メイン・サイドロッドの刻印に関する一考察


最初に私事で恐縮ですが、大学を卒業した私は愛媛に戻り教員と考古学の二足の草鞋を履いた生活をしておりました。蒸気機関車に対する愛着は持ち続けており内

子線のC12-231号機のさよなら運転を見送ったりもしましたが、職務としての教科指導や部活指導等の教師時代の本務は余りにも多忙であり、さらに県下一円の考

古学上の発掘調査に追われておりましたがそれでも時間を見つけては、四国内の蒸気機関車の塗装整備が行われるのを聞きつけると、当時はボランティアという言葉

もありませんでしたが駆け付けて塗装を手伝いしました。まだ国鉄指定の塗料が多度津工場に残存しており、原液に近い塗料を塗りつけていた記憶があります。

 職務と学問を優先していましたので、SLに関する趣味の世界は封印しており、退職したらという思いはずっと持ち続けていました。本格的に行動開始したのは退職

後であり、旧国鉄車両等に精通しておられ、整備の先人である「やまてつ」さんのHPを参照させて頂き、先ず3年をかけて全国各地に静態・動態保存されている蒸気

機関車の現状を写真撮影し「全国蒸気機関車写真集」としてHPを開設しました。と同時に本格的な整備・修復作業を始めました。
写真撮影の最初は懐かしい京都か

ら始めました。「梅小路蒸気機関車館」(現・京都鉄道博物館)に静態保存されている各機の素晴らしい状態に感動しました。外観塗装は漆黒に輝き、ロッド等は完全

に磨き出され油拭きされ、運転室内の計器類・操作系統機器も完全装着であり感動し、自分もこのような整備が出来るだろうかと身震いした事を覚えております。

 機体全体は当然ながら、私が興味を抱いたのは各機の各部位には明確に自機を示す刻印が存在し、また他機の刻印も存在していた事であり、その後の私の刻印

への拘りへの原点でもありましたし、さらに9633号機・D51-1号機のメイン・サイドロッドに何故か
HM(浜松)NN(長野)の刻印がある事に疑問が広がったのを覚

えています。


 私が訪れて写真撮影した保存機の大半が柵に囲まれ近づく事もままならず、許可を得て柵内部に入れても、歳月の経過とともに、何度も何度も上塗りをされ保存後

30~40年を経過し、刻印は分厚い塗装の下に隠れ判読不能の機関車が大多数でした。特にメイン・サイドロッドの刻印は油壷からの下り斜面に穿ってあり平面塗装

と変わらず、確実に分厚い塗装の下に埋没していました。(磨き出されたロッドには無刻印や削平された状態のロッドもありました。)

 刻印問題を述べる前に戦前・戦後の蒸気機関車製造メーカーと旧国鉄各工場について触れておきます。皆さんも御存知と思いますが、旧鉄道省から委託されていた

製造メーカーは汽車製造・川崎重工・日立製作所・三菱重工・日本車両の各社であり、旧国鉄工場は北から釧路(KR)・苗穂(NH)・土崎(TZ)・郡山(KY)・大宮(OM)

・長野(NN)・浜松(HM)・松任(MT)・鷹取(TT)・広島(HS)・後藤(GT)・多度津(TD)・小倉(KK)・鹿児島(KG)が有り、各機関車の中間・全般検査はこれらの主要

工場で行われていました。特に苗穂・土崎・郡山・大宮・長野・浜松・鷹取・小倉は中核工場として9600型機・D51型機の製造もしていました。

 さて、これから本題に入りますが機関車は多くの部位・部品に分かれており全てを一製造所・工場で製造していた訳では無く、それぞれの部位を専門のあるいは系列

のメーカーで製造していたと思われます。例えば動輪であれば、車軸・輪心(輪体)・軸ツバ・タイヤに分かれていたでしょう。しかし、どこが製造していたかを伺う資料は

私には持ちえず、ただ製造所のロゴや製造番号刻印等が示してくれています。そういう事に詳しい専門家の方の見解や専門書あればと切実に思うのですが、現時点で

は巡り逢っておりません。

 各部位の随所に存在する刻印に関しては製造段階で打刻された機体識別の個体番号刻印(D51-1)や各工場での検査時の確認刻印で有り、特に問題は無いので

すが、(特別な部位には工場略称表示が存在)メイン・サイドロッドに関しては異なっている事が全国を回った結果、解ってきました。

 メイン・サイドロッドの刻印に関しても国鉄から製造を発注された各鉄鋼所の製品管理部門の方・受け入れ側の国鉄各工場の部品管理部門の方・あるいはロッド等

の流通に詳しい専門家の方々がおられれば、あるいはそういう部品専門書があり私共が購入・閲覧出来るのであれば苦労はしないのですが、現時点ではそれも難し

く自分が確認したデータによる判断と言う事になります。
素人の独断的な判断かと思われますので、専門家並びに先人各位の御意見を是非とも賜りたいと思っており

ます。


 全国の蒸気機関車を撮影した結果、C10・C11・C56・C50・C51・C53型機のメイン・サイドロッドの刻印定位置には刻印は見当たりませんでしたがC12-167

号機の右第二サイドロッドには刻印があり、C56 1Hとありましたので、C10~56型機にも共有部位ですので、刻印は存在すると思われます。C12型機は生産機2

82両-保存機32両-
確認機1(以下同じ表示)、8620型機機672-保存機21-、C55型機62-4-、C57型機201-31-3、C58型機413-38-3

C59型機173-3-
、C60型機47-1-0、C61型機33-3-0、C62型機49-5-0、9600型機770-35-、D50型機380-2-、D51型機1.11

5-167-
33、D52型機285-7-、D60型機78-4-0、D61型機6-1-0でして、以上の49両に該当する刻印が存在しております。この事実から当然上

記の静態保存各機種のメイン・サイドロッドの塗装の下には刻印が存在していると判断されます。C55-1号機の刻印からC54型機にも、またC59-164号機の刻印

からC60型機にもメインロッドが共有して使用されていたと思われます。

 生産該当機4.284両(一部改造重複)-
49両(該当箇所192)=1.1%にも満たず、保存機該当機322両ー49両(該当箇所192)=15.2%ですのでいずれも

統計的にはその信憑価値は限りなく0に近いのですが、以下の一覧表を見て頂くとお解りになられるかと思いますが、
49192箇所の刻印には共通する流れが存

在する事が解りました。それでは一覧表を最初にご覧下さい。

 
          メインロッド等刻印一覧表(出典を表記して頂けますならご自由にお使いください。)

機番号 製造年・製造所 部位 刻印 刻印時・機関区 廃車年・機関区
48650 1921・汽車製造 左 第一サイドロッド HM 34 10 8620 1L  下関 1971・芸備線管
(大正11)     同側面凹部           HS 35 8 17 (昭和46)
右 第一サイドロッド HM 29  5 8620 R  下関
    同側面凹部           HS 30 2 4
58685 1922・汽車製造 左 第一サイドロッド HM  30 11 8620 1L シ31 8 28TD 小松島 1969・小松島
(大正12) 左 第二サイドロッド HM  30 11 8620  2 シ31  9 3TD 小松島 (昭和44)
右 第一サイドロッド HM 31 2 8620 1R シ31 8 28TD 小松島
右 メインロッド シ17  3  186 HM 新小岩
C12-167 1938・日本車両 右 第二サイドロッド NN  44 5  C56.1H シ44.12 加古川 1974・南延岡
(昭和13) (昭和499
C55-1 1935・川崎重工 左 第一サイドロッド 検 シ 10     *川崎重工製造時 小樽築港 1978・梅小路
(昭和10) 左 メインロッド NN 42  4 C54 55 41 222 1 室蘭 (昭和53)
1935・03・29製造 右  第一サイドロッド 検 シ 10     *川崎重工製造時 小樽築港
右 メインロッド シ19 1  51  HM 小樽築港
C57-44 1938・三菱重工神戸 左 第一サイドロッド 検 シ 13     *三菱重工製造時 高崎  1976・岩見沢
(昭和13) 左 第二サイドロッド 検 シ 13     *三菱重工製造時 高崎  (昭和51)
1938・03・20製造 左 メインロッド NN 38  7 C57 23 1 小樽築港
右 第一サイドロッド 検 シ 13     *三菱重工製造時 高崎 
右 第二サイドロッド 検 シ 13     *三菱重工製造時 高崎 
右 メインロッド HM 36  6 C57 061  27 小樽築港
C57-110 1939・三菱重工神戸 左 第二サイドロッド HM 33  6 C57  2  5 山田 1973・亀山
(昭和14) 左 メインロッド NN 40  8 C57  40  94  1 亀山 (昭和48)
右 第二サイドロッド HM 33 6 C57 2 5 山田
右 メインロッド NN 42 11 C57  42 112  1 亀山
C57-148 1941・三菱重工神戸 左 メインロッド NN 40 4 C55 57 232 1 亀山 1972・亀山
(昭和16) 右 メインロッド NN 40 4 C57 17 2 亀山 (昭和47)
C58-1 1938・汽車製造 右 第二サイドロッド S3903  シ26 4  TD 北見 1972・梅小路
(昭和13)       (昭和47)
C58-12 1938・川崎重工 左 第二サイドロッド NN 42 11 C58 2 L 42 191 高松 1970・小松島
(昭和13) 右 第二サイドロッド NN 42 11 C58 2 R 42 192 1 高松 (昭和45)
C58-56 1939・川崎重工 左 メインロッド NN 42  4 C58  41 2 28 2 福知山 1970・福知山
(昭和14) 左 第一サイドロッド NN 40  1 C58  1L 180 1 福知山 (昭和45)
C58-82 1938・汽車製造 左 メインロッド NN 40  9 C58 40 97 2 41 12 7 北見 1973・北見
(昭和13)) 右 第二サイドロッド NN 41  9 C58 41 76 2 北見 (昭和48)
右 メインロッド NN 42  7 C58 42 78 2 42 8 24 北見
C59-1 1941・汽車製造 左 第一サイドロッド HM 32 10 C59 1  57  1 門司港 1965・熊本
(昭和16) (昭和40)
C59-164 1946・日立笠戸 左 第二サイドロッド HM 35 12 C59 C60 1  84 糸崎 1979・梅小路
(昭和21) (昭和54)
機番号 製造年・製造所 部位 刻印 刻印時・機関区 廃車年・機関区
9633 1914・川崎重工 左 第二サイドロッド HM 36 7  9600 2L  25 小樽築港 1979・梅小路
(大正4) 左 メインロッド シ 19 11 HM 99 A シ38 10 室蘭・小樽築港 (昭和54)
左 第三サイドロッド HM 34 5  9600 3L  10 小樽築港
右 第二サイドロッド HM 36 7  9600 2R  27 小樽築港
右 第二サイドロッド HM 36 7  9600 2R  27 小樽築港
右 メインロッド シ 16 10 HM 88 A シ38 10 富山・小樽築港
右 第三サイドロッド NN 42 6  9600 3R 42 25 1 小樽築港
19633 1917・川崎重工 左 第一サイドロッド シ 11 8 26 HM 宮地 1973・若松
(大正7) 左 第二サイドロッド NN 38  6  9600 1L  8?  2 若松 (昭和48)
左 第三サイドロッド NN 38  1  9600 3L  30  2 若松
右 第一サイドロッド NN 43 11 9600 1R 43 154 1 若松
右 第二サイドロッド NN 4? ?  9600 2R 43 38 2 若松
右 第三サイドロッド NN 39 11 9600 3R 1 25 1 若松
29612 1919・汽車製造 左 メインロッド シ.30.4 KK *側面凹部 西唐津 1974・西唐津
(大正9) 右 メインロッド シ.30.4 KK *側面凹部 西唐津 (昭和49)
右 第三サイドロッド シ.34.3 KK *側面凹部 西唐津
59634 1922・川崎重工 右 第三サイドロッド HM 30 3  9600 3R 山形 1974・後藤寺
(大正・12) (昭和49)
59647 1922・川崎重工 左 第三サイドロッド HM 32 7  9600 54 行橋 1974・後藤寺
(大正・12) 右 第三サイドロッド  42 12 KK  *側面 行橋 (昭和・49)
79615 1924・川崎重工 左 第二サイドロッド NN 40 11  9600 2L 40 151 1 倶知安 1974・小樽築港
(大正14) 左 第三サイドロッド HM 33 10  9600 3L 160 伊達紋別 (昭和49)
右 第二サイドロッド NN 44 5  9600 2R KS 55 倶知安
右 メインロッド NN 40 7 9600 10 46 2 倶知安
右 第三サイドロッド HM 33 10  9600 3L 187 伊達紋別
79642 1924・汽車製造 左 第一サイドロッド HM 36  6  9600 1L 22 高山 1976・追分
(大正14) 左 第二サイドロッド HM 30  6  9600 2L 高山 (昭和51)
左 メインロッド  HM 37  6  9600 6 高山
左 第三サイドロッド NN 38   8  9600 3L 高山
右 第二サイドロッド HM 29  11  301 R2  9600 上諏訪
右 第三サイドロッド HM 35   7 9600 3R 33 高山
D50-140 1926・日立笠戸 左 メインロッド HM 30 12 D50 直方 1979・梅小路
(昭和1) 右 メインロッド HM 33  3 D50 28 直方 (昭和54)
D51-1 1936・汽車製造 左 メインロッド HM. 35 12 D51  82 上諏訪 1986・梅小路
(昭和11) 左 第三サイドロッド NN. 39  6 D51 1. 3. 38 1 盛岡 (昭和61)
右 第二サイドロッド HM. 31  3 D51  2 上諏訪
右 メインロッド HM 35  2 D51 120 上諏訪
D51-10 1936・川崎重工 左 第一サイドロッド NN 40 10 D51 13 40 140 2 鳥栖 1973・直方
(昭和11) 左 第二サイドロッド                背後にM266K (昭和48)
左 メインロッド NN 38 11 D51 51 2 鳥栖
               背後にM179K
左 第三サイドロッド                背後にM267K
右 第二サイドロッド NN  39 10 D51 2  129 1 鳥栖
               背後にM525K
右 メインロッド                背後にM60K
右 第三サイドロッド                背後にM270K
D51-18 1936・汽車製造 左 メインロッド シ 13 8   HM 長町 1972・厚狭
(昭和11) 右 メインロッド NN 43. 4  D51 43.9 KG 吉松 (昭和47)
D51-96 1938・汽車製造 左 メインロッド NN. 40. 10 D51 40. 137 長野?岩見沢? 1976・滝川
(昭和13) (昭和51)
D51-146 1938・日本車両 右 第二サイドロッド NN. 42.4  D51 2 41 208 1 長万部 1970・高崎一
(昭和・13) 右 メインロッド NN. 39 D51 1. 1. 長万部 (昭和45)
D51-201 1938・国鉄浜松 左 メインロッド HM  35 12 D51 78 高山 1972・中津川
(昭和・13) 右 第二サイドロッド HM 33 7 D51 2 42 名古屋 (昭和47)
右 メインロッド NN 43 4 D51 42 303 2 高山
D51-244 1939・国鉄大宮 左 第二サイドロッド HM  29  1 D51 2  257 柳井 1961・門司
(昭和・13)14) 左 メインロッド NN  42 12 D51 1 42 232 2 門司
左 第三サイドロッド NN  43 1 D51 1 3 42 22 門司
右 第二サイドロッド NN  42 2 D51 2 44 ?? 門司
右 メインロッド NN  42 12 D51  42 1 1 門司
右 第三サイドロッド NN 42  3  D51 1 3 41 191 1 門司
D51-266 1939・川崎車輛 左 メインロッド HM  35  1 D51  105 中津川 1971・中津川
(昭和・14) (昭和46)
D51-300 1939・川崎車輛 左 第一サイドロッド HM  35  8 D51  厚狭 1972・厚狭
(昭和14) (昭和47)
D51-337 1939・日立笠戸 左 メインロッド NN 41 12 D51 41 1 37 1 名寄 1975・名寄
(昭和・14)) (昭和50)
D51-349 1940・日立笠戸 右 第三サイドロッド NN 41 1?D51 1 3 41.96 追分 1976・追分
(昭和・15) (昭和51)
D51-397 1940・日本車両 右 メインロッド NN 39 1 D51 66 2 五稜郭 1976・追分
(昭和・15) (昭和51)
D51-401 1940・日本車両 左 メインロッド NN 40 12 D51 7 ? 2 長町 1973・木曽福島
(昭和・15) (昭和48)
D51-403 1940・日本車両 左 第一サイドロッド NN  43  2 D51 1 3 42 254 1 奈良 1973・奈良
(昭和・15) 左 第二サイドロッド NN 44  2 D51 2 43 201 2 奈良 (昭和48))
左 メインロッド HM  36  4  D51  6 長野
右 メインロッド HM  37  3  D51 12 長野
D51-422 1940・日本車両 左 第一サイドロッド NN  42 6 D51 1 12 26 1 新見 1971・新見
(昭和15) 左 第二サイドロッド NN  38 4 D51 2 69 1 新見 (昭和46)
左 メインロッド NN  42 3 D51 41 199 2 新見
左 第三サイドロッド HM  34 3 D51 52 3 岡山
右 第一サイドロッド NN  38 D51 1 3 578 新見
右 第三サイドロッド NN  42 6 D51 1 3 42 26 1 新見
D51-470 1940・国鉄大宮工場 左 第一サイドロッド シ14 11  198 HM * 製造前 1974・長門
(昭和・15) 左 第二サイドロッド シ14 11   93 HM * 製造前 (昭和49)
1940・02・12製造 左 メインロッド シ14 11   74 HM * 製造前
左 第三サイドロッド シ14 11  201 HM * 製造前
右 第一サイドロッド シ14 11  199 HM * 製造前
右 第二サイドロッド シ14 11   93  HM * 製造前
右 メインロッド シ14 11  74  HM * 製造前
右 第三サイドロッド シ14 11  201 HM * 製造前
D51-483 1940・国鉄小倉工場 左 第二サイドロッド HM シ15 4  233 Aシ38 4 2 小樽築港 1976・滝川
(昭和・15) 左 メインロッド NN 38 4  D51  54 小樽築港 (昭和51)
左 第三サイドロッド NN 42 8 D51 1 3 42 11 9 小樽築港
D51-499 1941・国鉄鷹取工場 左 メインロッド HM 31 12  D51 101 鳥取 1973・奈良
(昭和・16) 左 第三サイドロッド NN 40  D51 13 203 1 福知山 (昭和48)
右 第一サイドロッド NN 40 5 D51 1 257 福知山
右 第三サイドロッド HM 30 2 D51 13 58 鳥取
D51-561 1940・国鉄苗穂工場 左 第二サイドロッド NN 40 11 D51 2 40 144 2 富良野 1976・滝川
(昭和15) 左 メインロッド HM 35 11 D51 70 A シ47 6 富良野 滝川 (昭和51)
左 第三サイドロッド シ15  9  118 HM 苗穂工場
右 第二サイドロッド シ15  3  164 HM  A 39 5 苗穂工場
右 メインロッド NN 41 10 D51 41 103 2 富良野
D51-592 1941・日立笠戸 右 メインロッド NN 38 12 D51  KG 39 10 出水・出水 1972・厚狭
(昭和16) KG3910字体も小さく取り付け日か検査日 (昭和47)
D51-718 1943・日立笠戸 左 第一サイドロッド NN 44 3 D51 1 3 KS13 龍華 1974・亀山
(昭和18) 左 第二サイドロッド NN 44 2 D51 1 2 43 166 2 龍華
左 メインロッド HM 37 2 D51 110 釜石
左 第三サイドロッド NN 44 4 D51 1 3 KS15 龍華
右 第一サイドロッド NN 44 3 D51 1 3 KS128 龍華
右 第二サイドロッド NN 44 2 D51 2 43 201 1 龍華
右 メインロッド NM 37 3 D51 110 釜石
右 第三サイドロッド NN 44 4 D51 1 3 KS22 龍華
D51-724 1943・日立笠戸 左 メインロッド HM 35 1 109 長岡一 1971・酒田
(昭和18) (昭和46)
D51-737 1943・日本車両 左 メインロッド NN 41 10 D51 NN 105 1 盛岡 1976・岩見沢一
(昭和18) (昭和51)
D51-777 1942・汽車製造 左 第二サイドロッド NN 43  6 D51 2 43 12 1 中津川 1972・中津川
(昭和17) 左 メインロッド NN 40  7  D51 40 61 2 中津川 (昭和47)
右 第二サイドロッド NN 43  6 D51 2  中津川
D51-792 1942・三菱重工神戸 左 第二サイドロッド NN 42 12  D51 2 42 201 1 中津川 1973・中津川
(昭和17)) 左 メインロッド HM 34 11 D51 22 中津川 (昭和48)
右 第二サイドロッド NN 40  4  D51 2  255 2 中津川
右 メインロッド HM 34 11 D51 22  中津川
D51-793 1942・三菱重工神戸 左 メインロッド HM 35  8  D51 21 木曽福島 1970・金沢
(昭和17) 右 メインロッド HM 35  8  D51 27 木曽福島 (昭和45)
D51-831 1942・国鉄鷹取 左 第二サイドロッド シ17 1 2 250 HM 鷹取工場*製造前 1973・奈良
(昭和17) 左 メインロッド HM 36  1  D51 83 豊岡 (昭和48)
1942・12・05製造 左 第三サイドロッド シ17 10 ?   HM 鷹取工場*製造前
右 第一サイドロッド シ17 10 2196  HM 鷹取工場*製造前
右 第二サイドロッド NN 43 4 D51 2 42 273 1 豊岡
右 メインロッド ? 28 12 5 HM D51
右 第三サイドロッド シ17 12  22  HM 鷹取工場*製造時
D51-838 1943・国鉄鷹取工場 左 メインロッド シ17  5  5   HM 鷹取工場*製造前 1973・浜田
(昭和18) 1943・05・10製造 左 第二サイドロッド シ18  2 251  HM 鷹取工場*製造前 (昭和48)
D51-853 1943・国鉄鷹取工場 左 メインロッド HM 34 12  D51  31 長岡一 1972・酒田
(昭和18) (昭和47)
D51-859 1943・国鉄鷹取工場 左 第二サイドロッド NN 37  9  D51 2  332 遠軽 1972・旭川
(昭和18) 左 メインロッド HM  36  1  D51  56 遠軽 (昭和47)
左 第三サイドロッド NN 43  D51 1 3 12 27 6 遠軽
右 第二サイドロッド NN 42   D51 2 42 1? 遠軽
右 メインロッド NN 42  2  D51  41 ?? 遠軽
D51-895 1944・日立笠戸 左 第一サイドロッド NN 43 9 D51 1 3 13 107 1 福知山 1972・奈良
(昭和19) 左 第二サイドロッド NN 42 6 D51 2 42 47 2 福知山 (昭和47)
1944・05・10製造 左 メインロッド S43 11 GT M 福知山
左 第三サイドロッド NN 39  4  D51 1 3 93 2 福知山
右 第一サイドロッド 判読不能
右 第二サイドロッド NN 42 8 D51 2 42 84 1 福知山
右 メインロッド シ18 10  HM  N19 TT S43 *製造前  福知山
右 第三サイドロッド NN  43  8  D51 1 3 43 92 1 福知山
D51-930 1943・川崎重工 左 第一サイドロッド HM  35 10   D51 1 3  44 敦賀 1972・紀伊田辺
(昭和18) 左 第二サイドロッド NN 43  6  D51 2 43 34 2 紀伊田辺 (昭和47)
左 メインロッド NN  39 10   D51 138 1 盛岡
左 第三サイドロッド HM  35 10   D51 1  3  46 敦賀
右 第一サイドロッド HM  35 10   D51 1  3  44 敦賀
右 第二サイドロッド HM  36 11   D51  39 米原
右 メインロッド HM  27  3  D51  60 敦賀
右 第三サイドロッド HM  35 10  D51  1  3  45 敦賀
D51-943 1944・川崎重工 左 第二サイドロッド HM  36 11  D51  39 小樽築港 1976・滝川
(昭和19) 左 メインロッド NN 39  7  D51  59 2 小樽築港 (昭和51)
D51-947 1944・川崎重工 左 第二サイドロッド NN  42  2 鷲別 1971・鷲別
(昭和19) (昭和46)
D51-1149 1944・川崎重工 右 第二サイドロッド シ19  A  シ 43 7 *製造時・小樽築港 1976・岩見沢一
(昭和19) 左 メインロッド NN  43 1 D51 42 246 1 小樽築港 (昭和51)
1944・08・27製造 右 第一サイドロッド NN  43 5 D51 1 3 42 308 1 小樽築港
右 第二サイドロッド NN  39 ? D51  水戸
右 メインロッド NN  43 1 D51 42 250 2 小樽築港
D52-235 1946・川崎車輛 左 メインロッド NN  41 10  D52 ?  51 1 五稜郭 1972・五稜郭
(昭和21) 右 第二サイドロッド NN  38  6  D52 2  4  2? 五稜郭 (昭和47)
右 メインロッド HM  37  9  38 2 五稜郭
D52-468 1946・三菱重工三原 左 第二サイドロッド 検 シ 16  A  シ 38 5 転用部品*製造前 1979・梅小路
(昭和21) 左 メインロッド NN  38  5  D52  43 2 五稜郭 (昭和54)
1946・02・19製造 右 第二サイドロッド 検 シ 16  A  シ 38 5 転用部品*製造前
右 メインロッド NN  42  4  D52  41 224 1 五稜郭
右 第三サイドロッド NN  43 11 D51 1 3 43 180 2 五稜郭

       79642号機は整備準備中ですのでHPには公開しておりませんが、事前調査で刻印は確認しております。

* 先ず最初に、ロッドの刻印の打ち方には大きく二種類に大別されます。一つは 検 シ16(年号)あるいはシ16のようなシンプルな形態でこの刻印は機関車製

造所である川崎車輛(重工)・汽車製造・三菱重神戸・日立製作所笠戸・日本車車両での製造を示すのではと考えられます。
二つ目はNH・あるいはNN 39(年号)

7(月) D51(9600)機種 1・2・3は第一~第三ロッドを示し、43 12 1は製造年月日や製造番号を示すと思われます。このような具体的な刻印は国鉄が製

造した苗穂・土崎・郡山・大宮・長野・浜松・鷹取・小倉の各工場製を示しており。
NM・NNはその供給管理工場なのではと考えました。
 
 ロッドは機関車の各部位の中で回転・過重にによる消耗は激しく、製造年を示すロッドを保存機が現在も装着しているを最初に探しました。一例目はC55-1号機

(川崎重工・昭和10年製)の左右第一サイドロッドに、検 シ 10の刻印があり、二例目は私が整備したC57-44号機(三菱重工神戸・昭和13年製)の左右第一・

第二サイドロッドには 検 シ 13の刻印が、三例目は荒廃しきったD51-1149号機(川崎重工・昭和19年製)の右第二サイドロッドに シ 19 の刻印が認めら

れました。製造機メーカーの保存機ではこの三例のみです。当然保存機の分厚い塗装の下には同様の刻印が隠れていると思います。

 では次に国鉄工場の保存機ではというと驚異の事実が判明しました、それは知友の長縄氏が長年に渡り整備を重ねられた、D51-470号機(国鉄大宮工場・昭和

15年製)です。同機の全てのロッドには
何と製造前のシ14
 11 HM の刻印が存在しました。この事を「やまてつ」氏に尋ねますと、「走行距離も関係するでしょうが

酷使に耐えた品質の良さ」でしょうかというお話でした。D51-483号機(国鉄小倉工場・昭和15年製)の左第二サイドロッドには HM シ 15が、D51-561号機

(国鉄苗穂工場・昭和15年製)の左第三・右第二ロッドには シ 15 
HM の刻印が、更にD51-831号機(国鉄鷹取工場・昭和17年製)・D51-838号機(昭和

18年製)の左右第三・右第一、左メイン・第二の各ロッドには シ 17 HM シ 18 HMの刻印が存在しました。これで国鉄各工場製には(浜松は当然で恐らく残り

の土崎・郡山・長野工場製は浜松工場製のロッドを使用していたと推察されます。19633号機左第一サイドロッドのシ11 8 26が保存機のHMの最初の刻印になり

ます。
 
 このHMの刻印はシ37までは見られますが、シ38からは確認できておりません。代わってシ37にはNNが混在し、シ38からはNNに移行しております。このことを「や

まてつ」氏に伺いますと、「HM浜松工場は来るべき新幹線開通に向けて工場全体が構造改革している時期に相当し、蒸気機関車に関するロッド製造はNN長野工場に

移管したのでしょう。」というご教示を頂きました。そのNNの表記もシ44以降の検出は見られず、合理化によるSL廃止・解体の経緯がここにも読み取れるのでは無い

かと思われます。これで私の長年の疑問も解決いたしました。今後ケレン整備をされる方々にはケレンの際にはロッド油壷の下り面には刻印の存在があるかもという

視点で作業をして頂き、さらに刻印が確認されますことを祈念しております。
             2018/03/31 愛媛のKAZE  seifu ooyama


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