D51型蒸気機関車 101号機〜195号機の18両を紹介します。




D51-101号機  場所 静岡県島田市中央町 中央公園内

車暦 1938汽車製造・仙台局・・・1948一関〜1959酒田〜新津〜1972中津川〜1973 廃車 1973保存開始

状態 塗装は剥離し錆び・腐食進行 全プレート・前後ライト球・ガラス欠 他の外装諸装備は装着 運転室窓枠・ガラス欠

  室内上部圧力計はは外形・文字盤は残すが針全欠 右水面計はガラス管残 操作・電気系統機器も欠損 室内は荒廃

  状態 屋外に屋根付きで保存されているが荒廃状態である。  *撮影後日再塗装されて外見上はきれいになっている。       
                                                              撮影日2007/8/29

* 再訪してみました。再塗装されてきれいになっていました。ただ錆を落とさず直接上塗りをしているようです。撮影日 2009/5/5

* 分厚い塗装が繰り返されていますので、確認できた刻印はありませんでした。 撮影日 2011/2/27

* 酒田〜新津時代はテンダーに1、500リットルの重油タンクを装着していた。 * 中津川機関区時代は長野集煙装置装着。

* 本機が1955(S30)年当時、一ノ関機関区に所属し東北本線で活躍していた頃、僚機にはD51−102・103・104・105・

 106・107・164・184・263・459・585・597・642・718・737・765・766・767・867号機も所属していた。同機関区には

 8620型機2両・C58型機18両も配属されていた。その後各機は各地に転配属された。本機以外ではD51−103号機が山口

 県岩国市、718号機が愛知県一宮市、737号機が和歌山県有田郡湯浅町で、C58−103・244号機が各地で静態保存され

 ている。

* 本機が1972(S47)年当時、中津川機関区に所属し中央西線で活躍していた頃、僚機としてD51−125・200・238・245

 402・549・688・777・827・849・893・903の各機も配属されていた。その後電化に伴い廃車となったが、125号機は千葉

 県船橋市で、200号機は京都の梅小路蒸気機関車館でSLスチーム号として動態保存、238号機は長野県木曽郡木祖村、245

 号機は長野県埴科郡坂城町、402号機は長野県飯田市、549号機は長野県長野市、688号機は愛知県岡崎市、777号機は

 愛知県刈谷市で、849号機は愛知県豊田市でそれぞれ静態保存されている。









D51-103号機  場所  山口県岩国市元町1丁目 第三児童公園内

車暦 1938汽車製造・・仙台局・・1948一関〜1959酒田〜1968厚狭長門〜1971廃車・保存開始

状態 塗装は普通 煙室扉ハンドル欠 プレートはレプリカ? 他の外装諸装備良好 運転室窓枠・ガラス欠 室内諸計器類

  の大半が損失し、室内荒廃状態 屋外に保存されているが、最近の整備の様子は無く荒廃気味である。撮影日2007/7/27

* 再訪してみました。以前と変わらない状態でした。                        撮影日 2009/10/18

* 分厚い塗装と錆びがあり、確認できた刻印はありませんでしたが左右の前踏み板に溶接棒による手書きの機番号
 がありました。                                   撮影日 2010/12/18

* 一ノ関〜酒田機関区時代にはテンダーに1,500リットル型重油タンクを装着していた。

* 本機が1955(S30)年当時、一ノ関機関区に所属し東北本線で活躍していた頃、僚機にはD51−101・102・104・105・

 106・107・164・184・263・459・585・597・642・718・737・765・766・767・867号機も所属していた。同機関区には

 8620型機2両・C58型機18両も配属されていた。その後各機は各地に転配属された。本機以外ではD51−101号機が静岡

 県島田市、718号機が愛知県一宮市、737号機が和歌山県有田郡湯浅町で、C58−103・244号機が各地で静態保存され

 ている。

* 本機が1968年(S43)年当時、長門機関区に所属し山陰本線で活躍していた頃、僚機にはD51−214・385・803号機も所属

 していた。本機が1971年に廃車になった時点では長門機関区には23両のD51型機が集結していた。その後DL化により各機は

 廃車・解体の経過をたどった。本機以外ではD51−385号機が千葉県鎌ヶ谷市で静態保存されている。









D51-113号機  場所 青森県三沢市桜町1丁目 中央公園内

車暦 1938川崎車輌・・東京局・・新鶴見〜国府津〜1948白河〜1961高崎第一〜1963青森〜1972 廃車・保存開始

状態 塗装は普通 清缶剤挿入装置・後部ライト球・ガラス欠 他の外装諸装備装着 全プレートレプリカ 運転室窓枠・ガラ

  ス欠 窓鉄格子 運転室内諸計器類多数損失 屋外に屋根付きで保存されているが、最近の整備はされていない。保存

  状態は普通である。 *テンダーに重油タンクを増設している北国型でしょうか。        撮影日2007/9/14 

* 再訪してみました。機体前面に金網が被されていました。全体的に塗装は退色し動輪・ロッド等の塗装も錆が浮き
 出し、刻印の確認も難しい状態になっています。運転室内も含め全体的に整備・復元が必要な状態になっています。
 刻印は確認できた範囲で本機の番号でした。目視でも確認が難しく写真に矢印を付記しています。撮影日 2011/10/31

* テンダーの重油タンク3,000リットル型は青森機関区時代に装着されたと思われる。

* 本機が1955(S30)年当時、白河機関区に所属し東北本線で活躍していた頃、僚機にはD51−75・194・451・509・

 580・646・770・816号機が所属していた。同機関区にはC12型機3両・C61型機12両も配属されていた。その後各機は

 各地に転配属された。本機以外ではD51−75号機が新潟県上越市、194号機が島根県鹿足郡津和野町、451号機が東

 京都昭島市で、C61−19号機が鹿児島県霧島市で静態保存されている。


* 本機が1971(S46)年当時、青森機関区に所属し東北本線で活躍していた頃、僚機にはD51−1・166・197・232・281・

 296・427・563・580・688・729・786・810・854・873・876・1108号機も所属していたがDL化を目前に控えており、休車

 扱いの機が増えていた。同機関区にはC61型機が運用されており6両配属、9600型機は15両配置されていたが本線での運用

 は無く、全機構内入れ替え業務を担当していた。その後各機は転配属、廃車・解体の経過をたどった。廃車後本機以外ではD51
 
 −1号機が京都市梅小路蒸気機関車館、232号機が秋田県秋田市、296号機が東京都府中市、688号機が愛知県岡崎市、

 762号機が青森県八戸市、1108号機が宮城県宮城郡利府町で、また9667号機・C61-2・18・19・20号機が各地で静態保存

 されている

 









D51-118号機  場所 埼玉県所沢市小手指町1丁目 小手指公園内


車暦 1938川崎車輌 1938岩見沢〜1957新得〜富良野〜1969岩見沢〜1974遠軽〜1975遠軽〜1976追分 廃車・保存開始

状態 塗装は剥離・錆び進行 ヘッドライト・後部ライト球・ガラス・清缶剤挿入装置欠 他の外装諸装備装着 運転室窓ガラ

  ス欠 室内諸計器類損失 屋外保存であるが整備はされてなく、保存状態はやや荒廃気味である。撮影日2007/10/18

* 再訪してみました。相変わらずの状態で東京都内の静態保存機の状態も、2〜3例を除いて惨憺たる状態と言えます。
 日本の首都・国際文化都市・日本の近代文化、政治の中心地としての保存の在り様は如何なるものか石原都知事はどう
 お考えなのでしょうかね?                                       撮影日 2010/11/20

* デフレクター先端カット・コの字型手すり先端部(左)装着・LP403大型ライト前後装着 国鉄苗穂工場改装

* 本機が1955(S30)年当時、岩見沢機関区に所属し室蘭本線・幌内戦・万字線で活躍していた頃、僚機にはD51−13・15・

 16・26・33・47・48・53・85・99・117・120・126・342・916・929号機が所属していた。同機関区には9600型機10両・

 C51型機5両・D50型機13両も配属されていた。その後各機は各地に転配属された。本機以外ではD51−47号機は北海道

 岩見沢市、916号機は群馬県前橋市、49616号機静岡県川根本町で静態保存されている。

* 本機が1973(S48)年当時、岩見沢第一機関区に所属し室蘭本線・幌内戦・万字線で活躍していた頃、僚機にはD51−11・

 13・15・47・53・85・260・277・292・328・331・332・394・414・423・439・467・562・566・737・765・811・855・

 872・915・1056・1085・1118・1120・1160号機も所属しており、9600型機8両・C57型機6両も配属されており、45両の

 大所帯であった。しかし、DL化の波は避けきれず、各機は転配属、廃車・解体の経過をたどった。D51−11号機は北海道札幌

 市、47号機は北海道岩見沢市、260号機は富山県滑川市、566号機は北海道赤平市、737号機は和歌山県有田郡湯浅町、

 1085号機は和歌山県有田郡有田川町でそれぞれ静態保存されている。由縁の薄い当地に本機が保存された経緯は不詳。









D51-125号機  場所 千葉県船橋市薬円台4丁目 郷土資料館

車暦 1938日立製作所 1938新鶴見〜1944静岡〜1949中津川〜1973長門〜1974廃車・保存開始

状態 塗装は良好 外装諸装備・運転室内諸計器類完備 室内良好 メイン・サイドロッド・主軸にも油が注されて整備を受け

  ており、屋外に屋根付きで良好な状態で保存されている。                        撮影日2007/10/210

 *再訪してみました。変わらない状態で保存されていました。      撮影日 2009/5/3 

* 珍しく滑り子装置のモールに刻印が残っていました。撮影日 2011/9/26

*D51-125号機の特徴はテンダー部の後部灯の取り付け位置にあります。普通はライトの形状の差はあるものの、テンダー

 後部上端中央部に取り付けられています。保存各機で後部灯を失うものの取り付け金具や配線用シールド管が残存してお

 りその位置が伺えます。同機のように後部プレートの上方に取り付けているのは珍しいものです。保存機の中で同様の位置

 に後部灯を持つのは、155・172・200・245・549・769・777・862・921の各機ですが、これらの各機の共通点はいずれ

 も長野県及び隣接県の各機関区に1950〜1970にかけて在籍しており、おそらく国鉄長野工場で付け替えられたのではな

 いかと想像されます。本機が中津川機関区時代は長野工場式集煙装置を装着していた。

*この疑問に対して、(やまてつ)さんからは、長野工場での改装でしょうというご教示を得ました。(2008/11/9)

* 本機が1955(S30)年当時、中津川機関区に所属し中央本線(西)で活躍していた頃、僚機にはD51−4・5・121・122・

 125・171・200・265・267・279・389・549・792・827・851号機も所属していた。同機関区には明知線担当のC12型機

 5両も配属されていた。その後各機は各地に転配属された。本機以外ではD51−200号機が京都市梅小路蒸気機関車館で

 動態保存、266号機が岐阜県中津川市、549号機が長野県長野市、792号機が愛知県春日井市、C12−74号機が岐阜県

 恵那市で静態保存されている。

*本機が1972(S47)年当時、中津川機関区に所属し中央西線で活躍していた頃、僚機としてD51−101・200・238・245

 402・549・688・777・827・849・893・903の各機も配属されていた。その後電化に伴い廃車となったが、101号機は静岡

 県島田市で、200号機は京都の梅小路蒸気機関車館でSLスチーム号として動態保存、238号機は長野県木曽郡木祖村、245

 号機は長野県埴科郡坂城町、402号機は長野県飯田市、549号機は長野県長野市、688号機は愛知県岡崎市、777号機は

 愛知県刈谷市で、849号機は愛知県豊田市でそれぞれ静態保存されている。









D51-140号機  場所 埼玉県熊谷市河原町2丁目 荒川公園内

車暦 1938日本車輌 1938宇都宮〜1944大宮〜1969高崎第一〜1970廃車・保存開始

状態 塗装は剥離・錆び進行 清缶剤挿入装置欠 他の外装諸装備良好 運転室内は柵内のため未確認(上部各圧力計

  は確認) 屋外に保存されているが、最近の整備は見られず、保存状態は普通である。   撮影日2007/10/18

* 再訪してみました。左右のシリンダー部の下部は損壊し剥落していました。機体は全体的に塗装は退色し各部位には
 錆や腐食が目立ち始めており、早急に整備する必要があります。分厚い塗装かつ剥落で確認できた本機の刻印は皆無
 でした。 運転室内の諸計器類は一応装着しています。                        撮影日 2011/9/24

* 本機が1955(S30)年当時、大宮機関区に所属し東北本線・高崎線等で活躍していた頃、僚機にはD51−472・516・532

 647・703・914・1040・1053・1059・1119号機も所属していた。同機関区には9600型機12両・C50型機3両・D50型機

 4両も配属されていた。その後各機は各地に転配属された。本機以外ではD51−516号機が神奈川県横浜市、1119号機が

 神奈川県厚木市で静態保存されている。

* 本機が1969(S44)年当時、大宮機関区に所属していた頃、僚機にはD51−90・408・516・786・843・911号機も所属し

 ていた。また、9600型機ー9684・9687・29669・29680・29683・29697・49613・59669・59674・69636・69670・

 79658・79665の各機も配属されていた。しかし、大宮機関区内は既にDL化・電化が進んでおり、僅かに川越線と近隣主要駅

 構内の入れ替え業務を担当するぐらいで、機関区内に駐機することが多かった。その後各機は廃車・解体の経過をたどった。廃車

 後、D51−408号機は神奈川県川崎市多摩区、516号機は神奈川県横浜市、9687号機は埼玉県川口市で静態保存されている









D51-146号機  場所 静岡県静岡市葵区大岩本町 城北公園内


 * 移転先が具体的に決まっていた本機ですが、移転費用の件で問題が発生し移転はどうやら白紙に戻った模様
  
ですが、たちまち解体ということでは無いようです。
   しかしながら、静岡市の静態保存機に対する、事務的・冷血な対応はやはり全国のSLファンにとっては到底
  納得行くもので無かった事は事実であり、「解体ありき」の静岡市の姿勢は批判されて当然の成り行きと思いま
  す。保存を望む人々のネットワーク等を利用し、保存への解決策を担当部署が当初から行っておれば、静岡市
  から鉄道文化遺産が失われる事は無かった筈であり、SL静態保存機を所有する他の地方公共団体には、少な
  からず教訓となったのでは無いでしょうか。予算が無いからという一辺倒で処理する考えに、これからもストップ
  をかけたいですね。                                              2013/9/13

 
* 今回、本機の移転先が正式の決まったようです。移転先は栃木県真岡市の「キューロク館」だそうです。
                                                                 
2015/03/02

車暦 1938日本車輌 1938追分〜1944長万部〜1973小樽築港〜1974岩見沢〜1976 廃車・保存開始


状態 塗装は普通だが錆び進行 清缶剤挿入装置欠 他の外装諸装備良好 運転室内諸計器類完備 室内良好 屋外保

  存であるが、足回りも整備され保存状態は普通である。                        撮影日2007/8/29

* 再訪してみました。変わらない状態で保存されています。                撮影日 2009/5/5

* 解体されるとの事で惜別の新ページを作成するために本機の写真を整理していましたら、刻印に関して新しい事実が判明
 しましたので合わせて掲載します。

 右サイドの第三サイドロッド油壷(左)にD51-146の刻印がありますが、元印が残されており詳しく写真を拡大して車歴表と
比較した結果D52-422号機の第二サイドロッド油壷(左)を転用していたことが判明しました。しかし、解体されるのでは空しい
ばかりで写真でしか残せないのは実に残念です。以下の経緯から判断しています。先ずD52?22と判読できましたが、D52
型機で末番22を意味するのは22・122・222・422号機が該当します。22号機は大阪鉄道管理局管内、122号機は広島鉄
道管理局内に配属され、222号機は1950まで長万部機関区に配属され1961年に沼津機関区で廃車、
422号機は1964年
から五稜郭機関区に配属され1965年に同機関区で廃車
になっています。本機との配属機関区から222号機と422号機が該
当します。刻印を拡大しますと146の1の下は打ち消されていますが、僅かに4の一部が残存していましたので、
D52-422
判断しました。廃車後に苗穂工場で転用されたのでしょう。               2013/02/23

* デフレクター先端カット・コの字型手すり先端部(左)装着・LP403大型ライト前後装着 国鉄苗穂工場改装 同じ北海同型である

 が苗穂工場の改装の違いはコの字型手すりが先端部左のみである。長万部時代はテンダーに1,500リットル型重油タンクを装着

 していた。

* 本機が1968(S43)年当時、長万部機関区に所属し函館本線で活躍していた頃、僚機にはD51−64・114・147・148・150・

 159・163・221・234・237・240・327・363・365・368・394・575・593・929・941・942号機も所属していた。また同機関

 区には9658・19638号機・C11−171・180・188号機・C57-104・135号機も配属されており、活気に満ちていた。しかしDL化

 は目前に迫っており、その後各機はさらに転配属、廃車・解体の経過をたどった。本機は小樽築港〜岩見沢機関区へ移動した。

 廃車後本機以外では、D51−237号機が北海道札幌市JR北海道苗穂工場、C11-180号機が京都府宇治市、C57-135号機が

 埼玉県さいたま市鉄道博物館で静態保存されている。D51−942号機は北海道茅部郡森町で静態保存されていたが、2006/6

 に残念ながら解体処分された。

* 本機が1975(S50)年当時、岩見沢機関区に所属していた頃、僚機にはD51−59・70・165・260・566・684・953・1085

 1149号機も所属していた。既に本線での運用はほとんど無く、全機機関区内で駐機の状態であった。その後全機廃車となった。

 廃車後、幸運にも全機保存される事になり、本機以外ではD51−59号機は長野県上伊那郡辰野町、70号機は茨城県つくば市、

 165号機は富山県南砺市、260号機は富山県滑川市、566号機は北海道赤平市、684号機は東京都東村山市、953号機は北

 海道虻田郡豊浦町、1085号機は和歌山県有田郡有田川町、1149号機は滋賀県犬上郡多賀町で、それぞれ静態保存されてい

 る。由縁の薄い当地に本機が保存された経緯は不詳である。









D51-155号機  場所 長野県塩尻市大門7番町 塩尻市役所

車暦 1939日本車輌 1939米原〜1945大垣〜1950上諏訪〜1964長野〜1970稲沢第一〜中津川〜1973中津川 
                                                                   廃車・保存開始
状態 塗装は普通 後部ライト欠 他の外装諸装備良好 運転室内は暖房用圧力計・両水面計欠 他の諸計器類良好 室内良好

  屋外保存であるが足回りも整備されており、保存状態は普通である。                撮影日2007/8/17

* 再・再々訪してみました。足まわりに油が塗布されロッドも磨きだされており、各所の刻印も読み取れました。右
 リターンクランクには
D51151の刻印があります。D51-151号機は1968年に稲沢機関区で廃車になっており、
 本機が1970年に稲沢第一機関区に所属した段階で、浜松または長野工場で転用された可能性が高いと思われる。
 右合併テコには
D51355の旧印があります。D51-355号機は1970年に稲沢第一機関区で廃車であり廃車後の
 転用でしょうか。右ソケットには
D51223の元印が認められます。D51-223号機は1968年に福井機関区で廃車
 ですが、1948年から上諏訪機関区に配属されておりその間か廃車後の転用でしょうか。右コッターには
D51903
 刻印があります。
D51-903号機は1972年に中津川機関区で廃車ですが、1962〜1968年にかけて稲沢第一
 機関区に配属されていますのでこの間の転用でしょうか。右結びリンクには
D51255の元印があります。
 
D51255号機は1973年に熊本機関区で廃車であり、本機との接点は無く転用の経緯は不詳です。相変わらずきれ
 いに整備されており桜の花びらが各部位に付着しておりそれなりの風情がありました。さすが市役所内の保存機であ
 ると感心しました。                       撮影日 2009/12/05・2012/4/28

* 本機が長野機関区に所属していた頃にはテンダーに1,500リットル型重油タンクと長野工場式集煙装置を装着していた。

*本機が1955(S30)年当時、上諏訪機関区に所属し中央(東)線等で活躍していた頃、僚機にはD51−1・22・29・40・172

 174・383・412・473・477・521・587・824号機が所属していた。同機関区にはC12型機3両・D50型機2両も配属されて

 いた。その後各機は各地に転配属された。本機以外ではD51−1号機が京都市梅小路蒸気機関車館、172号機が長野県松

 本市824号機が長野県諏訪市でC12−66・171号機が各地で静態保存されている。

* 本機が1973(S48)当時、中津川機関区に所属していた頃僚機には、D51−192・201・209・238・245・522・549・

 688・792の各機も所属していた。電化に伴い1973年度末ですべて廃車となったが、201号機は愛知県蒲郡市、209号機

 は長野県伊那市、238号機は長野県木祖村、245号機は長野県坂城町、522号機は石川県金沢市、549号機は長野県長

 野市、688号機は愛知県岡崎市、792号機は愛知県春日部市でそれぞれ静態保存されている。D51−192号機は三重県桑

 名市長島町に静態保存されていたが、1984年に残念ながら解体されてしまった。別記のD51−101・200・402・777・849

 号機も含め中津川機関区に所属した蒸気機関車の静態保存率は高い。









D51-157号機  場所 北海道上川郡上川町栄町 北の森ガーデン内

車暦 1939日本車輌 1941追分〜1948遠軽〜1949北見〜1973廃車 1974保存開始

状態 塗装は普通 煙室扉ハンドル・清缶剤挿入装置欠 他の外装諸装備良好 運転室内諸計器類良好 屋外保存である

  が足回りも整備を受け、保存状態は普通である。青い空と白樺林に囲まれて、北海道を彷彿させる保存光景である。
                                                              撮影日2007/7/15

* 再訪して見ました。相変わらず緑に囲まれ静かに景色に溶け込んでいました。      撮影日 2009/08/11

* 非常に残念な結果となったようですが、D51-157号機は突然解体された模様です。詳細は不明ですが北の森ガーデン所有者の

 変更で同機は不要となり、解体処分されたようです。私の再訪直後らしく、この写真が最後の雄姿となってしまいました。


* デフレクター先端部カット・コの字型手すり先端・LP403大型ライト前後装着 国鉄釧路工場改装

* 本機が1955(S30)年当時、北見機関区に所属し石北本線で活躍していた頃、僚機にはD51−312・318号機も所属してい

 た。同機関区には8620型機5両・9600型機4両C58型機14両も配属されていた。その後各機は各地に転配属された。本機以

 外ではD51−312号機が北海道深川市で、49643号機、C58−1・82・389・390・395号機が各地で静態保存されている。

* 本機が1971(S46)年当時になると、僚機はD51−312・398・511・608・734・1077号機に交代所属しており、同機関区

 には9600型機6両・C58型機8両も配属されており、北の大地を疾走していた時代である。その後、DL化に伴い各機はさらに転

 配属、廃車・解体の経過をたどった。廃車後本機以外ではD51−398号機が北海道名寄市で静態保存されている。また49671

 が栃木県真岡市で静態保存されている。

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9600型        D50型        D51型1〜       D51型200〜      D51型300〜      D51型400〜

D51型500〜    D51型600〜    D51型700〜      D51型800〜      D51型900〜      D51型1000〜

D51型その他     D52型        D60型         D61型          E10型



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