-211・691号機が各地で静態保存されている。

* 本機が1972年(S47)年当時、亀山機関区に所属し関西本線や参宮線で活躍していた頃、僚機にはC57-110・198号機も所属していた。またC50-75・109

・154号機、C58-66・231・353号機も所属していた。1972以降順次廃車となったが、C57-110号機は和歌山県橋本市で静態保存されている。C50-75

・164・C58-66・231・353号機
も各地で静態保存されている。C57-198号機千葉県君津市で静態保存されていたが、2003/6に残念ながら
解体され

てしまった。









C57-151号機  場所 鹿児島県鹿児島市平川町 市立動物園内

車暦 1941三菱重工神戸造船所 1941下関~1944門司~1949熊本~1961鹿児島~1963熊本~1970吉松~1973廃車・1974保存開始

状態 塗装は良好 外装諸装備・運転室内諸計器類完備 室内良好 足回りも整備され屋外に屋根付きで保存されており、保存状態は良好である。
 
    *門鉄デフレクターK3型装着・1952国鉄小倉工場           撮影日 2008/07/11

* 再訪してみました。変わらない状態で保存されています。確認できた範囲で刻印は本機の番号でした。撮影日 2011/04/29


* 本機が1955(S30)年当時、熊本機関区に所属し鹿児島本線等で活躍していた頃、僚機にはC57-48・116・117・122・150・169・176・192・195・1

96・199号機も所属していた。同機関区にはC11型機8両・D51型機13両も配属されていた。その後各機は各地に転配属された。本機以外ではC11-190号

機・D51-176・272号機
が各地で静態保存されている。

* 本機が1965(S40)年当時、再び熊本機関区で活躍していた頃、同型機のC57-49号機も所属していた。

* 本機が1973(S48)年当時、吉松機関区に所属し吉都線で活躍していた頃、僚機にはC57ー124・154・182号機・C55-52・57号機も所属していた。吉松

機関区には肥薩線を担当するD51-453・536・589・606・1038号機、湯前線・山野線・宮之城線を担当するC56-91・111・135号機も所属していた。その

後各機は廃車・解体の道をたどった。C55-52号機・C56-111・135号機・D51-453号機が各地で静態保存されている。









C57-156号機  場所 島根県益田市あけぼの西町 西公園内

車暦 1942汽車製造・?・1945鳥栖~1956新潟~1964酒田~1968福知山~豊岡~1972浜田~1974廃車 1975保存開始

状態 塗装は退色し各所に汚濁雫・腐食進行 ヘッドライト・汽笛・前後プレート欠 他の外装諸装備装着 運転室内諸計器類損失多く室内は荒廃状態 屋外

    保存であり全体的には荒廃状態である。           撮影日2007/07/28

* 再訪してみました。機関車の周囲も手入れがされておらず、機本体も荒れるに任せている状態でした。このまま放置され、解体への道をたどるの

   でしょうか? 大変気になる本機です。                              撮影日 2007/07/28・2009/10/31

* 全体が再塗装されきれいな状態になっていました。後部のは便宜的なプレートでしたが前面には赤プレート(レプリカ?)が取り付けれれていました。

運転室内はやはり全ての計器類が失われたままの状態は残念でした。しかし、しばらくはきれいな状態を保つ事でしょう。分厚い塗装の為に明確な刻印

はありませんでした。                                                     撮影日 2011/06/12

* 本機が1955(S30)年当時、鳥栖機関区に所属し鹿児島本線・長崎本線で活躍していた頃、僚機にはD57-27・72・100111・153・154・155・157・158

・159・174・175号機も所属していた。同機関区には8620型機4両・9600型機5両・C11型機4両・C55型機4両・D50型機7両・D51型機18両も配属されてい

た。その後各機は各地に転配属された。本機以外ではC57-175号機が宮崎県宮崎市で、またD51-8・10・225号機が各地で静態保存されている。C57-

100号機
長崎市で保存されていたが2
017に解体された。

* 本機が1971(S46)年当時、豊岡機関区に所属し山陰本線で活躍していた頃、僚機にはC57-11・23・34・46・52・93・9495・113・137・189号機も所属

していた。その後DL化に伴い各機はさらに転配属、廃車・解体の経過をたどった。廃車後本機以外ではC57-11号機は兵庫県豊岡市、46号機は福島県福島市

95号機は長崎県諫早市189号機は京都府与謝郡与謝野町でそれぞれ静態保存されている。C57-93号機兵庫県朝来市で静態保存されていたが

1998/8に残念ながら
解体されてしまった。








C57-160号機  場所 奈良県生駒郡三郷町勢野西1 三郷小学校


車暦 1941三菱重工神戸造船所・?・1945宇都宮~1949千葉~1962新小岩~1969和歌山~1971紀伊田辺 廃車・保存開始

状態 塗装は普通 汽笛欠 他の外装諸装備良好 運転室内諸計器類完備 室内良好 屋外に屋根付きで保存されており、

  保存状態は普通である。                                            撮影日2007/11/9

* 再訪してみました。保存状態は良好な状態で運転室内や全体的には変わりませんが、レプリカの各プレートから木製のプレートに付け替えられてい

ました。分厚い塗装の為刻印が確認できた場所は僅か4箇所のみでした。保存維持の為に動輪やロッド等の分厚い塗装は止むを得ないのは当然であり、

車歴や保存に至る経緯から本機である事は事実なのですが、刻印が確認できない事は一抹の寂しさを感じます。動輪やロッド等の磨き出しは欲張りな

願いでしょうか。奈良県内の保存機で刻印が明確に確認できるのは天理市のD51-691号機のみです。        撮影日 2011/01/08

* 本機が1957(S32)年当時、千葉機関区に所属し内房線・外房線等で活躍していた頃、僚機にはC57-35・125・129・161164号機も所属していた。同機

関区には8620型機8両・C12型機2両・C58型機7両も配属されていた。その後各機は各地に転配属された。本機以外ではC58-217号機が千葉県旭市

静態保存されている。

* 本機が1971(S46)年当時紀伊田辺機関区に所属し紀勢本線で活躍していた頃、僚機にはC57-7・56・61号機も所属していた。また同機関区にはC58型

機10両・D51型機6両も配属されていた。その後DL化に伴い各機は転配属、廃車・解体の経過をたどった。廃車後、本機以外ではC57-7号機が和歌山県田

辺市
56号機が京都府木津川市で、またC58-231・D51-158・469・930号機も各地で静態保存されている。









C57-165号機  場所 島根県浜田市黒川町 東公園内

車暦 1943三菱重工神戸造船所・?・1945尾久~1949千葉~1954平~1963浜田~1973廃車・保存開始

状態 塗装は普通 汽笛欠 他の外装諸装備良好 運転室内諸計器類は装着しているが針を欠き文字盤のみ 操作・電気系統機器は良好 足回りも整備され

    屋外保存であるが、保存状態は普通である。                                              撮影日2007/07/28

* 再訪してみました。まさに再塗装直後できれいに整備されていました。足回りは分厚い塗装が繰り返されていますので刻印は残念ながら確認できませ

んでした。                                                                   撮影日 2009/10/31


* 本機が1955(S30)年当時、平機関区に所属し常磐線・磐越東線で活躍していた頃、僚機にはC57-25・28・38・54・63・127号機も所属していた。同機

関区には8620型機6両・9600型機6両・D50型機2両・D51型機17両・C62型機8両も配属されていた。その後各機は各地に転配属された。本機以外では86

30号機
京都鉄道博物館で動態保存されている。

* 本機が1971(S46)年当時、浜田機関区に所属し山陰本線で活躍していた頃、僚機にはC57-12・80・88・120号機も所属していた。また、山陰本線貨物

担当のD51型機13両と三江線を担当するC56型機4両も配属されていた。DL化に伴い各機はその後さらに転配属、廃車・解体の経過をたどった。本機以外では

C56-98・106・110・D51-187・917号機も各地で静態保存されている。








C57-175号機  場所 宮崎県宮崎市熊野 県総合運動公園内

車暦 1946三菱重工神戸造船所 1946鳥栖~1963早岐~1972鹿児島~1975廃車 1976保存開始

状態 塗装は普通 外装諸装備完備 運転室内は速度計・右ブレーキ圧力計は完備、他の計器類は外形のみ 操作系統機器電気系統機器は完備 屋外に

    屋根付きで保存されており、保存状態は普通である。*門鉄デフレクターK7型装着・1958国鉄小倉工場  撮影日 2007/09/06

* 再訪してみました。変わらない状態で保存されていました。                             撮影日 2010/04/24

* 本機が1971(S46)年当時、早岐機関区に所属し、長崎本線・佐世保線などで活躍していた頃、僚機にはC57-124・154155・158・174号機も所属し

ていた。また大村線担当のC11型機11両・8620型機7両・9600型機2両・D51型機5両も配属されていた。その後各機は転配属、廃車・解体の経過をたど

った。本機以外では48647・C11-254・257・259・260・D51-225号機も各地で静態保存されている。C57-158号機は福岡県北九州市で静

態保存されていたが、2005/5に残念ながら
解体されてしまった。

* 本機が1973(S48)年当時、鹿児島機関区に所属し日豊本線で活躍していた頃、僚機にはC57-39・72・127号機も所属していた。同機関区には枕崎線

を担当する48679・68649号機、構内作業をC12-287・C50-36が担当していた。すでに鹿児島本線はDD・EDによる牽引に交代していた時代である。

* 本機は1975(S50)3/23に行なわれた西鹿児島~宮崎間の「SLお別れ列車」を、僚機のやはり門鉄デフを装着した吉松機関区のC55-57号機と重連で

牽引するという栄誉を果たした後廃車となり、現地に静態保存された幸運機でもある。僚機であったC55-57号機のその後は不詳である。当日は九州最後のSL

運転日であり、九州から蒸気機関車の煙が消えた日である。









C57-180号機  場所 福島県耶麻郡西会津町野沢 JR野沢駅  追記 キ621号機

車暦 1946三菱重工三原工場 1946新潟~1963新津~1969廃車 新津第一小学校保存~1999車籍復活~JR東日本(新潟)

状態 塗装は良好 外装諸装備・運転室内諸計器類完備 室内良好 動態保存されており磐越西線を「SLばんえつ物語号」として新潟~会津若松間を期間限定

    で運転している。保存状態は良好である。                                   撮影日 20080/09/15


             
      野沢駅到着(上り)        野沢駅出発(上り)          野沢駅到着(下り)       野沢駅出発(下り)2008/09/15撮影  

* SL「ばんえつ」号を新潟駅・会津若松駅で撮影しました。運転士さんのご厚意で運転室内も撮影させて頂きました。できりだけ各部位を撮影しました

が、ほとんどが本機の刻印番号でしたが、左リターンクランクのC57180の1の下に
の元印がありました。これはC572の可能性が強いと思われます。

C57-2号機は1966年に新津機関区で廃車になっていますが、1953年~同機関区に所属しておりその間の転用が考えられます。また右第三動輪

にも元印があり、
C57170と思われます。C57-170号機は1972年に遠く早岐機関区で廃車ですが、1964米沢~新庄~会津若松に配属されてい

ますのでその間の転用が考えられます。                                              撮影日2012/05/12
                
      
新潟駅出発                         会津若松駅ホームへ                  会津若松駅出発 2012/05/12撮影

* 本機が1955(S30)年当時、新潟機関区に所属し信越本線等で活躍していた頃、僚機にはC57-4・130・131・132・133・178・179・181・182号機も所

属していた。同機関区には8620型機2両・C12型機3両・C51型機3両・C56型機1両も配属されていた。その後各機は各地に転配属された。本機以外ではC56

-101号機
長野県佐久市で静態保存されている。

* 本機が1969(S44)年当時、新津機関区に所属し信越本線・磐越西線で活躍していた頃、僚機にはC57-1・18・35・69・84・92・166・167・172・179・

186・189号機も所属していた。またC11-245・269号機も所属していた。その後各機は転配属、廃車・解体の経過をたどった。廃車後C57-1号機はSL山

口号
として復活運転189号機は遠く京都府与謝郡与謝野町C11-245号機は神奈川県藤沢市で静態保存されている。


* 本機は1969(S44)年9/30に磐越西線、会津若松~新津間の「さよなら列車」を牽引した後廃車となり、新津機関区の所在した新津市の小学校に保存された。

その後車籍を復活し現在に到っている経緯を持つ。









C57-186号機  場所  東京都小金井市桜町3丁目 小金井公園内

車暦 1946三菱重工神戸造船所 1946山形~1950新津~1969人吉~1973宮崎~1974旭川~1975廃車 保存開始?

状態 塗装は良好 汽笛・清缶剤挿入装置欠 他の外装諸装備良好 運転室内は柵内にあり未確認 屋外保存であるが、足回りもきれいに整備されており良好

    な状態である。プレートは新調レプリカ?                                                撮影日 2007/10/17

* 再訪してみました。前回は外部からの撮影でしたが、今回は運転席や足回りの刻印の撮影もできました。運転席はアクリル板で遮断されていました

が、上部の計器類は全体が取り外されており、諸計器類は速度計以外は皆無であり、操作系統の機器も存在しておりません。機体外部もやや塗装が劣

化し、随所に錆が浮き始めていました。運転席内部も含め全体的な復元整備が待たれる状態でしょう。環境的にはとても素晴らしい公園内に位置してお

りますので東京都の判断一つでしょうか。足回りは白く塗装されているが塗装が薄い為刻印の確認は肉眼では容易である。大半が本機の番号であるが、

左合併テコ・結びリンクには
C572の刻印が認められる。C57-2号機は1966年に新津機関区で廃車になっているが、本機も1969年まで新津機関区

に配属されていたので廃車後転用されたのでしょう。左偏心棒のピンツバには
C6119の刻印が、右合併テコにはC5713?5?9の元印が認められる

が、3機とも本機と関連する機関区や地方に所属しておらず、転用の経緯は不明である。                 撮影日 2010/11/20

* 本機が1955(S30)年当時、新津機関区所属し信越本線・磐越西線で活躍していた僚機にはC57-1・2・188号機も所属していた。同機関区には8620型機

2両・9600型機3両・C51型機9両・D51型機15両も配属されていた。その後各機は各地に転配属された。本機以外ではC57-1号機が京都鉄道博物館(山口

線のSL山口号)で、D51-512・513号機が静態保存されている。
  

* 本機が1969(S44)年当時、新津機関区に所属し羽越本線・白新線で活躍していた頃、僚機にはC57-1・18・35・69・84・92・166・167・172・179・180

・189号機も所属していた。またC11-245・269号機も所属していた。その後各機は転配属、廃車・解体の経過をたどった。廃車後C57-180号機は磐越号

して復活運転、189号機は遠く京都府与謝郡与謝野町C11-245号機は神奈川県藤沢市で静態保存されている。本機が由縁の薄い当地に保存された経緯

は不詳である。


* 本機が1971(S46)年当時、人吉機関区に所属し肥薩線で活躍していた頃、僚機にはC57-9・37・48・100・130・169号機も所属していた。また同機関区に

は8620型機2両・D51型機10両も配属されていた。各機はその後転配属、廃車・解体の経過をたどった。廃車後、本機以外ではC57-100号機が長崎県長崎

で静態保存されていたが、
2017に突然解体された。、58654号機が熊本市JR九州で動態保存・D51-170号機が熊本県人吉市JR矢岳駅で静態保存

されている。
 








C57-189号機  場所 京都府与謝郡与謝野町滝 加悦SL広場

車暦 1946三菱重工神戸造船所・・?・・1949新潟~1955直江津~1969新津~米子~1971豊岡 廃車 保存開始?

状態 塗装は退色し各所に錆び・汚濁雫・腐食進行 外装諸装備完備 運転室内左水面計欠 右水面計はガラス管のみ 操作・電気系統機器は良好 屋外保存

    であるが全体的に荒廃気味である。                                                   撮影日2007/07/12


* 再訪してみました。外観はきれいに再塗装されていましたが、ロッドや車輪・主軸等は錆が浮いて刻印は確認できない状態でした。
                                                                       撮影日 2010/01/30

* 判読可能な刻印は撮影しましたが、肉眼と異なり画像上判断できないものは掲載しておりませんが一応本機の刻印でした。ただし、左第一動輪には

L1C5716?の刻印が認められます。車歴からはC5716の可能性は低く、C57160~169号機の中で、C57-166号機が該当しますが確定ではあ

りません。
C57-166号機は1969年に直江津機関区で廃車になっています。1953年から直江津機関区に所属していますので1955年以降本機に転

用された可能性が高いと思われます。                                       撮影日 2011/07/20

                                                                       
* 本機が1955(S30)年当時、直江津機関区に所属し北陸本線・信越本線で活躍していた頃、僚機にはC57-42・92・105166号機も所属していた。同機関区

には9600型機2両・C12型機3両・C51型機7両・D50型機9両・D51型機7両も配属されていた。その後各機は各地に転配属された。本機以外では9646号機・

D51-296・486号機
が静態保存されている


* 本機が1969(S44)年当時、新津機関区所属し信越本線・磐越西線で活躍していた僚機にはC57-1・18・35・69・84・92・166・167・172・179・180・

186号機が所属していた。またC11-245・269号機も所属していた。その後各機は転配属・廃車・解体の道をたどったが、C57-1号機は山口線で復活運転

180号機は磐越西線で復活運転186号機は東京都小金井市、C11-245号機は神奈川県藤沢市で静態保存されている。
                                    

* 本機が1971(S46)年当時、豊岡機関区に所属し山陰線で活躍していた頃、僚機にはC57-11・23・34・46・52・93・94・95・113・137・156号機も所属

していた。その後各機は転配属、廃車・解体の経過をたどった。廃車後本機以外ではC57-11号機は兵庫県豊岡市46号機は福島県福島市95号機は長

崎県諫早市
156号機は島根県益田市でそれぞれ静態保存されている。









C57-201号機  場所 北海道旭川市神居町 神居古漂公園内

車暦 1947三菱重工神戸造船所 1947小樽築港~1968旭川~1969廃車・保存開始

状態 塗装は普通 清缶剤挿入装置欠 他の外装諸装備良好 運転室内は給水用圧力計を除き各圧力計欠 両ブレーキ圧力計欠操作系統機器も欠 室内荒廃

    状態 屋外保存であり外形の保存状態は普通である。*重油タンク装着 
                       前方に29638号機・後方にD51-96号機
                      撮影日2007/07/15 

* 再訪してみました。                          撮影日2009/08/10

* 塗装が退色し各部位に錆と汚濁雫が目立ち始めました。29638・D51-6と共に再塗装が急がれる状態です。左右第二先輪にC57104の刻印が

あります。
C57-104号機は1974年に岩見沢第一機関区で廃車になっています。同機が1964年に小樽築港機関区配属後に転用されたのでしょう。

右結びリンクに
C572001の刻印があります。珍しい表記で何かの事情で1を付け加えたものと考えられます。C57-200号機は1969年に苗穂機関

区で廃車になっています。本機とともに1949年に小樽築港機関区に配属されていますので、廃車までの間に転用されたのでしょう。
                                                     撮影日 2011/07/27

* 本機が1955(S30)年当時、小樽築港機関区に所属し函館本線で活躍していた頃、僚機にはC57-3・57・64・91・104・118・135・141・142・149・177

・200号機も所属していた。同機関区には8620型機2両・9600型機10両・C12型機3両・C51型機5両・D51型機19両も配属されていた。その後各機は各地に

転配属された。本機以外ではC57-57号機が東京都世田谷区135号機が埼玉県さいたま市鉄道博物館で、また9633号機・C12-6・38・64号機・

D51-483・943号機
が各地で静態保存されている。


* 本機が1964(S39)年当時になると、僚機はC57-3・44・50・57・64・91・104・118・135・138・142・149・177・193194・197・200号機に交代所属

していた。また同機関区には9600型機11両・C12型機3両・C62型機6両・D51型機13両も配属されていた。その後各機は道内各地に転配属された。本機以外

ではC57-44号機が愛媛県西条市C12-6・38・64号機・C62-2・3号機・D51-70・345・483・943号機が各地でそれぞれ静態保存されている。
                                      

* 本機が1968(S43)年当時になると、僚機にはC57-40・118・141・149・177・197・200号機に交代所属していた。その後各機はさらに転配属、廃車・解

体の経過をたどった。
                

* 本機は1969(S44)9/22の函館本線、滝川~旭川間の「さよなら列車」の牽引をした後、廃車となり現地に静態保存された。  同公園内には廃車となり解体さ

れたC57-130号機の動輪も保存展示されている。
                      
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