C56型蒸気機関車 1935~1939の間に160両製造 全国に21両保存 全機を紹介します。

主要諸元

 全長 14.32m 全高 3.90m 総重量 65.5t 水槽 10? 石炭庫 5.t 先・従輪径 860mm 動輪径 1400mm 最大出力 592ps 

 最高速度 75km/h

 製造所 川崎重工兵庫工場・汽車製造大阪工場・日立製作所笠戸工場・三菱重工業神戸造船所



C56-31号機  場所 東京都千代田区九段 靖国神社内  

車暦 1936日本車輌・・名古屋局・・1941七尾~・・タイ国・・泰緬鉄道・・・・1979日本に帰還 保存開始

状態 塗装は良好 外装諸装備・運転室内諸計器類完備 室内良好 操作系統の制御弁などの位置が、泰緬鉄道仕様なのか異なる。屋内に保存されており、

    保存状態は良好である。                                                             撮影日2008/05/13

* 再訪してみました。車輪・ロッド類はきれいに磨きあげられ油が塗布されています。零式戦闘機や陸軍の野砲とともに保存展示されています。左心向

棒には
C5612の刻印があります。C56-12号機は1941年に七尾機関区で廃車となり、本機と共に陸軍に供出されビルマ~タイで輸送に従事した後、

終戦後タイ国国鉄710号機として活躍した。本機と共に配属されていた七尾機関区時代に交換転用されたのでしょう。左右のリターンクランクには
C56

23
の刻印があります。C56-23号機は1941年に白山機関区で廃車後陸軍に供出されタイ国内で輸送に従事し、終戦後タイ国国鉄719号として活躍。

現在もタイ国で静態保存されている。白山機関区時代に転用されたのでしょうか。また左右のビッグエンド油壷には
C5652の刻印があります。C5652

号機
は1941年に志布志機関区で廃車後陸軍に供出されタイ国で輸送に従事。戦後タイ国国鉄743号として活躍した。本機との接点が無くどの時点で転

用されたかは不明である。戦火を潜り抜け兵士や物資を運び、僚機の思いも携え日本に帰還した歴史的機関車と言える。今後もこの状態で保存され続け

ることを願うものである。                                                          撮影日 2011/11/21


* 本機は1941/11月にタイ~ビルマ国(現ミャンマー)の泰緬鉄道運用のためにC56型1~90号機とともに軍に供出された。これらの機の多くが戦争の中で

破壊・廃棄・廃車されたが、46両が戦後タイ国で運用された。1979年にC56-31・44号機が日本に帰還した。本機は泰緬鉄道開通式に使用された車輌であ

る。C56-44号機は帰還後大井川鉄道で活躍していたが、最近ボイラーを修復し泰緬鉄道仕様の装備・塗装で再登場もしていた








C56-44号機  場所 静岡県島田市大井川鉄道 新金谷駅

車暦 1936三菱重工神戸造船所 1936苗穂~1941廃車~軍供出~タイ国・泰緬鉄道~1979帰還~1980大井川鉄道~2003休車(ボイラー交換)~2007運転再開

状態 塗装は良好で泰緬鉄道後、タイ国国鉄時代の塗装に塗り替えている。外装諸装備は完備しているが、プレート表示は無く当時の番号表示がしてある。                                                                                        撮影日  2009/05/05・06


* 千頭駅で到着を待っているとタイ仕上げの先頭部や塗装・タイ国鉄ナンバーから、本来の黒色に再塗装された本機がやってきました。やはり私には

本来の姿の方が納得できました。右サイドを中心に刻印等の撮影ができました。翌日は福用~家山間でS字カーブを疾走する姿を捉える事ができました。

刻印ですが右先輪には
D51547の刻印とD51573の元印がありました。まずD51-573号機ですが1949年に門司機関区で廃車になっていますが、

D51-547号機が1945年~熊本機関区に所属している間に交換されたのでしょう。D51-547号機は坂町機関区で廃車になっており、廃車段階で本

機(大井川鉄道譲渡前)に転用されたと考えられます。右合併テコには
C5613の刻印、左加減リンク側板にはC5652の刻印、左リターンクランクには

C5653の刻印、右ビッグエンド油壷にはC5615の刻印が認められます。

 これらの4機は本機とともに1941年~42年に中込・志布志・備後十日町で廃車後陸軍に供出され本機は1979年に帰還しましたが、4機はタイ国鉄

711・743・744・712号機として戦後タイ国で活躍しました。712号機はタイ国で静態保存されているそうです。供出機が軌道変更の為の改造工事をし

ていますので、その段階で本機に転用された可能性が高いと思われます。本機はタイ国で組み立てられた第一号機であり、その後現地で各供出機から転

用されたのでしょうかタイ現地での転用は技術的に難しかったのではないでしょうか。供出機とは別に左右第三動輪には
C1293の刻印があります。C12

-93号機
は1973年に吉松機関区で廃車に、本機が供出された1941年の所属機関区が不明であり、廃車後本機に転用されたと思われます。右 クロス

ヘッドソケットには
C12208の刻印があります。C12-208号機は1975年に熊本機関区で廃車後当時の岐阜県養老町「養老ランド」で静態保存後199

4年に大井川鉄道に譲渡され、しばらく稼働後大井川鉄道各機の部品提供を続け、ホームページC12-208号機の写真の状態となっており、部品提供の

証拠と言えます。他に右結びリンクには
C11??の刻印もあり、今回確認できませんでしたが、かなりの部位に転用がされていると思われます。                                                                                  撮影日 2011/05/03・04
                                                                      

    
新金谷駅出発 2009/05/06撮影    福用~家山間 2011/05/03撮影              千頭駅到着 2011/05/04撮影

* 本機が1941(S16)年当時、苗穂機関区に所属し函館本線等で活躍していた頃、僚機にはC56-17・18・19・29・30・42・43号機も所属していた。同機

関区にはC12型機3両・C50型機14両も配属されていた。その後各機は各地に転配属された


* 本機は1941/11月にタイ~ビルマ国(現ミャンマー)の泰緬鉄道運用のためにC56型1~90号機とともに軍に供出された。これらの機の多くが戦争の中で破

壊・廃棄・廃車されたが、46両が戦後タイ国で運用された。1979年にC56-31号機とともに日本に帰還し、その後大井川鉄道で営業運転を続けたがボイラー不

調により休車となり、その後C12-208号機の部品等を流用し運転を再開している。









 C56-92号機  場所 鹿児島県出水市昭和町 JR出水駅西

 車暦 1937日立笠戸工場 1937麻里布~1939吉松~薩摩大口~1965吉松~1969宮崎~1971吉松 1973廃車 1974保存開始・・・・2008/3現地移転
 
状態 塗装は良好でカラフル 外装諸装備・運転室内諸計器類完備 室内良好 室内諸計器類もカラフル塗装 足回りもきれいに整備され、新しい屋根の下で

    良好な状態で保存されている。このような整備された機を見ると、財政難時代に保存に対する行政側やそれに関わる方々の熱意が読み取れ、一、SLフ

    ァンとして嬉しくなります。財政難だからという理由だけで安易に解体に向かう他の行政機関への良いお手本ではないでしょうか。撮影日2008/07/11

* 再訪してみました。相変わらずきれいに整備された状態でした。数か所に刻印が存在しました。  撮影日 2011/06/11

* 本機が1955(S30)年当時、吉松機関区薩摩大口支区に所属し、山野線・宮之城線で活躍していた頃、僚機にはC56-91・117・118・119・120・121・

122・156・157号機も所属していた。その後各機は各地に転配属された。

* 本機が1973(S48)年当時、吉松機関区に所属し湯前線・山野線・宮之城線で活躍していた頃、僚機にはC56-91・111・135号機も所属していた。また、

吉都線担当のC55-52・57、肥薩線担当のC57-124・151・154・182号機、D51-453・536・589・606・1038号機も配属されていた。DL化に伴い各機

はその後転配属、廃車・解体の経過をたどるが、C56-111号機兵庫県宝塚市で、135号機は兵庫県加東市で、またC55-52号機は吉松機関区の所在

した鹿児島県姶良郡湧水町JR吉松駅で、D51-453号機は遠く千葉県柏市でそれぞれ静態保存されている。









C56-94号機  場所 長野県大町市大町 大町西公園

車暦 1937日立笠戸工場 1937白山~西吉田~1955横浜~1965飯山~1969中込~1971上諏訪~1973長野 廃車・保存開始

状態 塗装は退色し錆び 後部ライト球・ガラス欠 他の外装諸装備良好 運転室窓ガラス欠 助手席前扉破損 室内諸計器類は速度計・缶圧力計1欠 他の計

    器類は文字盤は残欠するも針・ガラス欠、制動関係のレバー欠 砂巻きレバー残存、両座席は損壊しており室内は荒廃状態 屋外に保存されており全体的

    には荒廃気味である。 煙室扉が開いている状態である。                

* 再訪してみました。変わらない状態でしたがヘッドライトは修復されていました。     撮影日 2007/08/17・2009/12/05

* 唯一、左先輪に微かながら刻印を確認することができました。撮影日 2011/12/11

* 本機が1955(S30)年当時、飯山機関区に所属し飯山線で活躍していた頃、僚機にはC56-96・111・126・129・131号機も所属していた。また同機関区

にはC12型機1両も配属されていた。その後各機は転配属された。本機以外ではC56-96号機が長野県南牧村111号機が兵庫県宝塚市126号機が

山梨県北杜市
129号機が長野県飯山市131号機が島根県松江市で、またC12-199号機が長野県塩尻市奈良井でそれぞれ静態保存されている。

同一機関区に在籍した全車両が静態保存されいるのは飯山機関区だけであり、非常に珍しい状況である。

* 本機が1965(S40)年当時には僚機はC56-96・101・109・111・129・131号機に交代所属していた。各機はその後転配されたが、本機以外ではC56-

101号機
長野県佐久市で静態保存されている。


* 本機が1969(S44)年当時、中込機関区に所属し小海線で活躍していた頃、僚機にはC56-149・150・159号機も所属していた。各機はその後転配属

、廃車・解体の経過をたどるが、C56-144号機は長野県小諸市149号機は山梨県北杜市で、150号機は長野県北安曇郡白馬村で静態保存されている。                                            

* 本機が1971(S46)年当時、上諏訪機関区に所属し中央本線で活躍していた頃、僚機にはC56-96・101・102・126・160号機も所属していた。また構内

入れ替え業務のC12型機3両・休車中ではあるがC50型機3両も配属されていた。DL/電化により各機はその後さらに転配属、廃車・解体の経過をたどった。本機

以外ではC56-160号機が京都市の鉄道博物館で動態保存、またC12-66・67・171号機が各地で静態保存されている。C56-159号機は石川県法宝

達志水町で静態保存されていたが、1995/07に残念ながら
解体された。                     








C56-96号機  場所 長野県南佐久郡南牧村 野辺山歴史民族資料館

車暦 1937日本車輌 1937岩見沢~釧路~1943苗穂~1949白山~1955飯山~1961信濃大町~1964飯山~1965松本~1971七尾~1971上諏訪~1973長野

    廃車・保存開始 

状態 塗装は良好 外装諸装備完備 運転室内速度計・圧力計欠 ブレーキ圧力計針欠 足回りも整備され屋外に屋根付きで保存されており、保存状態は普

    通である。                                                             撮影日2007/08/18・2008/09/12

* 動輪・ロッドや足周りも黒塗り状態と分厚い塗装のため刻印の確認が難しい状態でした。動輪の刻印は確認できませんでしたが、足周りの各部位に

は刻印が残っていました。左クロスヘッド部の油壺には
C12214の刻印がありました。C12-214号機は1972年に長野工場で廃車になっています。

廃車後か本機が飯山機関区に配属された以後に長野工場で転用されたのでしょう。八ヶ岳連山には残雪が輝いていました。撮影日 2011/05/27

* 本機が1955(S30)年当時、飯山機関区に所属し飯山線で活躍していた頃、僚機にはC56-94111・126・129・131号機も所属していた。また同機関区に

はC12型機1両も配属されていた。その後各機は転配属された。本機以外ではC56-94号機が長野県大町市111号機が兵庫県宝塚市126号機が山梨

県北杜市
129号機が長野県飯山市131号機が島根県松江市で、またC12-199号機が長野県塩尻市奈良井でそれぞれ静態保存されている。同一機

関区に在籍した全車両が静態保存されいるのは飯山機関区だけであり、非常に珍しい状況である。

* 本機が1965(S40)年当時では僚機はC56-94・101・109・111・129・131号機に交代所属していた。各機はその後転配属されたが、本機以外ではC56-

101号機
長野県佐久市で静態保存されている。

* 本機が1971(S46)年当時、上諏訪機関区に所属し中央本線で活躍していた頃、僚機にはC56-94・101・102・126・ 160号機も所属していた。また構内

入れ替え業務のC12型機3両・休車中ではあるがC50型機3両も配属されていた。DL/電化により各機はその後さらに転配属、廃車・解体の経過をたどった。本機

以外ではC56-126号機が山梨県北杜市で静態保存、160号機が京都市鉄道博物館で動態保存、またC12-66・67・171号機が各地で静態保存されている。
                              








C56-98号機  場所 京都府右京区嵯峨天竜寺 嵯峨野鉄道19世紀ホール

車暦 1937日本車輌 1937岩見沢~1939静内~1943苗穂~1955木次~1961新潟~1964浜田~1971吉松~1973浜田~1974廃車 保存開始

状態 塗装は良好 外装諸装備完備 運転室内諸計器類良好 足回りもきれいに整備され、館内に良好な状態で保存されている。(プレートは新調の

   模造品?2000頃の屋外保存時代には装着していなかった記憶がある。) 撮影日2008/06/13

* 2011/04から屋内展示ブースは500円の入場料が必要です。運転室には入れますが写真撮影は禁止となっていますので御留意ください。

* 再訪しました。ロッド類は完全に磨きあげ(磨きすぎ?)ており、刻印も判別し難い状況です。左先輪にC12245の刻印があります。C12-245号機

1968年に後藤工場で廃車になっていますが、1940年頃に釧路機関区に所属していますので、その間に交換されたのでしょうか?。左リターンクランクに

C56106の刻印があります。C56-106号機は1973年に浜田機関区で廃車になり、その後広島県府中市で静態保存されています。1964年から本機

と共に浜田機関区に配属されていますので、この間に交換されたのでしょう。ハロゲンライトの為に黄色く映ってしまいますのでモノクロ処理をしています。                                                                                  撮影日 2010/07/17

* 19世紀ホール内外には、廃車となって解体されたC11-89・146・C57-49・52号機の動輪と、D51-603号機の前 頭部が保存展示されている。

* 本機が1955(S30)年当時、木次機関区に所属し木次線で活躍していた頃、僚機にはC56-104・105・106・107・108109・110・127・135・136・

155号機も所属していた。その後各機は各地に転配属された。本機以外ではC56-106号機が広島県府中市108号機が島根県雲南市、110号機が

埼玉県草加市
135号機が兵庫県加東市でそれぞれ静態保存されている。

* 本機が1971(S46)年当時、浜田機関区に所属し三江線で活躍していた頃、僚機にはC56-106・110・127号機も所属し ていた。同機関区には山陰本

線担当のC57型機5両・D51型機13両も配属されていた。DL化に伴いその後各機は転配属、廃車・解体の経過をたどった。C57-165号機・D51-187・

917号機
が各地で静態保存されている。
                            








C56-99号機  場所 鹿児島県霧島市霧島田口 霧島高原ユースホステル跡地

車暦 1937三菱重工神戸造船所 1937白山~1955西吉田~東新潟~1968吉松~1971廃車 1972保存開始

状態 塗装は全体に剥落し錆びに覆われ、腐食及び損壊箇所多し、メイン・サイドロッド・車輪にいたるまで錆びに覆われている。前後ライト球・ガラス欠 他の外

    装諸装備は一応装着しているものの、錆びに覆われており状態が把握できない。運転室全窓枠・ガラス欠、室内の諸計器類は速度計・暖房用・缶・シリン

    ダー圧力計は針を欠くが文字盤は残存している。他の水面計等は損失、また操作系統機器も損失が大きい。両運転席の損壊も激しく完全に荒廃状態で

    ある。全体的に荒れるにまかせこのまま朽ち果ててやがて土に化す現況であり、無残な状態を呈している。    撮影日 2009/02/06

* 旧ユースホステルへの進入道路の倒木や雑草を掻き分け50Mほど登ると、突然潅木の中にさび付いて赤茶けた車体が現れた。見るも無残な状態であり、人気

の無い場所に施設廃止から長い時間取り残されている状況は、鉄道ファンに限らず胸を締め付けられる想いであり、状況は山梨県北杜市のC56-149号機と同様

であるが、状態は本機の方がさらに悪化していると思われる。何故この状態になるまで放置していたのか、保存当初はそれなりの目的を持ち歓迎されてこの地に居

ついたものの、施設の廃止とともに忘れ去られ、放置され、盗難や破壊に遭い無残な姿をさらしている本機、様々な人々の夢と生活を運んだ機関車の末路としては

余りにも寂しい限りである。同じ霧島市のC12-225号機は撤去されどこへどういう経過をたどったかも不明であり、本機はまだ形を残すだけでも僅かな望みなのか

・・・保存の在り方を考えさせるC56-99号機である。・・・・・


* 解体の危機に直面していた本機ですが、落札した解体業者がその後修復保存する決定をしたとの嬉しいニュースが入りました。修復作業のボラン

ティアを募っているようです。私も近ければ参加したいのですが、九州各地のSLファンの皆さんの参加を期待したいですね、修復後は薩摩川内市内で

保存展示される予定だそうです。                                                        2010/05/15


* 新しい情報が入りました。薩摩川内市の「ダチョウランド」で九州各地のSL保存会の方々による修復作業が続けられていた本機ですが、修復も終了

し2012連休前にオープンするとの事です。しかし、小さい子供さん達を対象としているために他の客車の関係もあり、本来の黒色塗装では無くて、動輪

やロッド等も含め赤・青・緑・白等の各色で各部位が塗られているそうです。大井川鉄道のC56-44号機が一時タイ国鉄塗装仕上げで登場しましたが、

それよりもかなり迷彩色に仕上がっているそうです。本来解体廃棄処分される筈であった事から考えると、保存されただけでもOKとするしかないので、こ

れも止むを得ない状況かと思われます。ナンバープレートも新しくレプリカで金色に輝いているそうです。機会があれば出向いて撮影したいと思います。                                                                                 2012/03/15


* 本機が1955(S30)年当時、西吉田機関区に所属し越後線・弥彦線・信越本線で活躍していた頃、僚機にはC56-93・133141・145号機も所属していた。

同機関区にはC12型機3両も配属されていた。その後各機は各地に転配属された。

* 本機が1971(S46)年当時、吉松機関区に所属し肥薩線・吉都線等で活躍していた頃、僚機にはC56-91号機も所属して いた。また同機関区にはC55型

機5両・C57型機2両・D51型機6両も配属されていた。その後DL化により、各機は廃車・解体の経過をたどった。本機以外ではC57-151号機が鹿児島県鹿

児島市
D51-453号機が千葉県柏市714号機が鹿児島県鹿児島市で静態保存されている。 

* 上記の写真は薩摩仙台市「ダチョウ・エコランド」内に静態保存されている現在のC56-99号機である。鹿児島の友人より入手したものを掲載している

が、噂どおりの見事な変身であり、子供には歓迎されるであろうが、機関車本来の姿を知る世代からは、嘆かわしい事態なのですが解体を免れた事を思うと、

これも時代の移り変わりと納得するより方法は無いかととも思われます。
                                      2012/03/21



 









C56-101号機  場所 長野県佐久市中込成知公園 旧中込学校跡

車暦 1937三菱重工神戸造船所 1937白山~1955新潟~1960飯山~1965松本~1971上諏訪~1973 廃車・保存開始

状態 塗装は外装機器も含めて厚塗り状態 外装諸装備完備 運転室内は柵内にあるため未確認(上部圧力計は確認)屋外に屋根・プラットホーム付きで保

    存されており、保存状態は良好である。                                           撮影日2007/08/18・2008/09/12

* 再再訪しました。左公式サイドはプラットホームのため撮影が難しい状態です。分厚い塗装のため刻印が確認できたのは三か所のみでした。 
                                                                   撮影日 2010/06/20

* 本機が1955(S30)年当時、新潟機関区に所属し信越本線・越後線・羽越本線・白新線で活躍していた頃、同機関区には8620型機2両・C12型機3両・C51

型機3両・C57型機10両が配属されていた。その後各機は各地に転配属された。本機以外ではC57-180号機が静態保存されている。


* 本機が1965(S40)年当時、飯山機関区に所属し飯山線で活躍していた頃、僚機のC56-94・96・109・111・129・131号機も所属していた。各機はその後

転配属していったが、本機以外ではC56-94号機が長野県大町市96号機が長野県南牧村111号機が兵庫県宝塚市129号機が長野県飯山市

131号機が島根県松江市
でそれぞれ幸運にも静態保存されている。

* 本機が 1971(S46)年当時、上諏訪機関区に所属し中央本線で活躍していた頃、僚機にはC56-94・96・102・126・160号機も所属していた。また構内入

れ替え業務のC12型機3両・休車中ではあるがC50型機3両も配属されていた。DL/電化により各機はその後さらに転配属、廃車・解体の経過をたどった。本機以外

ではC56-126号機が山梨県北杜市で静態保存、160号機が京都鉄道博物館で動態保存、またC12-66・67・171号機が各地で静態保存されている。









C56-106号機  場所 広島県府中市高木町 国府児童公園内

車暦 1937日立製作所・・神戸局・・1944木次~1964浜田~1965益田~1971浜田~1973新見 廃車 1974保存開始

状態 塗装は退色し各所に錆び 汽笛・前後ライト球・ガラス欠 他の外装諸装備良好 運転室窓枠・ガラス欠 室内諸計器類は両水面計欠 他の諸計器類は

    外形を残して文字盤・針欠室内荒廃状態 屋外保存であるが全体的には荒廃状態である。     撮影日2007/07/27

                            * 分厚い塗装の繰り返しのために刻印の確認は皆無でした。 撮影日 2011/06/12

* 本機が1955(S30)年当時、木次機関区に所属し木次線で活躍していた頃、僚機にはC56-98・104・105・107・108109・110・127・135・136・155

号機も所属していた。その後各機は各地に転配属された。本機以外ではC56-98号機が京都市右京区108号機が島根県雲南市110号機が埼玉県草

加市
135号機が兵庫県加東市でそれぞれ静態保存されている。

* 本機が1971(S46)年当時、浜田機関区に所属し三江線で活躍していた頃、僚機にはC56-98・110・127号機も所属し ていた。同機関区には山陰本線

担当のC57型機5両・D51型機13両も配属されていた。DL化に伴いその後各機は転配属、廃車・解体の経過をたどった。本機以外ではC57-165号機
D51

-187・917号機が各地で静態保存されている。 








C56-108号機  場所 島根県雲南市木次町新町 木次公民館


車暦 1937三菱重工 1937神戸局~1941木次~1973浜田~1974 廃車・保存開始  

状態 塗装は普通 外装諸装備完備 運転室内速度計針欠 その他の計器類良好 屋外に保存されており、保存状態は普通である。 撮影日2007/07/25  

* 再訪してみました。塗装の劣化が著しく剥落、錆が浮き始めていました。早急の整備が望まれます。     撮影日2010/12/04
* 木次市議会は本機の解体予算を計上し、本機の解体が危ぶまれています。
2011/11段階

* その後木次市の堀江晴俊氏を中心に解体阻止・保存の為の陳情がなされ、木次市民を始め本機の解体を惜しむ全国から保存の為の基金が寄せら

れ、最終的にはその賛助金で本機の整備が行われました。我々の整備ボランティアによる整備の計画も当初はありましたが、全国からの浄財を生かして

本格的な整備・修復作業が業者発注という形で行われ、2013/11に整備復元が完了し、お披露目されました。機体は国鉄カーボンブラックで塗装され

漆黒の機体が蘇りました。                                                             撮影日2013/11/03


* 本機が1955(S30)年当時、木次機関区に所属し木次線で活躍していた頃、僚機にはC56-98・104・105・106・107・109・110・127・135・136・155

号機も所属していた。その後各機は各地に転配属された。本機以外ではC56-98号機が京都市右京区106号機が広島県府中市110号機が埼玉県草

加市
135号機が兵庫県加東市でそれぞれ静態保存されて いる。

* 1966(S41)年当時では、僚機は、C56-104・105・107・110・136号機に交代所属していた。またC11-238・261・ 317・342号機も所属していた。

その後各機は配転・廃車の道をたどったが、本機は木次機関区の所在した当地に保存された。








C56-110号機  場所 埼玉県草加市氷川町 氷川児童公園内


車暦 1937三菱重工 1937神戸局・・?・・1944木次~1961浜田~1964木次~1971浜田~1972廃車 1973保存開始 

状態 塗装は普通であるが部分的に錆び・腐食進行 外装諸装備良好 運転室右窓ガラス欠 室内左シリンダー圧力計欠 他の計器類良好 屋外保存であ

  るが保存状態は普通である。                                                            撮影日2008/05/12

* 再訪してみました。塗装は退色が目立ちシリンダー部下部は崩壊しています。全体的に錆も浮き始めており早急の整備が必要な状況下に置かれ

 ています。左右の前踏み板に溶接棒による手書きの110の機番号がありました。                    撮影日 2011/09/27

* 本機が1955(S30)年当時、木次機関区に所属し木次線で活躍していた頃、僚機にはC56-98・104・105・106・107・108・109・127・135・136・

155号機も所属していた。その後各機は各地に転配属された。本機以外ではC56-98号機が京都市右京区106号機が広島県府中市108号機が島

根県雲南市
135号機が兵庫県加東市でそれぞれ静態保存されている。

* 本機が1966(S41)年当時では僚機は、C56-104・105・107・108・136号機に交代所属していた。またC11-238・261・317・342号機も所属してい

た。その後各機は配転・廃車の道をたどった。
 

* 本機が1971(S46)年当時、浜田機関区に所属し三江線で活躍していた頃、僚機にはC56-98・106・127号機も所属し ていた。同機関区には山陰本線

担当のC57型機5両・D51型機13両も配属されていた。その後DL化に伴い各機はさらに転配属、廃車・解体の経過をたどった。本機以外ではC57-165号機

・D51-187・917号機が各地で静態保存されている。    * 本機が由縁の薄い当地に保存された経緯は不詳である。  

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