「SL整備記録 NO-1 大山正風」
            C58-353号機整備状況 和歌山県那智勝浦町

 私が最初に本機を訪れたのは2007/11の事でした。町役場のすぐ横の「築地公園」に保存されている本機は保存というよりは「放置」
されているという表現が正しい状態でした。全国の保存機の中でワースト5に位置づけられる状態で、機体全ては錆に覆われ刻印一つ確
認できない状態でした。早急に整備する必要があると感じられました。次に訪れたのは2010/02でした。三重県熊野市下平公園に保存
されていたC58-418号機が突然解体処分される事になり、せめてその状態をと撮影の帰りに再訪しましたが、状態はさらに酷くなり本
機もこのままでは解体の道をたどるのでは無いかと思われました。「世界遺産」の存在する町であり町当局のすぐ横であるのにどういう事
かと辛口コメントを一時ホームページに記載した事もありました。
 その当時、三重県松阪市中部台公園のC58-51号機の整備活動に献身的に従事されていたのが松阪市在住の野呂昭一氏です。野
呂氏は本機もこのままでは解体されるのでは無いかと危惧され、町当局に数度足を運び保存・整備の必要を訴えました。そして単独でこ
の3月以来整備活動を始められました。それに呼応して「熊野鉄道倶楽部」の事務局である勝浦町在住の梶信隆氏が協力され、今回の整備活動が行われる事になりました。
 野呂氏以外で活動に参加した各氏は東京都から「やまてつ」氏・愛知県から長縄氏・岡山県から今川氏・京都府から山田氏・兵庫県から
川上氏・地元から梶氏と紅一点前田氏、そして愛媛から私と、整備の趣旨に賛同する者が機材等の持ち寄りで参加しました。
 既に野呂氏が先頭部と缶上部の塗装、動輪・ロッド等のケレン作業を一応済まされていたので、私たちはキャブ内部と天井部、各細部位
とテンダー部のケレン作業、そして全体塗装を2012/7/14~16で行いました。作業の行程で火室の大量の石(擬似石炭)を除去中にA
TS用発電機のカバーや前方部左の両踏み板が見つかり、修理・溶接を行いました。また作業の行程で本機以外の
C58-187号機
D51-673号機の刻印も確認できました。また貴重なD50-124号機のコンプレッサーである事も判明しました。

*整備される前の本機の状態(2010/02) 見るも無残な状態でした。


整備活動1(2012/07/14~16)

* きれいに塗装された機体

* ケレン・塗装作業

* 各部位等

 整備活動の結果、左第一・第三動輪にはC58187の旧印が認められました。C58-187号機は1974年に新庄機関区で廃車になっていますが、1945~

1961年まで紀伊田辺機関区~和歌山機関区に配属されていましたので、この間に鷹取工場で転用されたのでしょう。おそらく右第一・第三動輪も転用の可能

性が高いと思われます。左第二・右第一サイドロッド油壷にも
C58187の旧印が認められます。

 左コンプレッサーには昭和41年3月松任工場・
D50124のプレートが残っていました。D50-124号機は1968年に福井機関区で廃車になっており、廃車

後本機に転用されたのでしょう。また右先輪軸ツバには
D51673の刻印があります。D51-673号機は1969年に倶知安機関区で廃車になっていますが、

1946~1955年まで吹田機関区に配属されていましたので、その間に鷹取工場で本機に転用されたのでしょうか。また火室の中からATS用発電機のカバー

が出てきました。その蓋裏には47、9、24・Tの日付が読み取れました。まさしく廃車直前の鷹取工場での取り付けが伺えます。

 二日半の強行軍でしたが、何とか当初の予定を終了する事ができました。勝浦町在住の旧国鉄OBの東さんをはじめOBの方々から慰問や激励の言葉と感謝

の言葉をいただきました。そして今年の新宮鉄道100周年のイベントの一貫として本機を活用したいとの希望を持っておられ、改めて町当局や議会に対して定

期的な整備と活用の在り方について協議して行きたいと、 思いを熱く語っておられました。私達も今後も協力させていただきたいと思う気持で一杯です。今回の

整備活動に協力された各地の皆さん、大変お疲れ様でした。即席でしたが良いチームワークで本機の整備に関われた事を嬉しく思います。翌日早朝の朝日に輝

き蘇った本機を眺め、爽やかな気持で勝浦町を後にしました。まだまだ整備する個所がありますので今後も松山から出向きたいと思います。
2012/07/19


整備活動2(2012/09/22~23)
 今回は09/22・23日にテンダー内側の塗装と運転室内の操作系統機器の整備を中心に行いました。まず、前回塗装出来なかったテンダー内側をケレンし水

洗後乾燥を待ち塗装しました。水タンク部の整備は次回としました。次に運転室内の操作系統機器の中で逆転ハンドル・両制動弁・加減弁テコ・圧力計の各バル

ブの可動を目指しました。廃車後38年特に整備される事も無く現在に及んでいますので、各部位は完全に錆び付いた状態でした。先ず各部位をバーナーで熱し

オイル・グリスを油壷や接合面から浸透させ可動を試みました。当初は微動すらしなかった各部ですが、繰り返し作業を続けた結果2日目には加減弁テコは微

動状態ですが他の機器はスムーズに可動できる状態になりました。逆転ハンドルを磨き出した結果ハンドル部に
C58353の刻印がありました。全国の保存機

を撮影してきましたが、今回初めて認識できました。以後逆転ハンドル部も注目していきたいと思います。今回は荒廃していた当時の運転室内~前回の整備状

況~今回の整備状況を含めて構成してみました。

 次回は11月下旬を予定していますが、その他の操作系統・電気系統機器、各圧力計の整備、運転室前後・側面の窓及びガラス、蒸気分配箱や配管を含めた

運転室内の塗装、テンダー部水タンク内の清掃などを予定しています。                                  2012/09/24


* 整備活動3 (2012/10/28)
 一応、担当していた窓枠関係が製作できましたので、この作業を含めると11月23~25ではとても整備できないと思い、僅か1日の強行軍でしたが、整備道

具を積み込み出かけました。福知山のC58-56号機の採寸を参考に本機の実測値を元に製作しましたが、戦前・戦中型と戦後型では微妙に寸法が異なり、か

つ各機関区単独の造作もあったようでして、現地での微妙な細工が必要でした。今回は木工・金工・大工道具等を持参しました。

 右窓部は上下・左右の微調整でスムーズに取り付けられましたが、左(機関士)側は窓の敷居部が上下に凹凸しており、この調整にかなりの時間を費やしまし

た。何とか平坦に調整し窓を取り付けスライドさせることが出来ました。後部3枚窓はレール部が基部から外れ落ちており、レールを基部に取り付ける作業が大

変でした。レールの歪みを直し、溶接は出来ないのでドリリングで何とか穿孔し、ボルト・ナットで固定しました。結果3枚とも左右にスムーズに動かせることがで

きました。

 左右の入口窓ですが、採寸通りに製作したのですが、内側の押さえ鉄板部のボルトが錆付いており、オイルを咬ましたのですがビクともせず内側からの取り付

けが出来ず、窓枠の左右をmm単位で削り叩きいれるしか方法が無く、道具不足で今回は断念しました。

 次に、速度計・両ブレーキ圧力計ですが、本体のみで文字盤・針・ガラスは欠如した状態でしたが、本体はしっかりしており復元可能な状態でしたので仮の文字

盤(写真合成)・プラ板で作成して仮に設置して見ました。左右の前後の窓・後部左右の丸窓も内側の押さえ鉄板を外すことが無理であり、プラ板を若干小さく切

り取り押し込む形での取り付けを試みました。右前窓・左後部窓のみ完了で残りは後日となってしまいました。


* 整備活動4(2012/11/3~4)
 左右入口のドアの削りが完了しましたので、先週に引き続き4度目の那智勝浦行きです。今回はいつも助手席に同行していた家犬「竜」は留守番です。さて、ド

ア部ですが左は内ストッパーが欠損しており、窓を止める事が出来ませんので外側に仮の留め金を付けて入れ込みました。右側は内ストッパーはありますが、最

下部の止めが腐食し欠如しており完全に窓が内部に落ち込んでしまいます。上部に転落防止の枠を仮に付け入れ込みました。左右とも上下にスライドしますが、

正規の幅より狭いため若干のグラツキは否めません。運転士・助手の両椅子も仮に取り付けました。

 次に各圧力計の各配管の磨きだしと水面計の復元に取り掛かりました。この段階で野呂氏が来られたので作業分担で行いました。細身の野呂氏には焚口から

火室に入っていただき、内部に堆積している種々のゴミや石炭に模した石を完全に除去しました。そして最後に内部を水で洗浄し完全に納入時の状態に戻しまし

た。本機の火室はアーチ管・レンガアーチも完全に残っております。現在C58型機の動・静態保存機は50機であり、その中で火室が見られるのは動態機以外で

は15機ですが、火室内部はゴミと模擬石炭に覆われ、火室の床面まで見られ、、アーチ管・レンガアーチが揃っているのは、C58-139・239・244・342機に

すません。今回、本機が完全に清掃され最も火室が良い状態の機と思います。(梅小路蒸気機関車館の火室公開の各機と同等)
是非とも12月1日の一般公開

では火室の内部を焚口からご覧いただきたいと思います。

 次に水面計ですが、もちろんガラス芯管や外ガラスは欠損しております。代用品を芯にして上部・下部を溶剤で閉じ芯管内部に水を入れてみました。実物同様

の感じで我ながら感心しております。次に各計器類の復元作業を行いました。アスベストを染み込ませた可能性のある防錆・断熱布を慎重に除去し、各配管の

磨きだしを二人で行い全体の60%を終了しました。最後に運転室内の水洗いを行い長年の埃と細かなゴミ等を一気に洗い落とし作業を終了しました。これで整

備活動最終日2012/11/23~25で運転室内や整備未了の部位の作業が出来易い状態になりました。「熊野鉄道100周年記念」の一環として、2012/12/1

に本機が一般公開される予定です。

 公開される以上少しでも綺麗な状態に仕上げたいと思います。あのボロボロの無残な状態の本機が少しづつ少しづつ本来の姿に戻りつつあります。整備に興味

のある方は、どうぞ整備活動5の11/23~25にお越しください。少しでもお手伝いいただければ(銅配管の磨き、ツヤ出しなど軽い作業です。)幸いです。汚れま

すから作業服で!                                                                  2012/11/05


* 整備活動5(2012/11/23~25)
 5度目の那智勝浦行きです。早朝に到着しますと周囲が妙に明るいので確認しましたら、紀伊勝浦駅と本機の間の桜の木々が西部の数本を残し根元から伐採

されておりました、これはイベントに備え本機が駅のホームからよく見えるための、JR西日本の御配慮である事が判明しました。また、一般公開を迎えるにあたり

不安であった左右入口の鉄階段は補強・新しく作られておりました。これは町当局の御配慮でした。関係当局も動いて頂いた訳で、私たちも整備の励みになりまし

た。

 今回は運転室内の各計器廻りの仕上げと各配管の磨き出し、機体全体の油拭き各部位の名称札貼り付けを作業行程として組みました。注水器廻りのアスベス

ト塗布の断熱布を慎重に除去し、注水器や各バルブの基部の磨きだし、運転席足元の各配管の磨きだしをしました。作業が進むと見違える程の運転室内が誕生

しました。荒れ果てた以前の状態と比較して頂ければ一目瞭然です。

 ここで一つお断りをしておきます。運転室内の速度計・各圧力計は文字盤を微かに残し、針・ガラスは全欠の状態でした。現在小型圧力計はDDやDL等の計器

を応用する事は可能ですが入手は困難です。ましてや缶・シリンダー用の大型圧力計は全く入手不可能な状態です。今回計器の本体は残存していましたので、

文字盤・針・ガラスの入れ替えを行いました。と言うよりは写真による復元を行いました。私は全国の静態保存機の写真撮影をしておりますので、圧力計等の文

字盤の状態の良いものを原寸大に引き伸ばし複製しております。写真ではお解り難いでしょうが全て複製です。鷹取・長野・苗穂工場の各計器が揃っております。

両水面計も芯管を新しく作り内部に水を入れて密閉しております。(これ以上の盗難被害を受けない為にあえて申し上げておきます。)


 整備を続けていた野呂氏よりテンダーの右従輪軸座に他機の刻印があるとの報告を得ました。テンダー右第二従台部第三従輪軸座に
C58-214の刻印が、

第四従輪軸座には
C58-352の刻印が認められます。C58-214号機は1971年に紀伊田辺機関区で廃車に、C58-352号機は1972年にやはり紀伊田辺

機関区で廃車になっています。両機とも廃車後に本機に転用されのでしょう。また、本体の左従輪軸座には
C58-1??の刻印が読み取れます。おそらく第一・

第三動輪同様に
C58-187号機のものと思われます。最後に窓ガラスを磨き運転室内の表示をして床を最終塗装し、機本体の油拭きを終え一般公開を迎える

体制が整いました。                                                             2012/11/30


* 整備活動6(2012/12/01)・C58-353号機一般公開
 到着後、直ちに運転席左窓下の腐食部の整備と塗装、テンダー後部ライトの装着、機体各部位の表示を行い一般公開への準備が完了しました。機体前面に

は日章旗と特別臨時列車と同じステッカーが貼られ、AM,10:50 臨時列車(熊野~三輪崎間)の出発時に外部コンプレッサーからの圧力で本機の汽笛を鳴らす

事から開始となりました。
(イベントの全体の様子は http:www.facebook.com/kumanotetudouclubで詳しく紹介されています。)

 SL会場にはAM11の開場と共に多くの町内の方々が、ご夫婦で、家族ずれで来られました。機関車後部には持参したHOゲージのC12型機を除く8620型~

C62型・9600型~D62型機を展示し、C58型機が客車(スハ)2両を牽引して走り、実機と比較してもらいました。子供たちには好評のようでした。運転室内に

は往時に使われた「タブレット」や勝浦~紀伊田辺間の運行時間表・運行確認用の専属時計もそれぞれの場所に設定され、運転室内は完全に再現されました。

 10名毎に運転室に入っていただき機関車の動かし方を私が説明させていただき、その後各機器を動かしていただきました。年配の方を始め、初めて運転室

をご覧になった方が大半であり興味深くご覧になり質問もされて来られました。時間内に120名の方々が運転室を見られ、特に国鉄OBの方は懐かしく感慨深く

計器類を触られ、往時の様子を話されておられました。今回の整備で可動可能な箇所は本体ではランボード下部の左右空気溜の両コックレバー・運転室下部

の排水等の各レバー、運転室内では運転席前の逆転ハンドル・砂撒き作用3レバー・バイパス弁作用コックレバー・加減弁テコ、蒸気分配箱では各バルブ及び

焚口炉扉です。

 本来はもう少し時間をかけて整備するのがベストなやり方と思いますが、100周年記念の行事の一環として一般公開をされるという事でしたので、無理を承知

で整備させていただきましたので、まだまだ未整備の所が存在します。整備している側としても綺麗になればなるほど気がかりな点が増加し、全体的には80%

の整備状況かと思われます。これらに関しては野呂氏が地元の方々と話し合いをされて、よりよい整備のあり方、保存への活動などを展開されれば本機が解体

されるというような事態は少なくとも回避されるものと思います。                                             2012/12/05
            

* 整備活動7 (2012/12/15~16)
 今回で7度目の那智勝浦行きです。松山から片道650km・10時間の運転もこれが最後となります。夏の初めの作業開始からもう真冬の景色です。

 今回の主作業は機体下部の各銅配管(細管)の磨きだしを行うためです。12/01のイベントでは多数の勝浦町内外の皆様に整備された本機を見ていただきま

した。本機の整備の経過を語るにどうしても触れなくてはならない機関車があります。それは隣県三重県熊野市下平公園に静態保存されていた
C58-418号機

です。2007/11に最初に訪れた時には公園内に屋根は付いているものの、荒廃の一途をたどった418号機が余りにも見るも無残な姿をさらしていました。プレ

ートは全て失い、前後のライトも失い機全体は錆に覆われ、運転室の凄惨さは酷く写真撮影をあえてしませんでした。418号機は戦後型の特徴をよく示し、テン

ダーは船底型の丸みを残し、機前面には北海道型(釧路機関区)の特徴である手すりが両端にありました。本機353号機の様に周囲をフェンスで囲われる事も

無く自由に入り、さわれる状態で静態保存がされていました。それゆえ小さなお子さんが機関車に登られ、落ちて怪我をされる事があったと聞いております。それ

が契機となり418号機の解体が決定されたようです。保存を訴える声が無かった訳ではないと思われますが、解体は粛々と行われ私が解体の報を聞きつけ駆

けつけた時には既に動輪と前方部を残すのみの無残な状態でした。釧網本線と石狩本線で二度も「さよなら列車」を牽引した名誉ある機関車の最後としては誠

に哀れな結果でした。私はあえてその状態を撮影しホームページに掲載しました。二度とこのような措置がされないためにも・・

 私はその帰路本機を訪れ再撮影をしております。その時点で町当局に保存状態と今後の見通しを伺いました。(解体の予定は無いし、そのような声は無い。

状態が悪いのでなんとかならないのかと言う声はあるが、現段階では現状維持しか無い。)とのお答えでした。私はそれなら無残な状態ではあるが解体される事

はないだろうと判断しておりました。その後全国で突然解体される機関車が続出しました。松阪市の野呂氏も同様に418号機の解体を無念に思われておりました

し、本機の成り行きを心配し{ボランティア活動で整備する}という趣旨で町当局と交渉し今回の整備活動が実現した次第です。野呂氏の最初のアプローチが無け

れば、今回の整備活動は無かった訳で、野呂氏の保存に対する行動は称賛に値いします。そして、その趣旨に賛同する私たちも一人で作業をしている野呂氏を

手伝う事になりました。各地の仲間が集まり何とか整備の道のりができました。

 さて、本機は整備されました。多くの方々に、ここに353号機がきれいな形で存在する事を認識していただきました。熊野鉄道開通100年・・実行委員会の皆さ

んも新たに認識していただきました。地域の方々が本機をご覧になりました。これでまず418号機のような解体の運命は回避できたと思います。問題はこれから

と存じます。東北岩手県盛岡市に静態保存されていた
C58-239号機はこの度現役に復帰し動態運転をすることがJR東日本より発表されました。239号機は交

通公園にあり国鉄OBの方を中心とした保存会が毎月点検整備をされておりました。また少年鉄道クラブのメンバーも同時に活動しロッドの油拭きを手伝っていた

そうです。私が写真撮影をする際にその油やグリスの量が多くて刻印が確認できない程の状態でした。

 このような保存整備活動があったからこそ、現役に復帰するという栄誉が待っていた訳で、保存会の皆さんのお喜びの顔が浮かびます。さて、本機の場合今後

どのようにすればよいか?・・国鉄OBの方々も高齢化が進んでおりますし、児童・生徒さんを機関車の高い所に登らすのは危険であり感心しません。塗装も油性

塗料はシンナーを使用しますのでこれまた問題を残します。本機のロッドは銀塗装をしておりますのでさして油拭きをする必要もなく、軽微な作業としては機体下

部の各銅配管(細管)の磨きだしが考えられます。今回は今後、皆さんが気軽に機関車に触り、軽微な整備保存の一端を担っていただく為に細管の磨きだしを

行いました。

* 各部位の磨き出された細管等

 一応、機体下部各細管はケレンし磨き出しを行いました。これで私の353号機に対する整備活動は終了です。しかし、予定していたテンダーの水槽部の清掃

は銅細管の磨き出しで手いっぱいで時間切れとなり課題を残してしまいました。整備を必要とする箇所はまだまだ存在します。今後は野呂氏が計画的に整備さ

れて行かれると思います。

 そのお手伝いを国鉄OBの方や、熊野鉄道倶楽部の皆さん、紀伊勝浦町の小中学生で機関車に関心のある方が、
「勝浦SLクラブ」とか「C58-353号機保

存会」
等を結成され、定期的に整備されるのが最も地域・地元に愛される機関車であると思います。

 那智勝浦町当局におかれましては今回の整備作業にご理解をいただきありがとうございました。大水害の復旧事業や津波に対する防災工事など財政支出が

大変な状態にある事は、重々承知いたしておりますが、那智の大滝・大社、熊野各古道、今回ユネスコの無形文化財に認定された那智の田楽・・いずれも無形・

有形の文化財であり、御当地の誇りでもありましょう。C58-353号機も「鉄道文化遺産」であります。何卒今後も保存が続けられます事に御配慮を賜りますよう

お願い申し上げます。本58-353号機は外観もそうですが缶(ボイラー)の状態は打音では良好な状態で、将来の現役復帰・動態運転も十分可能と存じます。

 今回、この整備活動に参加させていただく機会を得ました事に厚く御礼申し上げます。また国鉄OBの東 政弘氏・熊野鉄道倶楽部の梶 信隆氏には大変お

世話になりました。整備にご協力をいただきました皆さんありがとうございました。今後は遠く松山の地から353号機の姿を思い浮かべさせていただきす。

 帰途はいつもですが、国道42号線の道の駅「椿のはなの湯」で身体を癒やして紀州路を後にしました。 2012/12/20
    愛媛のkaze   

* その後本機は定期的に「353号機・保存会」の皆さんが保守・点検をされており、野呂氏もその活動を支援されています。    2017/12/14

                                            トップページへ

                                                                                                          

inserted by FC2 system