D51型蒸気機関車 200号機〜297号機の23両を紹介します




D51-200号機  場所 京都府京都市下京区 梅小路機関車館

車暦 1938鉄道省浜松工場 1938稲沢〜1943米原〜1945大垣〜1950中津川〜1972梅小路

状態 塗装は普通 清缶剤挿入装置欠 他の外装諸装備良好 運転室内諸計器類完備 室内良好 常時整備されて扇形展

  示場の定位置に保存されているが、SLスチーム号として活躍する時もある。保存状態は良好である。1968に長野工場で

  長野工場式集煙装置装着。 *動画4フレーム有り             撮影日2007/9/17・2008/6/13・2010/7/17


* SLスチーム号として稼働している機会を利用して撮影しました。今までのと併せて再編成しました。運転室内部等は
 扇形展示場に駐機している時に撮影できたらと思います。以前蒸気ドームが外されていた写真を追加します。刻印は
 左第二・第四動輪に
D51781の刻印が確認できました。D51-781号機は1969年に富山第一機関区で廃車になっ
 ていますが、1955〜1968年の間に上諏訪・木曽福島機関区に所属していますので、この間に長野工場で交換転用
 されたのでしょう。また、右リターンクランクには
D517??の元印が認められますが判読不能でした。撮影日 2011/1/8

* 本機が1955(S30)年当時、中津川機関区に所属し中央本線(西)で活躍していた頃、僚機にはD51−4・5・121・122・

 123・125・171・265・266・267・279・389・549・792・827・851号機も所属していた。同機関区には明知線担当のC

 12型機5両も配属されていた。その後各機は各地に転配属された。本機以外ではD51−125号機が千葉県船橋市、266号

 機が岐阜県中津川市、549号機が長野県長野市、792号機が愛知県春日井市、C12−74号機が岐阜県恵那市で静態保存

 されている。

*1972(S47)年になると僚機はD51−101・125・238・245・402・549・688・777・827・849・893・903号機に交代配

 属されていた。本機は22年間も中津川機関区で活躍した記録を持つ。その後各機は電化に伴い1973年に廃車となったが、

 101号機は静岡県島田市で、238号機は長野県木曽郡木祖村、245号機は長野県埴科郡坂城町、402号機は長野県飯田

 市、688号機は愛知県岡崎市、777号機は愛知県刈谷市で、849号機は愛知県豊田市でそれぞれ静態保存されている。

             

                      









D51-201号機  場所 愛知県蒲郡市栄町 蒲郡郷土資料館

車暦 1938鉄道省浜松工場 1938浜松〜1945多治見〜1950名古屋〜1959高山〜1969稲沢第一〜1972中津川〜
                                                                1973 廃車・保存開始
状態 塗装は良好 外装諸装備完備 運転室内給水ポンプ圧力計・左ブレーキ圧力計針欠 ブレーキ弁欠 他の諸計器類・電気

  系統機器良好 室内良好 足回りもきれいに整備されて、屋外に屋根付きで良好な状態で保存されている。

                             * 国鉄長野工場式集煙装置装着       撮影日 2007/10/24

* ロッド等の刻印の再撮影をしました。左メインロッド・ビックエンド油ツボにD51876の刻印がありました。
 D51-876号機
は1966年に中津川機関区〜金沢機関区〜1972年に青森機関区で廃車となっていますが、1966年
 以降に長野工場で転用されたのでしょうか。また右結びリンクには
D51171の元印があります。D51-171号機は1971
 年に中津川機関区で廃車になっていますが1948年から多治見機関区に配属されておりますので本機が多治見〜名古
 屋機関区に所属している間か廃車後に本機に転用されたのでしょう。また右リターンクランクには微かですが
D51430
 元印が認められます。
D51-430号機は1971年に木曽福島機関区で廃車になっていますので廃車後の転用でしょうか                                                          撮影日
 2010/07/10

* 本機が1955(S30)年当時、名古屋機関区に所属し東海道本線等で活躍していた頃、僚機にはD51−551・686・689・

 777・821・825・826・947号機も所属していた。同機関区にはC50型機2両・C11型機14両・C55型機5両・C57型機4両

 C59型機5両も配属されていた。その後各機は各地に転配属された。本機以外ではD51−777号機が愛知県刈谷市、947号

 機が神奈川県足柄下郡箱根町で、C11−217・265号機、C57−139号機が各地で静態保存されている。

* 本機が1973(S48)年当時、中津川機関区に所属し中央本線(西)で活躍していた頃、僚機には、D51−155・192・209・

 238・245・522・549・688・792の各機も所属していた。1973年度末ですべて廃車となったが、155号機は長野県塩尻市

 209号機は長野県伊那市、238号機は長野県木祖村、245号機は長野県坂城町、522号機は石川県金沢市、549号機は

 長野県長野市、688号機は愛知県岡崎市、792号機は愛知県春日部市でそれぞれ静態保存されている。D51−192号機は

 三重県桑名市長島町に静態保存されていたが、1984に残念ながら解体されてしまった。別記のD51−101・200・402・777

 849号機も含め中津川機関区に所属した蒸気機関車の静態保存率は高い。








D51-206号機  場所 佐賀県佐賀市神野町 佐賀市庁舎

車暦 1938鉄道省浜松工場 1939郡山?〜1945門司〜長崎〜1963直方〜1964出水〜1970若松〜1974廃車・保存開始

状態 塗装は普通だが、安全弁・汽笛・車輪まで黒塗り状態 外装諸装備完備 運転室内・圧力計・速度計針欠 他の計器

  類は良好 屋外保存であるが、保存状態は普通である。                        撮影日2007/12/15

 右サイドは生垣と柵で撮影することができませんでした。塗装の上から刻印の存在は確認できました。撮影日 2011/04/30

* 本機が1955(S30)年当時、門司機関区に所属し筑豊本線等で活躍していた頃、僚機にはD51−18・30・44・199・275

 280・537・661・699・790・871・875・881・899・918・949・1021・1032・1038・1042・1150・1155・1157号機が

 所属していた。同機関区には8620型機7両・9600型機21両さらにEF10型機が16両導入されていた。その後各機は各地に

 転配属された。本機以外ではD51−18号機が山口県宇部市、1032号機が大分県湯布院市で静態保存されている。

* 本機が1973(S48)年当時、若松機関区に所属し筑豊本線で活躍していた頃、僚機にはD51−42・225・542・1064・1150

 1155号機も所属していた。また同じ筑豊本線担当の9600型機5両・室木線担当の8620型機4両も配属されていた。しかしDL化

 に伴いその後さらに転配属、廃車・解体の経過をたどった。本機以外ではD51−225号機が福岡県直方市で静態保存されている。








D51-209号機  場所 長野県伊那市伊那部 伊那公園児童遊園地

車暦 1939鉄道省浜松工場 1939浜松〜1945多治見〜1955稲沢第一〜1972中津川〜1973廃車 1974保存開始

状態 塗装は厚塗り 清缶剤挿入装置欠 他の外装諸装備良好 運転室窓ガラス欠 運転室内は暖房用・左ブレーキ圧力計欠 

   他の計器類は装着するも針欠 両水面計は外形のみ 操作・電気系統機器は良好  屋外に保存されており、保存状態は

   普通である。                                                  撮影日2007/8/18

* 再訪してみました。以前と変わらない状態でした。                        撮影日 2009/10/12

* 再再訪しましたが、機体に変化は無いようでした。車体はむろん動輪やロッド等も何度も分厚く上塗りされているので、
 刻印を明確に確認できるものはありませんでしたがD51209と思しき刻印の箇所のみ撮影しております。
                                                          撮影日 2010/12/11

* 中津川機関区時代は長野工場式集煙装置を装着していた。

* 本機が1955(S30)年当時、多治見機関区に所属し中央本線(西)で活躍していた頃、僚機にはD51−2・151・208・210

 849号機が所属していた。同機関区には8620型機2両・D50型機2両も配属されていた。その後各機は各地に転配属された。

 本機以外ではD51−2号機が大阪市港区交通科学博物館、、849号機が愛知県豊田市、28651号機が福井県大野市で静

 態保存されている。

* 本機が1973(S48)当時、中津川機関区に所属していた頃僚機には、D51−155・192・201・238・245・522・549・

 688・792の各機も所属していた。電化により1973年度末ですべて廃車となったが、155号機は長野県塩尻市、201号機

 は愛知県蒲郡市、238号機は長野県木祖村、245号機は長野県埴科郡坂城町、522号機は石川県金沢市、549号機は

 長野県長野市、688号機は愛知県岡崎市、792号機は愛知県春日部市でそれぞれ静態保存されている。D51−192号機

 は三重県桑名市長島町に静態保存されていたが、1984年に残念ながら解体されてしまった。別記のD51−101・200・402・

 777・849号機も含め中津川機関区に所属した蒸気機関車の静態保存率は高い。









D51-211号機  場所 兵庫県神戸市灘区王子3丁目 王子動物園

車暦 1938鉄道省鷹取工場 1938姫路〜1939吹田〜1945梅小路〜1949奈良〜1959亀山〜1968奈良〜1971廃車・保存開始

状態 塗装は普通だが各所に汚濁雫 外装諸装備完備 運転室内諸計器類完備 室内良好 屋外に保存されているが、最近の

 整備はされてない様子、保存状態は普通である。         撮影日2007/11/9・2009/11/14

* 機体各部に錆びと汚濁雫が目立ち始めており、ロッド類も錆びの為に刻印の確認が難しい状態になっている。運転室内
 の諸装備は完備しているものの長年の粉塵が堆積しており整備状況は好ましい状態では無い。確かに動物園であるので
 目的外であり整備に費やす費用は乏しいのであろうが、このままでは完全に荒廃の道をたどる事は明らかであり、動物園・
 神戸市当局の英断を待ちたいものである。 右先輪に
C12200の刻印が認められる。C12-200号機は1962年に甲府
 機関区で廃車になっているが、本機との接点は無く転用の経緯は不詳である。    撮影日 2011/1/15

* 1963に鷹取工場にて鷹取工場式集煙装置・缶上部に重油タンク装着。

* 本機が1955(S30)年当時、奈良運転所に所属し関西本線・奈良線等で活躍していた頃、僚機にはD51ー132・253・302・

 674・691・759・1145号機が所属していた。同機関区には8620型機3両・C11型機7両・C51型機9両・C57型機6両・C58

 型機4両も配属されていた。その後各機は各地に転配属された。本機以外ではD51−691号機が奈良県天理市で、C51−5号

 機、C57−56・148号機、C58−51・212・354号機が各地で静態保存されている。

* 本機が1969(S44)年になると僚機はD51−253・403・463・614・625・654・691・832・835・882・885・934・940・

 1007・1013・1054号機に交代所属していた。また、C11型機4両、C58型機10両も配属されていた。奈良機関区は機関車の

 移動が激しく1973年にはD51−254・403・463・499・614・831・882・885・906・934・940・944・1007・1045・1054

 号機に代わっている。その後DL化に伴い各機はさらに転配属、廃車・解体の経過をたどった。D51−254・499・831・882・885
 
 号機については別記している。D51−403号機は滋賀県栗東市、691号機は奈良県天理市で静態保存されている。









D51−222号機  場所  沖縄県那覇市寄宮 与儀公園内

車暦 1938鉄道省小倉工場 1938大里〜1941直方〜1943熊本〜1971南延岡〜1973廃車・保存開始

状態 塗装はやや退色し、各所に剥落や錆が見られる。外装諸装備は良好であるが、各所に錆びや腐食箇所が見られる。最大

 の難点は煙突の欠如である。何時の時点で欠落したかは不明であるが、缶内部に雨水が浸入しており内部の腐食が心配され

 る。運転室内部は缶圧力計の針欠・両水面計の外枠欠・両ブレーキ圧力計は外形のみを残しているが、他の圧力計等の機器・

 操作系統機器・電気系統機器は一応揃っており、全体の保存状況は普通の状態である。沖縄という自然環境では塩害の影響

 をかなり受けており、今後の成り行きが危惧される。近々保存会により再塗装される予定であると伺いました。
 
 機関車の周囲には柵が廻らせてあり、内外部に沖縄独特の樹木が植生されており、機関車全体の写真を撮影するには支障を

 生じているが、ハイビスカスに見守られている機関車も一つの風情でしょうか・・・・撮影日 2009/04/07

* 2009/04/26に再塗装されてきれいな状態になっているようです。

* 本機が1955(S30)年当時、熊本機関区に所属し鹿児島本線・肥薩線・豊肥線等で活躍していた頃、僚機にはD51−127・

 176・255・258・272・482・538・546・547・889・1037・1083号機も所属していた。また同機関区にはC11型機8両・C57

 型機12両も配属されていた。その後各機は各地に転配属された。本機以外ではD51−176が大分県日田市で、272号機が東

 京都世田谷区で、889号機が岡山県総社市で、C11−190号機・C57−151号機が各地で静態保存されている。

* 1965(S40)年にはD51−81・488・556・651・655・842・877が配属され20両に、9600型機が8両・C11型機10両・

 C12型機2両・C57型機は2両に減少配属されていたが、熊本機関区は合計52両の大所帯であった。その後DL化に伴い各機

 は転配属、廃車・解体の経過をたどった。本機以外ではD51−488号機が島根県安来市で、842号機が岡山県倉敷市で、C

 11−61号機・C57−151号機が各地で静態保存されている。

* 本機が1972(S47)年当時、南延岡機関区に所属し日豊本線等で活躍していた頃、僚機にはD51−9・12・46・172・361・

 485・541・567・949・1032・1035・1036・1141号機も所属されていた。同機関区には8620型機4両・C12型機2両も配

 属されており、九州最後の蒸気機関車の煙をたなびかせていた。その後DL化に伴い各機は廃車・解体の経過をたどった。本機

 以外では、D51−172号機が長野県松本市で、485号機が宮崎県延岡市で、541号機が宮崎県日向市で、1032号機が大分

 県湯布院市で、78626号機が福岡県遠賀郡遠賀町でそれぞれ静態保存されている。本機は鉄道が無く蒸気機関車を見たこと

 がない沖縄の子供達のために当地に移動保存された経緯を持つ機関車である。









D51-225号機  場所 福岡県直方市畑 直方いこいの村

車暦 1938鉄道省小倉工場・・門司局・・1948人吉〜1955鳥栖〜1968早岐〜1973若松 廃車 1975保存開始

状態 塗装は普通 右プレート欠 外装諸装備完備 運転室内諸計器類は暖房用圧力計・右水面計以外は損失 操作系統

 機器も損失 運転室内は荒廃状態 屋外保存であるが、足回りも整備され良好な状態である。 撮影日2007/12/15・2008/12/7

* 再再訪してみました。変わらない状態で屋外保存されています。 撮影日 2010/3/14

* 本機は直方市頓野「汽車倶楽部」の会員の方が定期的に、点検・整備をされている。運転室内の整備はこれからの
 模様です。右ビッグエンド油壷には
元印が存在しますが明確には読み取れません。 撮影日 2012/10/19
                

* 本機が1955(S30)年当時、鳥栖機関区に所属し鹿児島本線・九大本線・長崎本線で活躍していた頃、僚機にはD51−8・

 10・45・46・182・215・382・496・531・610・891・948・1022・1055・1062・1082・1131号機が所属していた。同機

 関区には8620型機4両・9600型機5両・C11型機4両・C55型機4両・C57型機13両・D50型機7両も配属されており、中

 九州の拠点機関区の装いを呈していた。その後各機は各地に転配属された。本機以外ではD51−8号機が兵庫県尼崎市、10

 号機が福岡県行橋市で、C57−100・156・175号機が各地で静態保存されている。

* 本機が1973(S48)年当時、若松機関区に所属し筑豊本線で活躍していた頃、僚機にはD51−42・206・542・1064・1150

 1155号機も所属していた。また同じ筑豊本線担当の9600型機5両・室木線担当の8620型機4両も配属されていた。しかしDL化

 に伴い順次、廃車・解体の経過をたどった。本機以外ではD51−206号機が佐賀県佐賀市で静態保存されている








D51-231号機  場所 東京都台東区上野公園 国立科学博物館

車暦 1938鉄道省長野工場・・新潟局・?・1945吹田〜1954盛岡〜1968小樽築港〜1973追分〜1976廃車・保存開始

状態 塗装は普通 清缶剤挿入装置欠 他の外装諸装備良好 運転室内は未確認(上部圧力計・水面計は確認) 屋外

  保存であるが、足回りも整備されている。保存状態は普通である。                  撮影日2008/5/12

* 再訪してみました。汚濁滴が目立ち始め各所に錆びが浮き始めていました。上野公園の各文化施設に囲まれているのであり、
 早めに再塗装される事を願うばかりです。動輪部は分厚く塗装されているので刻印の確認はできませんでしたが、ロッド関係は
 何とか撮影できましたが刻印が薄いのと何度も上塗り塗装されていますので数としては少ない方でした。確認できた範囲ではほ
 とんどが本機の番号でしたが、左リターンクランクに
D611の刻印がありました。D61-1号機(旧D51-640号機)は1960年に
 改装後1971年に深川機関区留萌支区で廃車になっつています。廃車後に苗穂工場で転用されたのでしょう。また右クロスヘッド
 部のコッターは本機の番号でしたが、ソケットには
D51214の刻印が認められます。D51-214号機は1975年に長門機関区
 で廃車となっていますが、本機との接点が皆無であり転用の経緯は不詳です。また右第三サイドロッド油ツボには
D5191の刻
 印が、
D51-91号機は1970年に竜華機関区で廃車になっていますが、これまた接点が無く転用の経緯は不詳です。
                                                             撮影日 2010/11/21

* 盛岡機関区時代に缶上部に重油タンクを装着。

* デフレクター先端カット・コの字型先端部手すり(左)・LP403大型ライト前後装着 国鉄苗穂工場改装

*本機が1955(S30)年当時、盛岡機関区に所属し東北本線で活躍していた頃、僚機にはD51−19・41・64・134・218・234

 283・284・307・327・356・357・458・460・461・463・525・565・568・598・656・715・719・779・854・866・901・

 917号機も所属していた。同機関区には8620型機9両・C57型機14両C58型機2両も配属されていた。その後各機は各地に

 転配属された。本機以外ではD51−565号機が北海道常呂郡佐呂間町、917号機が岡山県岡山市で、48640号機、C60−1

 号機が各地で静態保存されている。

* 本機が1973(S48)年当時、小樽築港機関区に所属し函館本線で活躍していた頃、僚機にはD51−54・59・63・64・70・

 88・138・193・219・287・353・443・454・465・598・600・662・713・744・756・887・908・916・943・1023・

 1057・1078・1149号機も所属していた。また、9661・19650・29601・29675・39612・39615号機・C12−6・38・64・
 
 225号機・C62−3号機も配属されており、合計40両という大所帯であった。しかし、DL/電化は直前に迫っており、各機はそ

 の後さらに転配属、廃車・解体の経過をたどった。廃車後、D51−59号機は長野県上伊那郡辰野町、70号機は茨城県つくば市、

 916号機は群馬県前橋市、943号機は静岡県富士市、1149号機は兵庫県神戸市中央区でそれぞれ静態保存されている。








D51-232号機  場所 秋田県秋田市浜田大森山 大森山公園内

車暦 1938鉄道省土崎工場 1938青森〜1948弘前〜1967秋田〜1970青森〜1971廃車・保存開始

状態 塗装は退色し各所に錆び・汚濁雫・剥離進行 後部ライト欠 他の外装諸装備良好 運転室内は各圧力計や速度計・

 操作系統機器・電気系統機器も装着しており装着しており、運転室内は良好な状態である。 屋外保存であるが最近の

 整備も無く、保存状態は全体的には荒廃気味である。           撮影日2007/9/15

* 4年ぶりの再訪ですが、以前に増して機体全体・各部位に錆・腐食・汚濁雫が目立ち運転室内を除き、荒廃した惨憺
 たる状態になっていました。もちろん確認できた刻印は皆無でした。公園・動物園の入り口に位置しており桜の季節に
 は県民憩いの場所であり、大至急整備される事を担当当局に要望する状況に置かれている機体である。 
                                                       撮影日 2011/11/1

* 1964年に缶上部に重油タンクを装着。

* 本機が1955(S30)年当時、弘前機関区に所属し奥羽本線・五能線で活躍していた頃、僚機にはD51−242・291・336・

 505・567・570・763・847・888・892・893・1087・1095・1138号機も所属していた。同機関区には8620型機13僚・

 D50型機2両も配属されていた。その後各機は各地に転配属された。本機以外ではD51−892号機が青森県弘前市で、68691

 が山形県山形市で静態保存されている。

* 本機が1968(S43)年当時、秋田機関区に所属し奥羽本線・羽越本線で活躍していた頃、同機関区には男鹿線・田沢湖線

 を担当するC11−141・142・144・204・232・234・239・240・242・249の各機、また18629・28689・38691・48699
 
 号機、9670・39619・49639・49660号機、本線を走るD51−19・20・40・276・315・330・371・391・406・457・570・

 637・684・725・888・908号機と大所帯であった。しかし、その後DL化に伴い各機は転配属・廃車の道をたどり、静態保存さ

 れたのは本機と684号機のみであり、684号機は東京都東村山市で静態保存されている。


* 1968年当時、本機はギースルエゼクター煙突を装着していた。同機関区ではD51−276・315・371・391・457・570・

 725号機も同様のギースルエゼクター煙突を装着しており、秋田機関区に集中していた。









D51-237号機  場所 北海道札幌市東区 JR北海道苗穂工場

車暦 1938鉄道省苗穂工場 1938岩見沢〜1943函館〜1949長万部〜1973小樽築港〜1974廃車 1976保存開始

状態 塗装は普通だが各所に錆び進行 清缶剤挿入装置欠 他の外装諸装備良好 運転室内諸計器類完備 室内良好 

  屋外に屋根付きで保存されているが、最近の整備の様子は見られない。保存状態は普通である。撮影日2007/7/14

* 4年ぶりの再訪です。磨き出されていたロッド類も錆が浮き始めており刻印の確認も難しい状態になっていますが、
 隣のC623号機のように走行時の粉塵や油は無くまだましな状態です。左心向棒軸座ピンツバには
D512の刻印
 がありますが、大阪市交通博物館で静態保存されている
D51-2号機のか、D51-2から改番されたD51865号機
 
の分なのかは解りません。また右リターンクランクには少なくともD51237の刻印では無く、錆もあり判然しませんが
 車歴からは
D51304の可能性が大です。いずれにしろ再度磨き出されれば解決できるかと思われます。C623と共
 に再度整備される事を願うものです。                        撮影日 2011/7/23

* デフレクター先端部カット・コの字型先端部手すり(左)・LP403大型ライト前後装着 国鉄苗穂工場改装

* 同工場内には解体されたD61−4号機の第三動輪が、また近くのJR苗穂駅には解体されたD51−885号機の動輪が保存

 展示されている。

* 本機が1955(S30)年当時、長万部機関区に所属し函館本線・室蘭本線で活躍していた頃、僚機にはD51−146・147・

 148・150・156・193・293・320・346・359・367・539・564・593・604・935・941・942号機も所属していた。同機関区

 には9600型機2両・C11型機4両も配属されていた。その後各機は各地に転配属された。本機以外ではD51−146号機が静

 岡県静岡市で静態保存されている。


* 本機が1971(S46)年になると僚機はD51−64・147・148・150・163・221・234・327・340・346・365・367・394・

 585・593・597・737・756・765・941・942号機に交代所属していた。また同機関区にはC11型機3両も配属されていた。そ

 の後各機はDL化に伴いさらに転配属、廃車・解体の経過をたどった。廃車後本機以外ではD51−737号機が和歌山県有田郡

 湯浅町、C11−180号機が京都府宇治市で静態保存されている。D51−942号機は北海道茅部郡森町で静態保存されていた

 が、2006/6に残念ながら解体処分された。








D51-238号機  場所  長野県木曽郡木祖村薮原 木祖村民センター

車暦 1938鉄道省苗穂工場 1938山北〜1943新鶴見〜1955高崎第一〜1963会津若松〜1972中津川
                                                             1973廃車・保存開始
状態 塗装は良好 清缶剤挿入装置欠 他の外装諸装備良好 運転室内は給水用圧力計以外は諸計器類完備 操作・電気

  系統機器も良好 室内良好 屋外保存であるがメイン・サイドロッド・主軸に油が注されており、保存状態は良好である。

  木曽谷の山間に囲まれて自然と調和している。                           撮影日2007/8/17

* 再訪して見ました。相変わらず良好な状態で保存されています。         撮影日2009/8/16

* 再再訪してみました。動輪は分厚く塗装されており刻印の確認はできませんでした。ロッド等の刻印は確認できた範囲で
 は全て本機の番号でした。先日イベントが行われた後なので火室内も大変きれいな状態でした。 撮影日2010/12/12

* 本機が会津若松機関区時代はテンダーに重油タンクを、また中津川機関区時代は長野工場式集煙装置を装着していた。

* 本機が1955(S30)年当時、高崎第一機関区に所属し東北本線等で活躍していた頃、僚機にはD51−124・470・510・

 817・912号機も所属していた。同機関区には9600型機6両・C58型機7両D50型機7両も配属されていた。・その後各機は

 各地に転配属された。本機以外ではD51−470号機が岐阜県岐阜市で、C58−5号機が栃木県宇都宮市で静態保存されて

 いる。

* 本機が1965(S40)年当時、磐越西線管理所に所属し磐越西線等で活躍していた頃、僚機にはD51−35・57・358・435

 464・579・752・868・1093号機も所属していた。同管理所には8620型機2両・C11型機1両・C12型機2両・D50型機9両

 も配属されていた・その後DL化に伴い各期は転配属、廃車・解体の経過をたどった。

* 本機は1969(S44)年9/30に磐越西線、会津若松〜新津間の貨物列車を牽引した後、中津川機関区に移動した。

* 本機が1973(S48)年当時、中津川機関区に所属していた頃僚機には、D51−155・192・201・209・245・522・549・

 688・792の各機も所属していた。電化に伴い1973年度末ですべて廃車となったが、155号機は長野県塩尻市、201号機

 は愛知県蒲郡市、209号機は長野県伊那市、245号機は長野県埴科郡坂城町、522号機は石川県金沢市、549号機は長

 野県長野市、688号機は愛知県岡崎市、792号機は愛知県春日部市でそれぞれ静態保存されている。D51−192号機は

 三重県桑名市長島町に静態保存されていたが、1984に残念ながら解体されてしまった。別記のD51−101・200・402・

 777・849号機も含め中津川機関区に所属した蒸気機関車の静態保存率は高い。


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D51型500〜
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